
字幕翻訳の第一人者・戸田奈津子さんは、学生時代から熱心に劇場通いをしてきた生粋の映画好き。彼女が愛してきたスターや監督の見るべき1本を、長場雄さんの作品付きで紹介する。
今でも亡くなったことが信じられない
映画のプロモーションでロビンが来日するたびに、一緒に京都旅行へずいぶん行きましたし、家族ぐるみでとても仲良くさせてもらいました。お寺でお坊さんがお経をあげる姿を見て咄嗟にモノマネをしたり、当意即妙で本当に人を笑わせる天才なの。
「吸血鬼は血を吸って生きるけど、僕は人の笑顔を栄養にして生きているんだよ」というのが彼の口癖。記者会見なんて入場料を取るべきだと思ったくらい、サービス精神旺盛な生まれながらのエンターテイナーでした。
実際の人柄の通り、演じる役もほとんど悪役ってないのよね。『ミセス・ダウト』(1993)みたいな楽しい役もやったし、『いまを生きる』(1989)や『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997)みたいな学生を教え導く教師役も、教訓めいていないところが彼にピッタリでした。
なかでも私が好きな1本は、テリー・ギリアム監督の『フィッシャー・キング』(1991)。ひと言では表現できない毛色の変わった不思議な映画でしたね。ロビン演じるパリーとジェフ・ブリッジス演じるジャックがセントラルパークですっぽんぽんになり、寝転がって歌を歌うシーンは忘れられません。背景にあるテーマはシリアスだけど、同時に秀逸な喜劇でもある。独特の世界観がギリアム監督ならではでした。
ロビンが2014年に亡くなってからもう10年。
いろんな人が追悼文を発表したのですが、なかでもギリアム監督の追悼文が涙をそそりました。今も亡くなったことは信じられないけれど、本当に誰からも愛される天才俳優でした。
『フィッシャー・キング』(1991)The Fisher King 上映時間:2時間17分/アメリカ
過激なトークで人気を集めるラジオDJのジャック(ジェフ・ブリッジス)。ある日、放送中の発言がきっかけで銃乱射事件が起こり、仕事も名声もすべてを失ってしまう。
3年後、暴漢に襲われたジャックは路上生活者のパリー(ロビン・ウィリアムズ)に助けられる。パリーが3年前の事件で妻を亡くしたことを知ったジャックは、彼の助けになろうと決意。ふたりは奇妙な友情で結ばれていく。
テリー・ギリアム監督作。ロビン・ウィリアムズはゴールデン・グローブ主演男優賞を受賞した。
ロビン・ウィリアムズ
1951年7月21日生まれ、アメリカ・イリノイ州シカゴ出身。スタンダップコメディアンとしてキャリアをスタートし、ロバート・アルトマン監督の『ポパイ』(1980)で映画デビュー。『グッドモーニング,ベトナム』(1987)『いまを生きる』(1989)『フィッシャー・キング』でアカデミー主演男優賞にノミネートされ、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997)で助演男優賞を受賞した。
主な出演作は『レナードの朝』(1990)『ミセス・ダウト』(1993)『ジュマンジ』(1995)『バードケージ』(1996)『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』(1998)『ナイト ミュージアム』シリーズ(2006、2009、2014)など。2014年に逝去。
語り/戸田奈津子 アートワーク/長場雄 文/松山梢