
2003年に音楽ユニット、I WISHのaiとしてデビューしたシンガーソングライター・川嶋あいさんの『旅立ちの日に…』は卒業式や別れの定番ソングとして、今でも愛されている。この曲を手がけた川嶋さんは、2007年から現在まで毎年、日本全国の卒業式でサプライズライブを実施している。
「ストリートライブ1000回」を目標にした女子高生
――『明日への扉』でデビューして、20年が経ちました。デビュー当時のことは憶えていますか?
川嶋(以下同) 当時は高校生でしたが、ストリートライブを1000回することを目指してひたすら路上で歌っていました。活動を続ける中で、徐々にお客さんが増えて、さらに最初はお客さんとして聞いていた人たちがボランティアとして加わってくれました。いろいろなサポートや応援のおかげもあり、『あいのり』(フジテレビ系)の主題歌を任せていただき、本当にうれしかったです。
――現在、川嶋さんが所属するつばさグループを運営する株式会社つばさエンタテインメントの取締役・福原慶匡氏も、かつては川嶋さんのボランティアだったそうですね。
そうですね。今思い返すと本当に奇跡のような出来事の連続でした。最初はひとりで始めたことなのに、少しずつ携わってくれる人が増えていきました。また、当時出会った人と今でもつながっていることを考えると、そのことは強く感じます。
――そもそも、ストリートライブを見て「この人をボランティアとしてサポートしよう」と思わせる、そのカリスマ性がすごいです。
いえいえ、当時のボランティアの人からは「マッチ売りの少女みたいだった」「なんか助けてあげたくなった」と今でもよく言われます(笑)。

川嶋あいさん
――当時からずっと気になっていたのですが、なぜ川嶋あいではなくaiと名乗ってデビューしたのですか?
当時、「ストリートライブを1000回実施」を目標にしていたことが大きいです。
――『明日への扉』リリース後に、ストリートライブを聞いている人から「もしかして?」と思われることもあったのでは?
ありました。「I WISHのaiさんですよね?」と聞かれることはあったのですが、バレるとライブを続けられない可能性があり、そのたびに「違います」と嘘をつかなければいけなかったのが、本当に心苦しかったです。ただ、ほぼ毎日ストリートに立って、約3年かけて1000回のストリートライブを無事に達成できた後、aiであることを公表できてホッとしました。
『旅立ちの日に…』は中学の卒業式直後につくった曲
――川嶋あいと名乗れないことに加えて、世間から急に注目されることのストレスはありましたか?
あまりメディア露出はしないで活動していたので、特にそういったことはなかったです。学生ボランティアの人たちと立ち上げた事務所で本格的に音楽活動を始めたのですが、立ち上げメンバーは音楽業界が右も左もわからない素人集団。当時は本当に手探りでの活動だったため、「注目されてしんどい」と感じる余裕すらなかったです。
――信頼できる仲間が周りにいたからこそ、余計なプレッシャーやストレスを感じずに活動できたのかもしれません。
そうですね。むしろ今のほうがプレッシャーを強く感じています。昨年20周年を迎え、それなりにキャリアがある立場になり、「しっかり音楽と向き合っていかなければ」という気持ちを強く持つようになりました。

――代表曲でもある『旅立ちの日に…』ですが、この曲は『明日への扉』をリアレンジした楽曲らしいだったんですね。
もともとストリートライブで『旅立ちの日に…』を歌っていたとき、「その曲のメロディで『あいのり』の主題歌としての歌詞を書き下ろしてほしい」という依頼を受けて『明日への扉』が生まれました。
――デビュー前のかなり若いころに制作された楽曲ということになりますが、どんな経緯で誕生したのでしょうか?
中学3年生のときに、地元で過ごした学校生活を思い返しながら制作した楽曲です。完成したのは中学の卒業式を終えてすぐ後だったと思います。
――まさにご自身が卒業生だったときに制作した曲だからこそ、伝わるものがあると思います。川嶋さんは毎年サプライズライブを全国の学校の卒業式で実施されていますが、これまでのライブを振り返っていかがですか?
18歳のときから始めましたが、当時は同世代の人たちの前で歌うことになるので、自分も卒業して新たに羽ばたいていくような、晴れやかだけれども切なさが残る。そんな気持ちで歌っていました。
――年齢を重ねると歌への気持ちも変化しそうですね。
20代からは年下の人たちに「自分の歌を届けよう」という気持ちになって歌うようになり、歌いながら懐かしさを感じることも増えました。
石巻市のたった5人の卒業生へのライブ
――そもそも、サプライズライブは在校生など学校関係者から依頼があって、そこから学校を選ぶ流れなのでしょうか?
はい。生徒さんやその保護者の方や先生方などから応募があり、いずれも「ぜひサプライズライブに来てください」という、あふれんばかりの熱意が込められたメッセージばかりです。毎回すべて自分で読んでいるのですが、悩みに悩んで「これは自分が行かなきゃ!」と思った学校を選んでいます。
――熱意を持ってオファーしている学校ばかりなので、サプライズライブの光景は川嶋さんにとっても、その場にいる人たちにとっても記憶に刻まれる瞬間の連続だと思います。ただ、その中でも特に印象深かった卒業ライブはありますか?
毎回、どの学校の卒業式も空気感が異なるため、新鮮な気持ちで楽しませてもらっています。

――その理由は?
東日本大震災の爪痕が依然として大きく残っている地域で、全校生徒の数はとても少なく卒業生は5人だけ。卒業生が5人だったので、歌っている最中にひとりひとりの表情がよく見えて、その表情からどんな学校生活を送ってきたのかを想像してグッときました。
――いろいろな物語が想像できそうですね。
卒業生同士もそうですが、下級生たちも卒業生との別れを惜しんでいたんですね。生徒数が少ない分お姉ちゃんのように慕われていた卒業生が、別れを悲しそうにしている後輩たちにやさしく気さくに接している姿を見て、より深く胸に刺さりました。
心動かされる手紙
――生徒の数が少ないほうが印象的なライブになりやすい気もします。
いえいえ、生徒数が多い学校でも記憶に残るライブはあります。千葉県の中学校でサプライズライブさせていただいたことがあるのですが、登場したときは大盛り上がりを見せ、その熱気に驚かされました。
――学校ごとに本当にリアクションが異なるのですね。
千葉県の中学校は盛り上がってくれたのですが、『旅立ちの日に…』を歌っているときにはしっかり耳を傾けてくれて、最後は涙を流している生徒もいました。そのギャップがとても印象的でした。

――サプライズライブに参加していたかつての卒業生から声が届くこともあるそうですね。
はい、基本的にはファンレターでいただくことが多いです。「あのときはありがとうございました」「あのとき歌ってくれた楽曲を思い出して救われました」という内容の手紙をいただくと、本当にこれまでの音楽活動をすべて肯定できるような気持ちになります。
――それは喜びもひとしおですね。
私も感謝の気持ちでいっぱいになりますが、シングル曲ではなくアルバムに収録されたあまり日の目を浴びていない楽曲に触れる手紙も珍しくないことがうれしいです。なおさら「サプライズライブをやってよかった」という気持ちになります。
取材・文/望月悠木 撮影/石垣星児