
集英社オンラインが『なぜ都会では“カフェでひと休み”すらできないのか?「カフェ難民」が続出している根本的原因』という記事を配信したのは、今年10月26日のこと。その後、「カフェ難民」という言葉はX(旧Twitter)でトレンドワードとなり情報番組でも取り上げられた。
「まともに座れるベンチがない印象」
「カフェ難民」に関する記事の反響として多かったのは、公園や街中にあるベンチの数や質についての議論だ。
〈もはや都心では映画館のロビーくらいしか、まともに座れるベンチがない印象〉
〈「街なかにベンチがないから」が大きいと思うのだが、なぜかそれには一切、言及のない謎記事〉
〈誰もが無料で利用できる公共の公園やベンチを増やすべき〉
〈普通に休憩で座るスペースが無いのもたしか。昨日六本木歩いてたら歩道沿いに人がずらっと座ってて何の行列?と思ったら単にベンチが並んでいて座っていただけだった。カフェよりベンチが必要よ〉
など、SNSでは多くの人々が“無料で座れる場所”の減少を指摘。飲み物や食べ物でなく、休憩場所を求めた人々がカフェに流れ込み、混雑を引き起こしているのではないか、といった意見が相次いだ。
たしかに、近年ではコロナ禍による“密”の回避や、路上生活者による占拠対策として、「公共空間からベンチが減っている」という指摘がたびたび話題になっている。
ベンチについても、SNS上では「排除アート」や「意地悪ベンチ」と呼ばれる座り心地の悪いデザインが増えていると問題視されることが多い。
こうした意見を受け、前回に続き、カフェの混雑が著しい街・渋谷を再訪。無料休憩スポットとして有名な「MIYASHITA PARK」屋上の区立宮下公園に行ってみた。
コロナ禍真っただ中の2020年7月にオープンした同公園は、設置されたベンチに対し、開園当初から賛否が渦巻いていた。その大きな要因が“排除アート”で、SNSには、
《アートなベンチのフリをした優生思想の“排除ベンチ”。絶対に寝っ転がらせないという意志を感じる》
《宮下パークの排除ベンチ。
《人はベンチに横になって身体を癒やす必要があるんだよ!》
《ベンチに座って休みたいのにこんな棒みたいなとこ5分も座ってられない》
など、厳しい声が今なお上がっている。
まずは、管理者がこうした利用者の声をどのように捉えているのか、公園を管理する渋谷区立宮下公園パークセンターに問い合わせたところ、次のような回答だった。
排除の意図はなし 施設内には親切なベンチも
「(ベンチのデザインに批判的な声が上がっていることについて)把握しておりませんが、意見として参考にさせていただきます。(ベンチについては)デザインや耐久性等を考慮のうえ、選定したものです。公園における休憩施設にはさまざまなデザインがあり、その中の一つであると考えております」
実際に公園にはコンクリート製のものや、地面から突き出た鉄パイプのようなデザインなど、座り心地の悪そうなベンチが多い。こうした状況のためか、ベンチに空席があるにもかかわらず、芝生に寝転んで休む利用者も見られた。
一方、下のフロアである「RAYARD MIYASHITA PARK」各階には、クッション性のある椅子と木のサイドテーブルを兼ねた椅子がセットになった、見た目にも快適そうなスペースを発見。飲み物を持ち、くつろぐ若者の姿が何人かあった。
横並びや多人数での利用も可能な木製のベンチもあり、幅広いニーズに対応できるスペースもきちんと用意されていた。
しかし、屋上の公園に併設された「スターバックス コーヒー MIYASHITA PARK店」は平日午後でも満席。マクドナルドなどが入る3階のフードホールも空席はほぼなく、道路を挟んだ「スターバックス コーヒー 渋谷cocoti店」も同じような混雑状態だったが、フロア内のベンチに座る人はほとんどいなかった。
カフェ難民とベンチの関係を調べるべく次に向かったのは、渋谷と同じく人々でにぎわう街・新宿。
JR新宿駅新南改札前の「Suicaのペンギン広場」には、横になることを防止するために湾曲したり仕切りが施されたりしたベンチが多く設置されていた。
一方で、そのすぐ近くには意外にも、テーブルを挟んだボックス席のようなベンチも設置されており、会話や休憩に適したスペースも多数確認できた。
新宿は親切と排除が混合…専門家の見解は?
さらにベンチを探してタカシマヤ タイムズスクエア方面へ足を向けると、仕切りつきのベンチや植え込みに設置されたベンチなど、“排除アート”と呼ばれそうなデザインがいたるところに見られた。
さらに、このエリアでは路上生活者への“対策”なのか、段差にプランターを置いて物理的に座れなくしている場所もあった。
一方で、そのすぐ隣には、新宿タカシマヤが提供する無料の休憩スペースも。
排除アートの広がりが指摘される中、時代に逆行するように、むしろ“休憩場所”を積極的に提供しており、複数の利用者を確認できた。
この狙いについて、設置者である新宿タカシマヤの広報に質問したところ、「日頃から、お客様より、『休憩スペースを増やしてほしい』とのお声をいただいておりますので」と、やはり休憩場所のニーズがあることを明かし、さらに詳しく答えてくれた。
「お客様の声を受けまして、1階JR口の外に、10月30日から11月22日までの期間限定でベンチを複数、試験的に置きました。どのようなお客様が、どの時間帯にご利用になるのかなど、確認する目的もございます。
反響につきましては、当方の告知が足りていなかったこともあるかと思うのですが、思っていたほど多くのご利用はありませんでした。お昼休みのサラリーマンなどおひとりで利用する姿が多かったです」
今回の調査でわかったのは、ベンチの減少や排除アートが“カフェ難民”発生に影響しているとSNSで指摘されているが、ペンギン広場や新宿タカシマヤなど、都心でも利用者が快適に使える公共スペースは一定数確保されていたことだ。
都市・建築学や建築デザインを専門とし、排除アートに関する書籍も多数出版している東北大学大学院・五十嵐太郎教授にも話を聞いた。
「居場所を潰す行為の可能性を減らすという意味では、多少関係があるかもしれませんが、それほど大きな要因とは思いません。
ただ、ベンチ数に関しては、海外(ヨーロッパやアジア)の都市と比べると、日本はベンチもゴミ箱も少ない印象を持っています」(五十嵐教授)
SNSでは「排除ベンチ」がカフェ難民の原因だと指摘されていたが、それは大きな要因ではなさそうだ。
しかし、満席でカフェに入れない人々のためにも、憩いの場となる快適なベンチがもっと日本に増えてもいいのではないだろうか。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班