
中国国内の政治情勢などさまざまな理由で、日本に移住をする中国人富裕層が増えている。今回は、そんな超お金持ちの中国人ファミリーが日本に移り住むときに感じた不便さを著者の舛友雄大氏が取材した。
『潤日(ルンリィー) 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う』(東洋経済新報社)より一部を抜粋・再構成してお届けする。
「日本は旅行に来るには最高です」と語った中国人夫婦だが…
中国人の賀振良(ホーヂェンリャン)氏(仮名)夫妻と東京駅近くで待ち合わせた。中央区晴海の旧オリンピック村付近に最近完成したばかりのタワマンの3LDKに一人娘と住んでいる。
初めてお会いする賀氏は、やや黒ずんだ顔に独特な形状のメガネをかけており、THE NORTH FACEのジャージというカジュアルな装い。メニューで濃縮果汁と書かれているのを確認してオレンジジュースを頼んだ。
妻の張遠華氏(仮名)も賀氏と同じくメガネをかけており、頭脳明晰という雰囲気を漂わせている。
50代に突入したばかりの賀氏は、不動産デベロッパーで長年勤務したのち、2023年8月に日本に移り住んできた。夫妻は、それまでに沖縄以外の46都道府県を総計4カ月ほどで車を運転して旅した経験を持っていた。
「日本は旅行に来るには最高です」
しかし、「養老」が移住目的の1つであるという夫妻は、次から次へと日本社会の「問題点」を羅列していった。
博識の賀氏は、まず日本経済が1990年以来いかに停滞し、米国とのGDPの差が拡大していったかについて持論を述べた。主流の見方では、少子高齢化といった人口動態やデフレといった経済現象が理由とされがちだが、真の問題は「社会の対外開放度の低さ」なのだと熱心に説く。
夫妻が日本に失望するようになったこと、そして日本経済の「真の問題」に気づいたのは、この半年ほどの東京での経験がおおいに関係している。
「日本人は家族間でプライバシーを気にしないんですか?」
「それまで住んでいた香港で50平米の高層マンションに住んでいました。東京の家賃は香港の約半分ですので、100平米の家に住めると期待していたんです」
娘がインター校に通っているので、中央区、江東区、墨田区で物件を探していたそうだ。
「100軒くらいは不動産を見て回りました」と、自嘲気味に笑う。それでも自分たちの希望する条件に合う部屋が見つからなかった。
「日本人は家族間でプライバシーを気にしないんですか?家で家族の裸を見てしまったりしますか?」と逆に質問された。
「それか、夏の暑いときにでも、体を洗った後でも、少しだけ衣類を着てそのまま寝るとかせずに、すぐに服を着るのかのどちらかだと思うんです」
夫妻は浴室が2つついている物件を希望していた。トイレも2つあればなお理想的。娘のプライバシーを守りたかったのだ。
少し前に親戚3人が家に泊まったときも、浴室の問題は大きかったという。
「交代で入ったらすごい時間がかかりますよね」
中国人は親族を家に泊まらせることもよくあるため、そう言われてみると日本のデザインは不便に感じるだろうなと気付かされた。
その他にも、一軒家であれば、大型自家用車が停められることが条件だったという。奥さんにとっては路地が狭いことは減点ポイントになる。
いい物件を見つけても貸し出しを断られたことも…
今住んでいる3LDKの概略図をスマホで見せつつまた愚痴る。
「玄関ドアの位置をもっとこっちにもってくるべきですよね。外のスペースが無駄になっています。
他にもベッドルームの空間割りがおかしいなどの指摘が次々に出て、しまいには賀氏は「これをデザインしたデザイナーは香港だとクビですね」と断言した。
中国では改革開放まではソ連式の共同住居がよく見られたが、1980年代から不動産デベロッパーが世界各国の様式を取り入れ、真似ていったのだという。そうした視点からは、日本のデザインが奇妙に映るのだ。
これまで住んでいた香港では「内覧した次の日には契約できて、その日の夜には住みはじめられる」のが普通だったので、日本における不動産探しの面倒さに閉口した。物件がないというだけでなく、いい物件を見つけても貸し出しを断られたこともあった。
「日本語が話せないこと、安定した収入がないことを理由にダメだと。どれだけ資産があってもダメなんです。2年間分の家賃を前払いで全部払うと言っても!」
と、奥さんはあまりの馬鹿馬鹿しさに呆れ返っていた。夫妻は結局、来日すぐのころはまず友達の家に居候し、その後ホテルへ移り、さらにはホテル型マンションを半年借りる羽目になった。
奥さんの張氏は、東京生活の不便さをさらに訴えてくる。
「中国ではクレジットカードの限度額を30万元(約600万円)まで上げることができました。日本では上限が30万円で、どれだけお金をもっていても、次の月まで待たなければいけません。
「日本で老後を過ごす意欲が下がりました。娘がインターを卒業したら他の国に移るかもしれません」
賀氏はがっくりと肩を落とした。
文/舛友雄大 サムネイル/Shutterstock
『潤日(ルンリィー): 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う』(東洋経済新報社)
舛友 雄大 (著)
日本に押し寄せる中国“新移民”とは何者なのか?
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「潤」は、最近中国で流行っている言葉で、さまざまな理由からより良い暮らしを求めて中国を脱出する人々を指す。もともと「儲ける」という意味だが、中国語のローマ字表記であるピンインでRunと書くことから、英語の「run(逃げる)」とダブルミーニングになっている。「潤日」コミュニティ――、多くの日本人が知らぬ間に、中国や日本、そして世界の変化に応じる形で急速に存在感を増しつつある。
この全く新しいタイプの中国人移民たちをつぶさに訪ねて耳を傾けると、その新規性や奥深さを痛切に感じるとともに、日本の政治、経済、社会に見逃せないほどの大きなインパクトをもたらしつつある現状が見えてきた。