
東京大学大学院に在籍しながら、お笑い芸人としても活躍する、いぜんさん。そのユニークな経歴と多才さで注目を集めている。
なぜ日本に留学し、お笑いの道を歩み始めたのか。その生い立ちや学生生活、そして日本で感じたことについて聞いた。(前後編の前編)
中国出身で注目される芸人・いぜん
まだ芸歴の浅い中国出身のいぜんさんが一気に注目の的となったのは、2025年の1月に放映された『千鳥かまいたちアワー』(日本テレビ系、※)の「一撃芸人」特集でのこと。(※現在は『千鳥かまいたちゴールデンアワー』に改題)
「中国で大悟に抱かれたい女が並んだら、万里の長城よりも長げえよ!」
「反対に、ノブに抱かれたい女はパンダよりも少ねえよ!」
大先輩を呼び捨て。フランクすぎる口調。中国出身ならではのギャグ。この三位一体が巻き起こした「一撃」は強烈な印象を残した。
「去年の年末くらいから、かなりブレイクさせていただいていて。ネタのシーンが切り抜きされて、TikTokやショート動画でバズりましたからね。おかげでいくつもお笑いライブの仕事が入りましたし、千原ジュニアさん直々のリクエストでロケの依頼をいただいたりもして、ありがたいです」(いぜんさん、以下同)
バズったおかげで人気を得る一方、ズッコケるようなこともあったと楽しげに話す。
「ある番組でロケに行ったら、10歳くらいの男の子たちに『あ、あの人! 大悟に抱かれたい女だ!』と言われまして。ごめんなさい、日本の子どもに悪い影響を与えてしまいました(笑) しかも一番省略しちゃダメなところを『省略しすぎじゃねえかよ』と心の中でツッコミました(笑)」
メディア露出が増えはじめ忙しく過ごす傍ら、大学院では修士課程2年生に在籍し、核融合を研究している。
「よく両方やっているのは大変じゃないですか?と聞かれるんですけど、逆に両方しているほうがバランスを取れているのと思います」
芸人活動と学業の両立は忙しい一方、メリットもあるそうだ。
「テレビ番組の出演が増えて、いろんな芸能人の方たちと共演させてもらってますが、華やかすぎて実感がないときもあるので、研究室に戻ると落ちついたりもします。研究室にずっとこもっているような先輩もいるのですが、私は芸人としていろいろな人としゃべることで、研究でも新しい発想ができたりする。もともと勉強は好きでしたが、家にこもって机に座り続けているタイプでなかったからかもしれません」
幼少期から笑わせるのが好き
中国といえば、その人口の多さから、教育熱心で学歴第一の競争社会という印象もある。いぜんさんの育った家庭はどうだったのだろうか。
「お父さんもお母さんも、2人揃って育児理念がいい加減だったというか。ほかの家庭とは違う感じでした。私はひとりっ子で、両親とも中国では普通の公務員系。私が勉強をしていると『なんでまだ勉強してるの? そんなの適当でいいんだよ。早く一緒に山へ行こうぜ』って言ってくる感じで。まるで友達みたいですよね」
今は親元から遠く離れ、日本へ来た、いぜんさんだが「私が一番仲のいい友達はお母さんかもしれません」と語る。
「毎日お母さんと電話していて、研究のことや恋愛相談とかも何でも話せる感じです。
信頼できる両親のもとで育ち、学生時代、成績はいつもトップクラス。「圧倒的強者の学生生活を送っていたのでは?」と尋ねると。
「中学生のころは教科書を1回読めばすぐわかる感じでした。運動でも、男子と走っても負けなかった。髪型はずっとショートカット。活発でいつも走り回っていましたね」
そんな元気溢れる少女は、幼い頃からお笑いのセンスをのぞかせていたそうだ。
「性格も小学生のころから変わっていなくて、いつでもおもしろいことを言いたい、みんなを笑わせたい、と思っていました。
授業中、先生がしゃべったことにツッコミを入れたりしていたので、面白がられていたとは思うけど、『いぜんはあんな感じなのに勉強ができて、性格も変わってる』って、周りからは引かれているというか、距離を置かれている感じもありましたね(苦笑)」
「私がやりたかったことってこれじゃん!」
高校は、世界大学ランキングでは常に東京大学よりも上位の北京大学の附属高校に入学した。
「みんなが試験や大学受験のために必死に勉強をしているなか、私は授業中でもスマホのゲームをしたり、読書や趣味の推理小説を書いたりしていました。それでも成績はいつもトップクラスで。国語と物理が得意。
そもそも苦手だな、という科目もないんです。比べる相手がいないからコンプレックスもないんですけど、不思議キャラだからかモテなくて」
コンプレックスがないながらも、もやもやした十代を過ごしていた、いぜんさんに、衝撃と目標をあたえてくれたのが、偶然見た日本のアイドルグループだった。
「嵐のミュージックビデオを見て、『松潤、めっちゃかっけえ』と思いました。それから嵐が出るバラエティ番組を見漁るようになって、共演しているお笑い芸人を見ているうちに『日本のお笑い、すげえな』と。
特に森三中さんとか、女の人たちがお笑い芸人として身体を張って活躍しているところにめちゃくちゃ憧れました。中国ではこれまでこんな人たちは見たことがなかったので『私がやりたかったことってこれじゃん!』て」
それからというもの、「M-1グランプリ」やトーク番組など、芸人が出演するあらゆる日本のバラエティ番組を字幕を通して見続けた。明石家さんま、千鳥、かまいたち…。そのうち印象に残る芸人たちの多くが、日本の笑いの殿堂・吉本興業所属だということを知る。
「最初は日本語が全然わかりませんでしたが、番組を見ているうちに話せるようにもなりました。そして、『吉本の芸人になるために日本へ行く』という目標ができました」
バラエティ番組仕込みのフランクな日本語で、お笑いへの熱い思いを語るいぜんさん。
こうして彼女はどんどん日本のお笑いの魅力に引き込まれていく。
後編では、来日してからの日々と今後の芸人としてのスタンスなどについてうかがう。
いぜん●1998年4月生まれ、中国・北京出身。中国の超難関高校を卒業後、東京都立大学理学部に留学する名目で来日。テレビ番組の出演をきっかけに注目を集める。現在はピン芸人として活動しつつ、東京大学の大学院生として核融合の研究をしている。
取材・文/木原みぎわ 撮影/齋藤周造