
2024年末TOKYO MXで放送されたホラー映画「呪怨」を視聴しながら、作中で人が亡くなるたびにお坊さんが読経を行うという企画がSNS中心に大きな話題を呼んだ、彼岸田盆さん。浅井企画に所属するお笑い芸人「ドドん」のメンバーとして、また仏教エンターテイメントコミックバンド「THE 南無ズ」のメンバーとしても活動している。ユニークな経歴をもつ彼に、センシティブなテーマであるお坊さんネタへの向き合い方について聞いた。
本物のお坊さんの「即読経」企画は、仏教界でも話題に
――本日から春のお彼岸ですが、2024年末の「即読経」企画をSNSなどで見かけて、「あのお坊さんはいったい誰なのか」と気になっている人もいるかと思います。彼岸田盆さんの経歴や、現在の活動内容について教えてください。
私の実家は愛媛県の曹洞宗のお寺で、高校2年生のときに得度をしました。小学生の頃から芸人になりたいという夢を持っていたため、大学卒業後に修行を経験したものの、寺は継がずに2009年にマセキ芸能社の養成所へ入所したんです。そこで現在の相方と出会い「ドドん」を結成し、お坊さんネタをすることになりました。2010年に浅井企画に所属し、以来15年にわたってお坊さんネタを続けています。
お坊さんとしての活動としては、ほかのお坊さんから法事の依頼があった際に、宗派が合致すれば引き受けたり、企業からの依頼で座禅体験の指導や写経会を実施したりしています。東京・四谷にある現役のお坊さんが運営する「坊主バー」で働き、お経を読んだり説法したりもしていますね。
あとは、仏教エンターテインメントコミックバンド「THE 南無ズ」のメンバーとして、音楽ライブイベントへの出演やYouTubeチャンネルの運営をしています。
――YouTubeの「即読経(そくどっきょう)」が大きな話題を呼び、昨年末にはTOKYO MXの「呪怨」企画として展開され、実に7万人もの視聴者を集めたそうですね。「即読経」には、どのような反響があるのでしょうか。
「即読経」は、意外にもお坊さんからも肯定的な反応が多く寄せられています。とくに新しい取り組みを模索していた若手のお坊さんたちからは、「こんな活動方法があったのか」という驚きの声がありました。
現在、お寺に足を運ぶ人は限られているため、教えを広めたいお坊さんたちの間で説法動画のYouTube投稿が増えていますが、「仏教」や「説法」で調べないような層にはそもそも届きません。
でも私がやっているゲーム実況がきっかけで、若い視聴者のかたから、「盆さんの読経を聞いているうちにお経が読めるようになりました!」といった予想外の反応もいただけました。
読むお経は場面に合わせて変えている
――お坊さんが「即読経」のようなエンタメ企画をやっても仏教界的には問題ないのですか?
明確な決まりはなく、個人の判断に委ねられています。私自身はいくつかの線引きをしていて、たとえば下ネタは避けるようにしています。絶対にダメというわけではありませんが、お坊さんとして不適切だと感じることは控えているんです。
ただし、各宗派の基本的な作法から外れることは、問題視されやすい傾向にあります。「その宗派では木魚を使用しないはずなのに叩いている」や「曹洞宗のお坊さんなのに頭を剃っていないのはおかしい」といった感じで。そのあたりには注意を払う必要がありますね。
――エンタメ企画中に、お経を読むのは不適切ではないのですか?
宗派によっては、読むのが適切ではないお経もあります。それ以外の点に関しては、明確な基準はありませんが、できるだけ物議を醸さないよう心がけています。とくに、お通夜などで読まれる死と近い場面のお経は、不快感を覚える方もいらっしゃるため、使用はしていません。
一方で、写経やデザインとして広く普及し、文化としても定着しているお経については、比較的問題が少ないので読んでもよいかなと。
即読経の企画では基本的に「舎利礼文(しゃりらいもん)」というお経を読んでいます。読誦(どくしょう)しても支障が少なそうなものから、皆さんにとって耳新しく新鮮な印象を与えられるお経として選んでいます。
実は、お経は状況に応じて使い分けることもあるんです。「呪怨」の企画で「公衆電話は最近見ないので供養したほうがいいんじゃないですか?」という展開になった際、流れ的に手短にお経を読んだほうがよさそうな場面だったので、「延命十句観音経(えんめいじっくかんのんぎょう)」という短時間で読めるお経を選びました。
長いお経を途中で切り上げる形でもいいのではないかと思われるかもしれませんが、お経は最後まで読み通してこそ意味があるという考えに配慮しています。
――仏教をネタにするということでデリケートな判断が要求されるのですね。
セーフティラインについては、なるべく自分一人の判断に頼らず、宗派の公式広報も担当するお坊さんにも助言をいただいています。
仏教のいい話、説法をネタに取り入れる
――彼岸田さんのファンのコメントを読んでいると、お笑い要素に加えて真面目な説法を期待しているファンも多いなと感じます。いわゆる「お坊さんのいい話」とお笑いを融合させることは難しいのでは?
説法も取り入れたほうがよいと考えるようになったのには、いくつかのきっかけがありました。
そのひとつが三遊亭円楽師匠とご一緒させていただいた巡業です。落語家さんは時節や地域の話を織り交ぜながら、会話に深みのある芸が特徴。お客さんも笑いだけでなく、もっと深い満足感を得ているように見えました。そこで、自分たちなりに芸のレベルをさらに高めるために仏教の説法を取り入れようと決意しました。
同じ宗派の先輩からのアドバイスも後押しになりましたね。「説法にボケを入れること自体珍しいから、ボケを抑えめにして最後に真面目な話をズドンと入れたら、あなたたちを超える人はいません」と言ってもらえたことがあるんですよ。
実際にお寺からの依頼で、「命と供養」というテーマで1時間の漫才をしたときに、前半はお笑いのネタを披露し、後半は真面目な話をするのですが、最後まで熱心に耳を傾けてくれるんですよね。これは、私が芸人であると同時にお坊さんでもあり、ありがたい話ができるという期待があったからだと思います。
説法を取り入れ始めてから、仏教に興味がなかったお客様からも「仏教の難しい言葉の意味がわかるようになりました」といった感想をいただくようになりました。今では芸人として認められるためにも、お坊さんとしての実力を磨いていかなければと考えています。
――今後、個人的に実現したいことはありますか。
現在、各地のお寺でライブをする全国行脚のような活動をしているのですが、いつかは自分の大本山でライブを開催したいと考えています。視聴者の方々が喜んでくださるのはとてもうれしいのですが、曹洞宗の大本山がよく思っていないのではないかという懸念がずっと心の中にあって(笑)。
やっぱり、できるだけ多くの人に喜ばれるような活動をしたいので、いつか大本山から「あなたたちがやっていることは、素晴らしいことですよ」と認めていただきたいという思いがあります。
目標の実現に近づくためにも、まずは2025年8月30日に横浜関内ホール小にて開催される、THE 南無ズのワンマンLIVEを成功させたいですね。
取材・文/福永洋一