
サザンオールスターズの桑田佳祐は、今年の2月26日で69歳の誕生日を迎える。日本のロック界に多大な影響を与えてきた桑田だが、彼が音楽界に与えていたものはそれ以上のものがあった。
桑田佳祐が四半世紀ぶりに新しい命の火を灯した曲
1978年にシングル『勝手にシンドバッド』でデビューした当初は、コミックバンドのように思われたり、一発屋的な見方をされたこともあったサザンオールスターズ。
しかし、3枚目のシングル『いとしのエリー』で、バンドとしての評価を確かなものにしてからは、音楽的な成長を着実に遂げて大きな成功を収めていった。
そして歳月が重なり……サザンオールスターズはいつしか「国民的なバンド」と呼ばれるまでになった。
一方で桑田佳祐は、バンド活動と平行して、1988年発売のアルバム『Keisuke Kuwata』などのソロ活動を始めて以降、実に多様な活躍を続けながら今日に至っている。
桑田は1993年に「Act Against AIDS」のイベントに参加したことをきっかけに、日本のスタンダードを確立する役割を果たすようになった。
その1回目となる1993年12月1日に日本武道館で開かれたコンサート「Act Against AIDS '93」では、意外にも美輪明宏の『ヨイトマケの唄』を取り上げて歌った。
子供の頃にどこかで聴いたという記憶と、なぜか歌えるくらいには曲を覚えていたことが動機だったという。
その後も1994年9月に行われたソロ名義による初の全国ツアーで、『ヨイトマケの唄』をレパートリーして歌い継いでいった。
さらに21世紀に入ってからも、自分のテレビ番組『桑田佳祐の音楽寅さん~MUSIC TIGER~』でスタジオ・ライブを披露。
オンエアの際には、「この唄は、俗に放送禁止用語と呼称される実体のない呪縛により長い間、封印されてきた。今回のチョイスは桑田佳祐自身によるものであり、このテイクはテレビ業界初の試みである」というテロップも流れた。
「桑田佳祐が選ぶ20世紀のベストソング」で歌われた『ヨイトマケの唄』が、ソロのベスト・アルバム『TOP OF THE POPS(トップ・オブ・ザ・ポップス)』に収録されたのは2002年のことだ。
このようにして忘れられつつあった『ヨイトマケの唄』に、桑田は四半世紀ぶりに新しい命の火を灯したのである。
やがて放送禁止というくびきから解き放たれて、『ヨイトマケの唄』は様々な歌手たちにカヴァーされるようになり、歌に内在する生命力によって広く共感を得ていった。
茅ヶ崎で最も早く洋楽のレコードをステレオで聴けた桑田家
桑田佳祐は幼い頃から、あらゆるジャンルの音楽に囲まれて育った。バーや割烹、麻雀荘などを経営する父親は、スウィング・ジャズとマンボ、それに歌謡曲が大好きだった。
家には沢山のLPレコードと大きなステレオ、それにオープンリールのテープ・デッキまで揃っていた。
茅ヶ崎では最も早く洋楽のレコードをステレオで聴ける家、それが桑田家だったという。
もうひとつ、1964年からビートルズに夢中になった4歳年上の姉、えり子の影響もまた大きかった。
夜の時間帯に両親が水商売で働いていた桑田家では、小学校が終わって帰宅したえり子が、母親代わりとなって幼い弟の面倒をみた。
夜遅くまで二人一緒に過ごす時間、えり子は毎晩のようにビートルズのレコードを弟と一緒に聴いていた。
やがて姉に付き合って聴いていた期間も終わり、自分の意思で買ったアルバムの『リボルバー』や『ラバー・ソウル』を聴いたとき、桑田は初めてビートルズの音楽にショックを受けたという。
だからビートルズが音楽的に大きく変化した1967年以降のロックから、強く影響を受けたのだという自覚を持つようになった。
しかし、50代になってからはそうしたロック体験よりも前に、テレビから歌が聴こえていた幼い頃のポップス体験が、実は自分の音楽の本質だったとも語っている。
ディープ・パープルも悪くないけど、やっぱり自分の本質はロネッツの『ビー・マイ・ベイビー』や坂本九の『上を向いて歩こう』なんだよって。
(総力特集 桑田佳祐クロニクル 『SWITCH』2012年7月号)
アメリカンポップスにおける不朽の名曲、ロネッツの『ビー・マイ・ベイビー』は、1963年10月に全米チャートで最高2位のヒットを記録した。
そのわずか3か月前には、坂本九が日本語で歌った『SUKIYAKI(上を向いて歩こう)』が、3週連続で全米チャートの1位に輝く快挙を成し遂げていた。
そう考えると『Act Against AIDS '00 「桑田佳祐が選ぶ20世紀ベストソング」』と、『桑田佳祐Act Against AIDS 2008 昭和八十三年度! ひとり紅白歌合戦』の両方で、『上を向いて歩こう』が歌われていたことは当然だった。
そして、それらのイベントで歌われた歌の数々こそが、そのまま日本のスタンダードとして音楽史に残る作品だったことに気づかされる。
かつての名曲の数々に生命を吹き込み、ときには蘇らせて次世代へと継承する。
そんな役割を果たした桑田佳祐の功績は、日本の音楽史においてとてつもなく大きい。
文/佐藤剛 編集/TAP the POP サムネイル/『LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH, NO GUTS!!」(通常盤/Bru-lay)』(2022年4月6日発売、ビクターエンタテインメント)