
世界中でジャパニーズウイスキーの値段が高騰し続けている。そのため各地のバーでは熟成したビンテージウイスキーの仕入れに苦戦し、愛飲家たちはウイスキーを気軽に飲めなくなったと嘆く。
抽選しなければウイスキーは買えない!
ジャパニーズウイスキーが世界中で大人気だ。中でもサントリーから発売されている「山崎」「響」「白州」「竹鶴」「余市」「宮城峡」「イチローズモルト」などのビンテージウイスキーが高騰し、手に入りにくい状態が続いている。
定価販売する酒販店では、「山崎」「白州」「響」などのウイスキーの抽選販売が当り前となり、購入希望者が殺到している。そんな中、サントリーは先月、「響40年」を1本400万円、100本限定で抽選販売すると発表し、注目を集めた。
さらに、プレミア価格でリセールされることも常態化している。買取を行なっている大黒屋のホームページを見ると、例えば「山崎25年」は2018年に25万円だったのが、2024年11月の時点で99万円にも。
海外では、2022年に「山崎55年」が競売大手サザビーズで競売にかけられ、なんと約8100万円で落札されている。ジャパニーズウイスキーの圧倒的な人気がうかがえる出来事だった。
世界で高評価されているジャパニーズウイスキー
日本人なのに国産ビンテージウイスキーを楽しむことが容易ではない昨今だが、なぜここまで高騰してしまったのか? それは品質の高さにあるようだ。
ウイスキー評論家でウイスキー文化研究所代表の土屋守氏によると、「ウイスキーの本場であるスコットランドやアイルランドに比べて日本は南北に長いので、国土の環境が持っているバリエーションが豊富。そのため多彩なウイスキーを生むのに適しています。加えて日本人のものづくりに対する情熱が評価され、ジャパニーズウイスキーの価値を高めてきた」と分析する。その証拠に、近年ジャパニーズウイスキーは国際的な賞を数多く受賞している。
また、原酒不足も関係している。
バーテンダーの悩める実態!
そんな高騰のあおりを直撃しているのが、ウイスキーを提供する飲食店である。特にバーではビンテージウイスキーを求める客も多く、苦戦を強いられている。
都内・神楽坂にあるバーの店長は「人気の『山崎12年』は、酒販店より定価の15000円で手に入れることができるのですが、本数は限られています。それ以外のビンテージウイスキーはめったに手に入らない状態です」と頭を悩ませている。ちなみに定価で仕入れても、ワンショット3600円程度の提供になるそうだ。
その一方で、酒販店からビンテージウイスキーを定価で仕入れることができないバーも少なくない。
新宿で国産ウイスキーに力を入れているバーの店長は『山崎12年』をネットで定価の倍近い値段で仕入れている。「お客さんには、高いことを伝え、納得してもらった上で提供しています。今、ビンテージを置いている店は少ないと思います。結局、安定してビンテージウイスキーを供給できるメーカーは少ないですから」と語る。
また、せっかく貴重なビンテージウイスキーを高値で仕入れても、それを好む客がいなければ、店は損を被ってしまう。そのため、あえてビンテージにこだわらない店もあった。
新宿ゴールデン街のバーのマスターは「ジャパニーズウイスキーを求めてやってくる外国人観光客には比較的安めの『サントリーオールド』『富士モルト』『富士グレーン』などをすすめています」とビンテージの品薄を他の商品で補っているという。
愛飲家はどうしているのか?
お客さん側にはどんな影響がおよんでいるのか?
国内の蒸留所巡りを趣味とし、夜な夜なバーに通う40代の女性は「本当は『山崎』や『白州』のビンテージを飲みたいのですが高いので、シングルモルト(ひとつの蒸留所で作られたモルトウイスキー)だとスコッチウイスキーの『ザ・グレンリベット』を飲むようになりました。1杯1500円くらいです。
せめてもという思いで、自宅用に小さなボトルの『山崎』(180㎜㍑)の2本セットを8000円で購入しました。半年前だったら半分くらいの値段だったみたいで、ちょっと悔しい。もったいなくてまだ開けていませんけど、いつか自分へのご褒美として味わいたいと思います(笑)」と、懐事情に合わせて自分なりの楽しみ方を見つけている。
高騰が収束する日は来るのか⁉
また若い頃からウイスキーを欠かすことがなかったという都内在住のサラリーマンは、「ビンテージウイスキーはうまいですけど高すぎるので、ブランデーを飲むようになりました」と告白する。
「ここ数年でブランデーに流れている人も多いですよ。結局、毎日、熟成した酒を飲みたいですから」(ゴールデン街に通う40代)という。
国内の状況とは反対に、円安を背景に派手にビンテージウイスキーを注文する外国人観光客が増加中だ。
「比較的ビンテージが揃っているホテルのバーなんかに行くと、外国人観光客が高いジャパニーズウイスキーをガンガン飲んでいますね。特にアジアの富裕層たちがお金に糸目をつけずオーダーしています。
高騰はいつ落ち着くのか?
前出の土屋守氏によると、高騰の影で喜ばしい兆しも現れているという。
「2022年の日本産ウイスキーの輸出金額は過去最大の561億円で、そのうち200億円強は中国への輸出でした。彼らにとって日本のウイスキーは投資の対象であり、高騰の一因にもなっていました。
しかし中国経済の低迷により2023年の輸出金額は132億円と、61億円も落ちています。そして今、中国では、ものすごい勢いでウイスキーの蒸留所がつくられ、計画段階を入れると40ヵ所、すでに製造開始しているところが25、26ヵ所あります。
それらの商品が市場に出回りはじめ、以前ほど日本のウイスキーに対する信仰心が薄くなってきています」
最大の輸出先であった中国のジャパニーズウィスキーへの憧れが、このまま落ち着けば、近い将来、昔のようにもっと気軽に楽しむことができる日が来るかもしれない。
取材・文/集英社オンライン編集部 写真/わけとく
<プロフィール>
土屋守(つちや・まもる)
1954年生まれ新潟県佐渡出身。ウイスキー評論家、ウイスキー文化研究所代表、ウイスキー専門誌「ガロア」編集長。NHK朝の連続テレビドラマ「マッサン」のウイスキー考証の監修を務める。