
現在、日本では政治家の裏金問題が注目を集めている。かつてイギリスでは透明性確保のために「情報公開法」が成立し、国会議員の経費などが国民の目に晒されることになった。
「首相としての自分の最悪の過ち」
この大ばか者。この幼稚で、愚かで、無責任なとんま野郎。どんなに激しい言葉であろうと、自分のばかさ加減を言い表すにはまったく足りない。とにかく、自分の愚かさに震えるばかりだ。
トニー・ブレアは、自身の回顧録にそう書き綴った。情報公開法(FOI)を成立させたという、あの「首相としての自分の最悪の過ち」を振り返りながら。
この法律は、「政府の透明性をよりいっそう高める」というブレアの公約を実現する手段の一つとして、2000年に制定された。それによって、国民は10万以上の公的機関に対して、ほぼどんなデータについても開示請求できるようになった。
請求を受けた機関は、「データを取り出すのに費用がかかりすぎる場合」「個人のプライバシーの侵害や、国家機密の漏洩に当たる場合」といった、かなり多い適用除外項目のどれかに当てはまるデータ以外は開示しなければならない。
成立当時、ブレアは同法を「政府と国民との新たな関係を築くもの」と褒めちぎっていた。いったい何が、彼の考えをあれほど劇的に変えてしまったのだろうか。
ひと言でいえば、ジャーナリストたちだ。
「カモ用の小屋」(約24万円)を経費で購入した国会議員も
情報公開法は、ジャーナリストたちにとってだけ重要なわけではなかった。政府が収集してはいたが公表していなかったために欠けていた特定の種類のデータを求めていた人にとっても、きわめて重要な法律だった。また、公的機関がどんなデータを集めていて、どんなデータを集めていないのかを、国民が知るうえでも役に立ってきた。
情報公開法によって開示請求できたおかげで、国会議員たちの諸経費が初めて公開された。なかでも、「池に浮かばせる鴨(かも)用の小屋」の購入費1600ポンド(約23万3900円)が経費として請求されていた一件は、全国民の記憶に永遠に残ることとなった。
また、情報公開法に基づいた別の開示請求によって、レストランに対する食品衛生調査の点数が、初めて大々的に公開されるようになった。
この調査結果の開示請求は当初は1、2件程度だったが、やがて雪だるま式に請求件数が増えていくと、国民はすべての飲食店の点数が公開されるのが当然だと思うようになり、点数を進んで掲げない店の衛生状態を疑うようになった。現在では、ほぼすべての飲食店で点数が掲示されている。
さらに、情報公開法に基づいた開示請求のおかげで、2017~2018年度における緊急番号999番への通報後の救急車の最長待ち時間は、イングランドのいくつかの地域では約24時間、ウェールズでは62時間以上だったことも明らかになった。
また、ロンドンの警察留置場で一晩過ごすのは、納税者にとって約418ポンド(約6万7700円)の負担になることも国民は知っている。ジャーナリストたちによると、これは超高級ホテル「ザ・リッツ・ロンドン」に1泊する1人分よりも高いそうだ。
しかも、留置場で一晩過ごした翌日の「朝食メニュー」は「お好みの調理法の卵料理、ベーコン、ソーセージ」で、おまけに「さらに次のメニューからもう一品選べます」と書かれた下には、「ベイクドビーンズ、ベイクドトマト、ジャガイモのソテー、フライドポテト、ママレードを添えたバターつきパン2切れ」などが並んでいるらしい。
情報公開法に基づいて土地登記所に開示請求できたおかげで、非公開のオフショア会社がイングランドおよびウェールズの土地をどれくらい所有しているのか、国民はかなり正確に把握している。また、ロンドンの「刃物放棄政策」に対して行われた公式評価において、同政策が犯罪に対して目に見える効果をもたらさなかった」と評されたことも、国民は知っている。
さらに、1992年の「ブラック・ウェンズデー(暗黒の水曜日)」の英国経済への影響を大蔵省が算定したところ、「当初懸念されていた何百億ポンドではなく、おそらく33億ポンド(約7377億円)程度」という結果が出たことも。
ネス湖の怪獣「ネッシー」探しを本気で検討していた環境省
情報公開法によって、根拠に基づかない行動や奇妙な振る舞いも明るみに出た。2006年、『サンデー・タイムズ』紙の記者たちは、1970年代にネス湖の怪獣「ネッシー」の真実を突き止めようと固く決意した環境省職員たちの通信記録を入手した。
