アリ・アスター監督の新作『ボーはおそれている』が予測不能な展開でおもしろい――ただし、万人向けのエンターテインメント性のある映画とは対極に位置する奇妙奇天烈な作品。おもしろいと感じるか、恐ろしいと感じるか、めちゃくちゃだと感じるかは、観る人に委ねられる怪作だ。
世界が注目するホアキン・フェニックスが演じる主人公とは
監督自身、「3時間、内臓の海を泳ぎまわってください」と説明している本作は、母親の子宮から生まれてくるボーの主観ショットから始まる。
ホラーなのか、コメディなのか、心理劇なのか、特定のジャンルには収まり切れない不思議な作品だが、今回は、この『ボーはおそれている』を、“毒母”の束縛から逃れようともがく主人公というテーマでとらえたい。
主演は、アカデミー主演男優賞に輝いた『ジョーカー』(2019)以来、『カモン カモン』(2021)、『ナポレオン』(2023)と一作ごとにその動向が注目されているホアキン・フェニックス。
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ホアキンといえば、新興宗教の宣教師だった両親のもとで5人兄弟全員が生活のために子役として芸能活動して育ったことや、ヴィーガン(厳格なベジタリアン)で、毛皮や革製品を身に着けず、革靴すら履かないことでも知られている。
2008年に俳優廃業とラッパーへの転身を発表したものの、後にそれがモキュメンタリー『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010)のための演技だったことがわかり、映画界から一時的に干された、といったエピソードも持つ俳優だが、彼がずば抜けた才能の持ち主であることは誰もが認めるところだ。
彼の場合、その作品選択の在り方自体が常にチャレンジングであり、かつそれが常に最高の選択だったと証明されてきた感がある。
今回の『ボーはおそれている』での役柄は、母親に支配された人生を送り、メンタル面で不安定な主人公、というものだが、兄リバー・フェニックスらと共に貧困の中、街頭で歌を唄ったり演奏したりして日銭を稼ぐことを求められたという、彼の幼少期の経験を知ったうえで観ると、ボーという主人公がホアキン自身の姿にも見えてくる。
『ボーはおそれている』はどんなストーリーなのか?
まず、『ボーはおそれている』のストーリーを紹介しておかないと、話が先に進まない。
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ただし、ここで述べるストーリーのあらすじは、あくまでも表面的に映像としてわれわれ観客が目にすることになるものを整理しただけで、実際にはそれが現実なのか、ボーの妄想の中の世界なのかはわからないというのが実際的なところだ。
ボーは髪の毛も薄くなった独身の中年男だが、仕事をしている風でもなく、母親名義のクレジットカードを持ち、スラム街のような治安の悪い都会のアパートの一室に住み、定期的に精神分析医にかかっている。
母親は不動産開発の大きな会社の会長で、子供のころのボーはそんな母と高級リゾート地で過ごすような恵まれた生活をおくっていたが、思春期の彼に対して、母は「あなたは父親同様セックスでエクスタシーに達すると死んでしまう血筋だ」と言われ、死への恐怖からいまだに一度もセックスをしていない。
ある日、誕生日を祝いにきなさい、と電話をしてきたばかりの母親が死んだという報せの電話がかかり、ボーは葬儀に出席するために家を出るものの、車にはねられて怪我をし、その車を運転していたグレイスの自宅で、思春期の娘の部屋をあてがわれ看護される。
しかし、グレイスの夫ロジャーを含め、一家は彼を軟禁状態に置こうとし、監視カメラで行動を監視していたため、ボーはなんとか逃げ出して森にさまよい込む。
森では演劇集団が不思議な生活スタイルで暮らしており、客人であるボーは、その芝居を見ながら自分の人生と重ね合わせ、別の人生の自分を夢想するようになる。
ようやく母親の邸宅に着いたときに既にその葬儀は終わっていたが、そこでボーは子どものころに出会った初恋の人で、今は母親の会社で働いていたエレインと再会する。そして、ボーは初めてのセックスをするが……。
子供の人生を支配しようとする“毒母”というテーマ
ボーの母親であるモナ役はベテラン女優パティ・ルポーンが演じているが、この母親の存在を軸に物語を考えてみると、実は母親による支配の中でもがき苦しみ、精神に変調をきたして現実と妄想の区別がつかなくなったボーのみに見えている世界のようにも思えてくる。
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こういった子供を支配しようとする“毒母”というのは、古くは大女優グロリア・スワンソンの娘が出版した暴露本に基づいた『愛と憎しみの伝説』(1981)から、最近では長澤まさみがお金のために息子を使って両親(息子にとっては祖父母)を殺させる役を熱演した『MOTHET/マザー』(2020)まで、多くの映画のテーマになってきた。
また、経済的に圧倒的に優位な立場から、すでに中年になった息子の人生に対していつまでも干渉する母親と、次第に現実と妄想の区別がつかなくなる主人公ということだと、テリー・ギリアム監督がジョージ・オーウェル的なディストピア世界を描いた怪作『未来世紀ブラジル』(1985)が、まさしくそうで、本作に最も近い立ち位置の作品だろう。
こうした、強い“毒母”の手枷から逃れようともがく主人公にとって、物語を通じて父親が“不在”となっていることが気になる。森の演劇集団が演じる芝居を見ていたボーは、いつの間にかその物語の主人公となっているが、この人物は生き別れになった家族を長年探し続けているうちに老人になってしまう。
そして、その劇中劇の最後に、とうとう主人公は青年となった三人の息子たちと巡り合ったところで現実にもどるが、この父と息子たちの物語はボーの願望のあらわれ以外の何物でもないだろう。
見どころとしてのヴィジュアル・スタイル!
ネタバレになるのでこれ以上詳しくは触れられないが、不在だったはずの父親は、実はラスト30分くらいからの思いもよらなかった展開の中でおぞましい姿としてヴィジュアル的に表現されている。このラストの30分にはビックリさせられること請け合い!
予測できない展開や、母親の存在を巡るテーマ性といった部分に加え、本作の最大の魅力のひとつとなっているのはそのヴィジュアル・スタイルだ。
特に、森の中での演劇から、ボーがそれを自分自身の物語として夢想し始めるくだりでは、アニメーションと実写を融合させた独特のスタイルが展開されていく。
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この一連のシークエンスは、アリ・アスター監督が特にクリストバル・レオン&ホアキン・コシーニャという南米チリの監督コンビに依頼しているのですが、その二人というのは悪夢のようなストップ・モーション・アニメーション作品として話題となった『オオカミの家』(2018)を手掛けたコンビ。
われわれが見ている映像は実はボーの妄想にすぎないのかもしれず、ストーリーを理解しようとしてもつじつまが合わない部分もある。むしろ、人の悪夢を覗き見るようなつもりで、その圧倒的なヴィジュアル表現を堪能するというのが本作の正しい楽しみ方なのかもしれない。
文/谷川建司
『ボーはおそれている』 上映時間:179分/アメリカ
2024年2月16日(金)全国公開
監督・脚本:アリ・アスター
出演:ホアキン・フェニックス、ネイサン・レイン、エイミー・ライアン、パーカー・ポージー、パティ・ルポーン
配給:ハピネットファントム・スタジオ 原題:BEAU IS AFRAID
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公式ホームページ
配給:ハピネットファントム・スタジオ