
「食品衛生指導員」の養成講習が山梨県内で長期間行なわれてこなかった疑惑について、山梨県食品衛生協会の幹部からは下部組織の地区食品衛生協会に任せていたので「わからない」との返答があった。だがこの幹部が2023年秋、講習が行なわれてこなかったことを会議で説明していたと関係者が証言した。
「養成講習会は行なってこなかった」と会議で…
山梨県食協を巡っては、内部事情を知るAさんが「相当昔から食品衛生指導員の養成講習が開かれず、実技の実習がないため飲食店巡回時の細菌検査が行なわれてこなかった」と証言した。
これに関し「集英社オンライン」が山梨県食協のX専務理事にたずねたところ、県内の保健所ごとに置かれた地区の食品衛生協会に指導員の委嘱を任せていたため「実際の実務はわからない」との回答があった。
また、地区食協幹部らへの取材で、細菌検査の実習を含む講習が少なくとも一部の地区では実施されてこなかった疑いが強いこともわかった。(♯1)
これに加えて今回、山梨県食協の関係者が匿名を条件に証言した。
「2023年11月6日にあった、当時県内に5つあった地区食協の実務を担う書記を集めた会議でX専務理事らが、養成講習会は行なってこなかったと説明しているんです」
取材班が入手した“会議記録”などによると、X氏が地区食協書記の一人との会話で、養成講習会の制度があると口にした。
これを聞いた別の書記が「そんなものは聞いたことも開催作業をしたこともないのですが」と疑問を口にし、X氏はまず「じゃあ養成してないんだ」と返している。
そこへ同席した県食協の事務局職員が、県内の5地区食協のすべてが「たぶん養成講習会ってやってない」と発言。するとX氏も「養成講習会を単独でやらないで、『実務講習会』を一部、養成講習会に振り分けた。で、それがおかしいと言われたので、ちゃんとやろうという話が今出ている」と説明しているのだ。
ここでX氏が口にした「実務講習会」について前出の県食協関係者は、「これは各飲食店に1人の配置が義務付けられている『食品衛生責任者』を対象にした講習で、食品衛生指導員の育成とは関係のない講習会です。無関係の講習に出た人を指導員の資格があるとみなした、という趣旨の説明です」と解説する。
養成講習会が行なわれてこなかったとするX氏の会議での発言は、「地区食協に任せていたので実際の実務はわからない」という取材時の説明と大きく食い違う。
さらにX氏は会議の場で「何もしないで指導員になっている人がいるっていうクレームがマスコミにいっちゃうと、うちが一番困る」とも発言していた。
「会議から約2か月経った2024年の1月と2月に計2回、県食協主催で衛生指導員養成講習会が実施されました。何十年ぶりかもわからないほど久しぶりの開催だったはずです。でもこの時も細菌検査の実習は行なわれていません」(山梨県食協の関係者)
活動実態がない保健所職員が指導員として登録されていた
X氏に再度取材し、記録された会議での発言や、何十年ぶりかに行なわれた講習会についてたずねた。
するとX氏は「私、なんて言ったかはっきりもう覚えてないんです」と回答。すべての地区食協で「養成講習会ってやっていない」と県食協職員が発言したことについても、「ここ(県食協)の職員は支部(地区食協)のやってることをよく理解してないはずで、そんなこと言うはずがないと思いますけどね」と答えた。
ただX氏は、指導員の養成方法が「おかしい」との指摘を受けたため是正する方針を会議で話したことは否定しなかった。
なぜ今年になって、数十年ぶりに県食協が講習会を開く方向に舵を切ったのか。
X氏はその理由を当初「各地区協会から『(負担が大きくて)とても日食協が決めているカリキュラムができない』と聞き、じゃあ私ども(県食協)の方でやりましょう、となったのです」と話していた。(♯1)
この説明は各地区食協がそれまで講習会を行なってきたことを前提にしているが、実際には講習会は開かれてこなかった。県食協による講習会開催は地区食協の業務の移管ではなく、数十年ぶりの「再開」といえる。
そこに至った理由を問うていくと、次にX氏は、今回の問題の「始まり」は新聞社の取材だったと言い始めた。
「日食協から取材があったとの連絡がきたんです。
しかし日食協の言い分はこれと異なる。
「新聞社の取材があったのは2023年ではなく24年2月です。それを受け全国の(各都道府県の)食品衛生協会に養成講習会は要綱通り開いてほしいと周知しています」(水野一正・日食協常務理事)
この説明の通りなら、新聞社の取材は山梨県で講習会が再開された後の時期のことで、新聞社の指摘が最初にあって講習会の開催に至ったとのX氏の説明は辻褄が合わなくなる。
なぜX氏は事実と違うことを口にするのか。山梨県食協が講習会の再開に追い込まれた本当の原因は依然説明されていない。
ちなみに日食協も山梨県食協も新聞社に疑惑を認めなかったもようで、新聞社は結局報じていない。
しかし、新聞社はもうひとつ重要な疑惑を日食協にぶつけていた。
「本人が知らない間に食品衛生指導員にさせられているのではないか」
新聞社がぶつけたのは「本人が知らない間に食品衛生指導員にさせられているケースがあるのではないか」という疑惑だ。
X氏は、この取材を受けて各地区協会に実態を聞き、新たなことがわかったと説明する。
「県東部の保健所職員の2人の名が、そのエリアの地区食協の食品衛生指導員の名簿に載っていたんです。地区食協は『代々そういう方法でやってきていました』と説明しました。
日食協が『活動実態のない保健所職員の名を載せるのは良くない』というので、問題の地区食協にはやめるように伝えました」(X氏)
保健所業務を補佐する指導員を保健所職員が行なうことはあり得ない。指導員の活動がない人物を登録することは制度を形骸化させる重大な問題だ。
問題の地区食協の会長を当時務めていたB氏に経緯をたずねると、B氏は「細かいことは、たとえあったとしても、ちょっとみんな忘れた」と回答を拒んだ。
いっぽう日食協はこの問題に対し、次のように回答した。
「保健所職員の名が指導員名簿にあったんですか? そういう話はなかったです。山梨からは具体的な問題を聞いていません」(水野一正・日食協常務理事)
指導員名簿の不正記載が日食協に知らされたかどうかについても、日食協と山梨県食協の説明は異なっている。
はっきりしているのは、山梨県で長年続いてきたずさんな食品衛生指導員の養成や運用の実態が、外部の指摘を受けても明らかにされなかったことだ。
それだけではない。さらに取材を進めると、指導員名簿に絡むさらに重大な疑惑が浮上した。それは「ずさん」ではすまされない内容のものだった。
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班