「この湖に住むとされる伝説の怪獣が発見されれば、観光業に有益となる」という意見を聞き入れた同省職員の一人は、「カメラとストロボ照明を装着したイルカに、湖の深いところでネッシーの形跡を探させるため、バンドウイルカ2頭の調達を検討している」と、スコットランド家庭・保健省に通知するほど熱を入れていた。
もう少し現実的な例では、元首相のゴードン・ブラウンが、 2015年に国会議員を引退する前にボールペンの替え芯代として732ポンド(約13万5400円)も散財して、それを経費に計上していたことが情報公開法によって判明した。しかも、どのボールペンの替え芯で(クロスのボールペン用のポーラス芯だった)、何本購入されたのかまで明らかにされた。
開示請求によって手に入れられる情報の細かさは、じつに驚くべきものだ。それに、ある意味で覗き見的な感じもする。そのため、公的機関の職員たちは、すべての業務について「情報公開法の対象になってもいい」ようにするための作業基準を、早い段階から取り入れていた。要は、自分の仕事内容が公になってもまったく問題ないかどうかを、常に自問自答するということだ。
なぜ国民がわざわざ開示請求をしなければならないのか
情報公開法は国民にとって大いに役立っているが、それでも完璧なツールであるとはいえない。開示請求に関して、すべての公的機関を統括的に監督している部門がないため、各機関での職員の対応にはばらつきがある。また、開示請求が棄却された場合に、請求者が苦情を申し立てる先もない(裁判に持ち込むという最終手段はあるが)。
また、開示請求に応じるうえでどれくらい詳細な情報を出すべきかについては、提供する側の判断に委ねられている。そのため、開示されたものが、すでに公表されている一般的な統計データのたいした足しにならない場合もよくある。さらに、情報公開法に基づいた開示請求に適切に対応するには、多大な労力が必要だったり費用がかかったりすることも多い。
国会議員たちの経費申請の詳細を世間の目にさらされまいとする長い戦いに敗れた下院は、この点を痛感させられた。そうして、議員たちの経費申請やその支払いをすべてたどれるような仕組みを、新たに構築しなければならなかった。それはすなわち、透明性の向上を訴える運動家たちにとっての勝利を意味していた。
政府が保持しているデータを公にするために、なぜ国民がわざわざ開示請求をしなければならないのかという議論もある。情報公開法に基づいた開示請求に応じてデータを快く公表できるのであれば、初めから公表しておけばいいのではないだろうか。
ヤバい統計 政府、政治家、世論はなぜ数字に騙されるのか
著者:ジョージナ・スタージ訳者:尼丁 千津子

政策はAI(人工知能)では作れないことを、徹底的にわからせてくれる。
――藻谷浩介氏(『里山資本主義』)
その数字は、つくり笑いかもしれないし、ウソ泣きかもしれない。
データの表面を信じてはいけない。その隠された素顔を知るための一冊!
――泉房穂氏(前・兵庫県明石市長)
【データの“罠”が国家戦略を迷走させる!? ビッグデータ時代の必読書!】
「データ」や「エビデンス」に基づいてさえいれば、その政策や意思決定は正しく、信用できると言えるのか?
私たちは政府統計を信頼しきっているが、その調査の過程やデータが生み出されるまでの裏側を覗けば、あまりにも人間臭いドタバタ劇が繰り広げられていて驚くはずだ。本書は英国国家統計局にも関わり、政府統計の世界を知りつくす著者が、ユーモア溢れる筆致でその舞台裏を紹介した一冊である。
扱われるのは、英国の移民政策、人口、教育、犯罪数、失業者数から飲酒量まで、実に多彩な事例。それぞれの分野で「ヤバい統計」が混乱をもたらした一部始終が解説される。いずれも、日本でも同じことが起こっているのではないかと思うような話ばかりだ。
現在、この国では「根拠(エビデンス)に基づいた政策決定(EBPM)」が流行り言葉のようになっている。人工知能の発達も急速に進みつつあり、アルゴリズムに意思決定や判断を任せようとの動きも見られる。「無意識データ民主主義」といった言葉も脚光を浴びつつある。しかし本書を読めば、数字やデータだけを頼りに物事を決めることの危うさが理解できるはずだ。
数学や統計学の予備知識はいっさい不要。楽しみながらデータリテラシーが身に着く、いま注目の集英社シリーズ・コモン第3弾!
【目次】
第一章 人々
第二章 質問する
第三章 概念
第四章 変化
第五章 データなし
第六章 モデル
第七章 不確かさ