
かまいたちやとろサーモンら人気芸人のマネージャーとして、マネジメント以外にもYouTubeやテレビ番組で活躍した樺澤まどか。吉本坂46でのアイドル活動、ソロアーティストとして単独ライブを成功させ、ドキュメンタリー番組にも取材されるなど、その躍進ぶりは一社員の枠を大きく超え、もはやマルチの三文字では足りないほど多岐にわたる。
吉本興業での4年間

樺澤まどかさん
――8月29日、かまいたちのYouTubeチャンネルにて、吉本興業からの退社が発表されました。今後は海外に移住されることも明かされ、大いに話題になりましたね。
仕事関係の方や、友人たちが連日開いてくれた送迎会があまりにも盛大で、気まずいぐらいです。こんな送り出し方されたら、半年や1年で帰ってくるわけにはいかない(笑)。
――ソロアーティスト時代の楽曲『夢』で「へやからでたくない」と歌っていた方とは思えません。
本当ですよね。移住を伝えたら、担当していたとろサーモンの久保田(かずのぶ)さんにご祝儀をいただいたんですよ。なくさないよう、しっかり銀行に入金してあります。
――樺澤さんは2019年、吉本入社1年目にアイドルグループ・吉本坂46のメンバーに。現役マネージャー兼アイドルとして話題になりましたが、仕事との両立は難しかったのではないでしょうか。
マネージャー業は忙しかったですし、(『永遠のゴールドラッシュ』の)ダンスの難しさには苦労しましたが、両立が難しいと思ったことはありません。
――コロナ禍もあり、吉本坂46は21年10月に活動休止を発表。しかし翌11月、今度はソロアーティスト・樺澤まどかとしてデビュー。5回の単独ライブを成功させ、22年12月に引退宣言したのもつかの間、吉本退社&海外移住発表。怒濤の4年間ですが、特に今回の吉本退社には、皆さん驚かれたのでは?
かまいたちのふたりも驚いていました。実は今年の春、上司にだけ夏に退社するという意思を伝えていたんですが、途中で決意が揺らいで迷ったことがあったんです。

――やめるのを、やめますと。
周囲から「やめないほうがいい」「いい環境なのにもったいない」って言われて、迷いが生まれてしまったんですね。でも上司に再度相談したら、「一時の感情に流されるのはダサいぞ。自分がやりたいことをちゃんと考えろ。おまえはこれからどうなりたいんだ?」って言われて、自分の正直な気持ちに気がついたんです。
最高のまま終わらせたい。樺澤まどかの美学
――樺澤さんが退社してまでやりたかったことが、今回発表された海外移住。オーストラリア・シドニーに移住されるとか。
はい。マンリービーチという海の近くにある語学学校に通いながら、近くのホステル(相部屋形式の宿泊施設)に住む予定です。
――語学学校に通われるということは、現在英語が堪能というわけではないんですね。
そもそも今回の移住の目的が、英語の習得なんです。昨年末コロナにかかってしまい、ひとり暮らしということもあって非常にキツかったんです。毎日自宅のベッドで「このままどうしよう」「明日目が覚めないかもしれない」と考えていたら、「死ぬ前にやり残したことはないかな?」とふと思ったんです。
そこで、大学生のとき「海外に住んで英語しゃべってたらカッコいいな」と憧れていたことを思い出して。

――語学力を身につけ仕事の幅を広げる、といった目的があるのでしょうか。
仕事に活かしたいという気は今のところありません。カッコいいから、英語がしゃべれるようになりたいんです。英語がしゃべれたらカッコよくないですか?(笑)
――確かに、カッコよくはあります。一方で、“カッコよさ”のために仕事をやめる樺澤さんの胆力に驚いてもいます。歌手活動をやめられたときも、1年間で築いた人気を手放すことにまったく未練がないように見えました。
昨年アイドルを引退したときは、「人気的にも楽しさ的にも今がピークだな」って思ったんですよね。これ以上続けて、つらいことや悲しいことがきっかけでアイドルをやめたくはない。一番いいときにやめたかったんです。
今回も悩みましたが、やはり最後に思ったのは「今が一番なんだろうな」ってこと。かまいたち、とろサーモンとの関係性が良好で2組とも仕事が順調。さらに吉本の上司や後輩にも恵まれて、毎日本当に最高の環境だったんですよ。

