
国民民主党は5月14日、今夏に予定される参議院議員選挙の比例代表に4人を擁立することを発表した。このうち、元格闘家で元参院議員の須藤元気氏をめぐって、ネット上では「もう国民民主の支持をやめる」など反発の声が次々と上がっている。
「ワクチンで死者激増」「免疫力が下がる」など誤った情報を積極的に発信
元参院議員で元格闘家でもある須藤氏はダンスパフォーマンスなどの芸能活動でも人気を博していたが、それに負けず劣らず突飛なSNS投稿でも注目を集めていた人物だ。
コロナ禍の感染対策に対する尖った投稿や、コロナワクチンについて「打てば打つほど感染する」「免疫力が下がる」「死者激増」「帯状疱疹やインフルエンザが激増する」などの発信を続けてきた。
とりわけ怒りが広がったのは医療系のアカウントで、須藤氏を指した「反ワクチン」がトレンド入りするなど騒動になった。国民民主党はワクチン推進の政策を掲げており、須藤氏の主張との不一致も指摘された。
筆者が須藤氏の思想的な活動を初めて認識したのは22年の「ワクチン討論会」だ。
都内ホールで開催されたイベントは、討論会とは名ばかりの「ワクチン反対集会」。そこにゲストとして招かれた須藤氏は、接種との因果関係は分からないと前置きはしたものの、友人の死や議員仲間の体調不良を明かし、涙声でワクチンへの疑念を語っていた。「(自分が)元いた立憲民主党にワクチンの危険性を、野党第一党として言ってほしかった。言ってくれなかったのは悔しい」とも話した。
この界隈をつぶさに観察してきた筆者は、その後も様々な反ワクチンのイベントで須藤氏の姿を見かけることになる。昨年から開催されているデモ行進を伴う大規模イベントにも現れ、ワクチン反対派で有名な医師らと握手をかわすなど交流していた。
いっぽう、打算的な一面もある。
一昨年には参政党の政治資金パーティーにゲストとして登壇。神谷宗幣代表との対談では、当時無所属だったこともあって、入党への「ラブコール」を受けた。同党は日本で唯一、ワクチン政策に反対する国政政党であり、オーガニック信仰なども須藤氏と近い。
党員たちも「カップル成立」の流れに沸いて大歓迎した。しかし須藤氏は、「押忍(おす)!」と叫んで笑いではぐらかしながら、慎重に考えたい意向を示していた。
昨年の衆院東京15区補選の演説でも、ワクチンの主張は封印し、江東区出身として「地元愛」を情熱的に語っていた印象だ。精力的に駆け回ったかいもあり、当選した酒井なつみ氏(立民)と僅差の2位で大健闘。無所属ながら彼の人気を証明することになった。それが、今回の国民民主党の公認にも繋がったのだろう。
「WHO脱退」主張の大規模集会にも参加
くら替えの衆院補選に落選した後も、「WHO脱退」を掲げた大規模集会に参加。握手や撮影に応じたり、派手な自転車で現れたりとサービス精神を見せていた。ただ、誰よりも観客を喜ばせるパフォーマンスができるのに、私が見てきたかぎりでは表立ってステージに立つことはなかった。
議員でなくなり、そもそも無所属で何のしがらみもないはずの須藤氏だが、告知などに主催者側が大きく名前を載せることもなかった 。
ワクチンには反対するが、先々を考えて表では控えめにしていた可能性もある。ここに須藤氏の打算的な性格が表れているようにも思える。
須藤氏は、高校時代から政治家を志し、そのために名前を売ることを考えて格闘技を始めたと自身のサイトでも明かしていた。政治家としての姿勢についても格闘スタイルを引き合いに出し、「引くところは引いてチャンスをうかがい、勝てると思った時にいく」のように語っていた。
そんな須藤氏にとって、勢いのある政党からの公認は絶好のチャンスだろう。最近SNSなどでは、以前と比べて突飛な発信が減っていたので、国民民主党入りの話が進んでいたとも推察できる。
公認が正式発表された日に国民民主党や須藤氏への非難が殺到すると、その日のうちに、須藤氏は自身のXに「私の考えと国民民主党の政策の一致について」と題した文を投稿。
ワクチンや原発の考え方について釈明したうえで「党として決定した事項に反する行動は取りません」とし、同党から提示された確認書にサインしたことを明かした。
確認書とは、公認発表の前日に玉木雄一郎代表が公開したもので、「政策全般について、科学的根拠と事実に基づく観点から、議論及び立案を行う」「命に関わる政策分野においてはその観点を特に重視する」などと記された書面のことだ。
玉木代表も同日に須藤氏の投稿を引用する形で署名を歓迎し、「科学的根拠と事実に基づく政策を進めます」と強調していた。
政党が候補者に誓約書のようなものを提出させることはあっても、内容と署名の有無までを公表して大々的にアピールするのは珍しい。
国民民主党の激甘な審査と、現状認識
しかし、そんな書面で有権者が抱いた不信感は払拭できるのか。
気になるのは「科学的根拠と事実に基づく観点」という言葉だ。ワクチン反対派の勢力も、“彼らなりの科学と事実”に基づいて「ワクチンはダメ」との主張を続けているわけで、須藤氏が「これが科学であり事実だ」と信じていれば、どんな誤った情報でも採用することは理論上可能になる。
「命に関わる政策分野においてはその観点を特に重視する」の文言も、「ワクチン接種で亡くなった人がいるのだから接種を中止しろ」のような主張は成り立つ。つまり須藤氏にしてみれば、これまでの言動を変えなくてもいい。どうとでも解釈でき、あとで言い訳ができるのだ。
前述の釈明投稿で須藤氏は、「ワクチンなどの医療分野について 『副反応への懸念』を発言していましたが、ワクチンの重症化予防効果等を含めて科学的根拠を否定する立場ではありません」としており、「考えを改める」とまでは言っていない。いわゆる過去の自分の主張は「反ワクチン」ではないとのごまかしで押し切りたい思いが透けて見える。
さらに16日の記者会見で榛葉賀津也幹事長が「須藤元気さんは反ワクチンではない」と発言したことが報じられ、これも物議を醸した。
須藤氏の過去の発信や活動は明らかに科学的根拠に基づかない「反ワクチン」のそれであり、党が考える「反ワクチン」の定義やその審査は激甘と言わざるを得ない。活動家とも思える須藤氏の不確かな発信の数々に影響を受けた人が少なくないことは疑いようもない事実である。
X上では、「ディープステート」「ウクライナ支援反対」など陰謀論者好みのワードが含まれた須藤氏の投稿なども次々に掘り起こされ、好奇の目にさらされている。
ついでに釈明投稿により、ワクチン反対の勢力からも須藤氏は「裏切り者」扱いで、「やっぱり政治屋だった」などと非難されており、まさに四面楚歌の状況だ。
党の方針に従うとの書面にサインしたからといって、過去をなかったことにはできない。公衆衛生に対する誤った認識への反省と謝罪を求める声も出ているが、須藤氏がその声に真摯に向き合うことはあるのだろうか。
スルーしたりごまかしたりでは、新しい居場所での信用は得られないだろうし、国会議員としての再出発を目指す本人にとっても悪手に違いない。
党も本人も、これほどの拒絶反応を予測していただろうか。大事な選挙を前に、国民民主党は自らブームに水を差すやっかいごとを抱えてしまった。
文/黒猫ドラネコ