
今年に入り、世界的な物価高騰による原材料費、水道光熱費の値上げによって毎月のように「ラーメン屋 閉店」のニュースが流れてくる。東京商工リサーチの発表によると、2023年1月~8月のラーメン店の倒産(負債1000万円以上)が28件(前年同期比250.0%増)に達し、前年同期の3.5倍と大幅に増えている。
閉店までずっとこだわり抜いてきた一杯
「ご無沙汰しております。まだ公表してませんが竹千代も近々閉店する予定です」
9月末、X(旧Twitter)のDMに一件のメッセージが飛び込んできた。北区にある名店「中華そば 竹千代」のオーナー・加藤さんからのメッセージだった。
「中華そば 竹千代」は2019年4月にオープン。JR尾久駅から徒歩1分のところにある。
スープは動物系不使用で、長野産の干し椎茸と天然利尻昆布の旨味溢れる澄み切った清湯系。醤油は京都の明治3年創業の竹岡醤油を使用。
旨味と奥深さが素晴らしく、一切ムダのないまっすぐな美味しさはまさに感動レベルだ。
『TRYラーメン大賞2019-2020』では新人しょうゆ部門で2位を受賞した。「食べログ」でも3.71点(2023年12月16日現在)と高得点の評価。
順風満帆と思われた「竹千代」の閉店には驚きを隠せなかった。
ここまでの「竹千代」の歩みは平坦なものではなかった。オーナーの加藤さんが酒の席で「ラーメン屋をやる」と公言をし、その後食材探しの旅に出た。
もともと父親が和食の料理人をしていて、鶏1羽をさばいて煮込んで作る鍋が加藤さんの記憶の中にあり、そんな味を目指して試作を続けていた。最初は鶏ガラ、豚ガラ、野菜などを使い、一般的なラーメンの作り方で試作していた。
しかし、市販の鶏ガラだけでは思ったような味が出ない。発想を転換し、別の食材で旨味成分を補えないかと考えた。そこで加藤さんが使ったのが乾物系だった。
通常のお店だとスープの下支えをする役割を担う干し椎茸(どんこ)や昆布が「竹千代」の清湯スープでは主役となり、旨味の大きなポイントになっている。これほどまでに椎茸の旨味を感じるラーメンにはなかなか出会ったことがない。
「ダシをとる時の“適温”というものが食材ごとにあるんです。例えば昆布の場合は5℃、どんこの場合は70~80℃ぐらいがベストで、決して沸騰させてはいけません。
低温でじっくりダシをとることでしっかりとした旨味が出てきます。それぞれの食材から適温でダシをとり、最後に合わせますが、その時も沸騰寸前で火を止めます」(加藤さん)
原価率50%を超える奇跡のラーメン
加藤さんは試作の前にダシについて書かれた本を何冊も読み、科学的な根拠をもとに旨味の出し方をしっかり構築してからラーメン作りに入ったのだ。試作は正味1年で10杯も作っていない。
2018年12月に店長の坂田さんに声をかけ、1月に試作し、4月に「中華そば 竹千代」はオープンした。
見た目はオーソドックスだが、食材の旨味が詰まりに詰まったラーメンで、なんと原価率は50%を超えている。特に高いのがメンマだ。希少な国産のこだわりメンマで、ラーメン1杯に入れる分量でなんと100円以上する。
創業前はこれを500円で出したかったというのだからさらに驚きだ。
「ただ、うちのラーメンは他店と比べて光熱費が安いんです。ダシをとるのにガスは使わず、水出しということもあり、動物系をグラグラ炊くお店に比べて圧倒的に光熱費は安く済みます。最終的に帳尻を合わせて何とかやってきました」(加藤さん)
コロナ禍を乗り越え、光熱費の高騰もさほど影響がないというのに、ここに来て突然の閉店。いったい何があったのか。
「店長の坂田さんが4月に辞めることになり、この先続けられないなと思ったときに、残った従業員が続けたいと言ってくれたので、もうしばらく頑張ることにしました。しかしそれも続かず、11月末で閉店することに決めたんです」(加藤さん)
簡単にいえば「人」の問題である。
「給与や待遇などは時代に合わせて改善してきていますが、拘束時間が長く、立ち仕事で、カウンターのみのお店だと息つく暇もない。好きじゃないとできない仕事なんだと思います。やれる人がいなくなってしまったということです」(加藤さん)
「竹千代を引き継がせてほしい」
こうして「竹千代」の閉店が決まり、10月30日にX(旧Twitter)上にて閉店が発表された。ラーメン業界に激震が走る中、11月20日、加藤さんからDMが届いた。
「どうしても竹千代を引き継ぎたいという人がいて現在交渉中です。もしかしたら12月からオーナーが代わって営業するかもです。いろいろお騒がせしておりすみません」
ある日、郵便ポストに、「竹千代を引き継がせてほしい」という手紙が2回送られてきたのだという。その方は隣にある中華料理屋の女将さんの知人で、近所に住んでいて、「竹千代」に何度も訪れていた方だった。
閉店直前の出来事に加藤さんは戸惑ったが、食材とレシピをすべて引き継いでもらうことで、「竹千代」は二代目にバトンタッチすることになった。
「お店を続けることがいかに大変かはわかっているつもりなので、複雑な気持ちでした。『本当にやるの?』と何度も聞きました。でも、閉店までずっとこだわり抜いてきた一杯です。引き継いでもらえたことは本当にありがたいと思っています」(加藤さん)
突然訪れた「竹千代」継続の発表。閉店から8日目、12月8日から新星「竹千代」がスタートした。
加藤さんは「竹千代」の入っているビルのオーナーでもある。これからは二代目の紡ぐ「竹千代」の第二章を静かに見守っていく。
取材・撮影・文/井手隊長