――今が最高だからこそ、最高なままで幕を引きたい、ということでしょうか。
はい。「今が最高だから、このままでいたい」という考えももちろんあるんでしょうけど、私はそうではなくて。何ごともいつかは終わってしまうし、どうせ終わってしまうのなら自分の判断で、最高のところで終わらせたい。これは私の中の美学といえるかもしれませんね。
ひとはいつか死ぬのだから
――吉本時代は、先のアイドル活動に加え、“名物マネージャー”としてかまいたちさんやとろサーモンさんのYouTubeに出演されていました。ドキュメンタリー番組でもその仕事ぶりが取り上げられましたね。
テレビ番組では演出もあって敏腕マネージャーかのように映っていたかもしれませんが(笑)、そんなことはないんです。担当芸人のダブルブッキング、飛行機のチケットの渡し忘れをはじめ、想定できるすべてのミスはひととおりやりましたし。

――苦労された分、担当芸人さんたちの活躍はマネージャー冥利に尽きるのではないでしょうか。
特に印象深いのが、かまいたちの武道館単独ライブ(2023年2月)です。私が担当した2019年当時、彼らは東京に来て2年目。レギュラー番組も1個か2個のときから一緒にお仕事をしているので、一気に駆け上がるさまを間近で見ることができました。
――かまいたちさんも、関西で絶大な人気を誇りつつも上京された直後は苦労が多かったと聞きます。樺澤さんの「恵まれた環境を捨てて次のステージへ移る決断力」は、芸人さんの間近にいることで培われたものなのでしょうか?
「決断力」というと、現状の何かを捨てたりやめたりしてほかのものを選び取ること、と思われがちですが、そればかりではないと思います。今あるものを捨てない、やめない、というのも立派な決断。吉本の上司を見ていても、ひとつのことを続けることの尊さを感じます。同じ仕事をしていても、年月の積み重ねがある人とない人では見える景色が全然違いますよね。
そもそも私の今回の海外移住にしたって、決断って言葉から感じられるようなポジティブなものではないんです。コロナになって、死を身近に感じた。どうせ死ぬなら、英語がしゃべれるようになりたい。いつか無になるんだから、アイドルをやってみたいし、海外にも住みたいし、外国人と友達になりたい。思い返せば、いつもそうやって決断してきた結果が今なのかもしれません。
――一見型破りに見える樺澤さんの決断の裏には、意外な死生観があるんですね。
何かを決めるときには、常に死を意識して(笑)。それでも迷ったら面白いと思うほうを選べばいいんじゃないでしょうか?

――オーストラリアに行って最初にやりたいことはありますか?
何はさておき、マンリービーチでワインを開けたいですね。オーストラリア人はみんな海辺でお酒を飲むらしいんです。その後は何も決まってないんですが、ひとまず仕事を見つけないといけませんね。シドニーに移住した日本人の中には、農業をされる方もいるとか。
――チャラい(笑)。お仕事はご実家の経験(*樺澤さんの実家はホウレン草などを扱う農家)が生きるかもしれませんね。かまいたちさんも、樺澤さんに「移住YouTuber」として、現地からの情報発信を期待されていました。
YouTube、やってみようかな。嫌なことがあってもそれがネタになって笑ってもらえたら前向きになれる気がします。それがきっかけで叩かれたって別にいいんですよ、私たちは皆、いずれ無になるんですから。

取材・文/結城紫雄
撮影/松木宏祐
ヘア&メイク/鷲見星奈
スタイリング/石塚愛理