トランプ関税で「米国の製造業復活」があり得ない理由…その真の狙いとトランプがロールモデルとする第25代大統領とは?
トランプ関税で「米国の製造業復活」があり得ない理由…その真の狙いとトランプがロールモデルとする第25代大統領とは?

今年4月、トランプ大統領が世界に向けて発表した関税政策は、世界中に衝撃を与え、世界同時株安を招いた。トランプは米国の製造業を復活させると意気込んでいるが、この関税政策が真逆の効果、すなわち高インフレをもたらすことはトランプの重々承知のはず。

ならば真の狙いとは?

エミン・ユルマズ氏の新著『高金利・高インフレ時代の到来! エブリシング・クラッシュと新秩序』より一部を抜粋、再編集しておとどけする。

あり得ない米国の製造業復活

トランプは米国の製造業を復活させると意気込んでいるが、そのための条件としてドル安は必須条件である。そこを説明してみたい。

これは、なぜ日本政府・日銀が今、ドル/円を円安に誘導したのかということにも通底する。これはかねてより申し上げてきたように、一種の水準訂正、つまり「円の隠れ切り下げ」と捉えるべきである。

これには二つの意味があって、一つは海外に投資をしている日本企業がかなり多いという事情があり、彼らは押しなべて膨大な資産を持っている。つまり、彼らは昨今の円安により、凄まじい〝含み益〟を得ている。

含み益が出たうえに、日本での土地購入、工場建設などの運用費用がドル建てにすると大きく減った。ということは、俄然日本に投資しやすくなった。

おそらくこうした状況下、日本政府は「こういう環境だから、もっと日本に投資してほしい」と当該日本企業に促しているのではないか。これが一つ目。

もう一つは、これだけの円安になってきたことから、海外の企業からの直接投資もしやすくなった。そして、直接投資額として対GDP比で、日本と中国は逆転したことから、これから日本企業の直接投資は増えるものと思われる。

当然ながら、1ドル=100円よりも1ドル=150円のほうが、日本には投資しやすい。

こうした観点で考えると、自国の通貨安はどうしても輸出競争力を高めることになる。自分のところで、モノを安くつくれるわけだから。

例えば、昔は中国が1000円で生産していたモノを日本は2000円で生産していた。いまは中国が1000円で生産しているモノを日本は1500円で生産しているが、日本のモノのほうが質が高いから、プレミアム分を考慮すれば問題ない。そういう考え方ができるようになる。

トランプは口先だけで言っているかもしれないが、本当に米国を製造大国に復活させたいのであれば、為替をドル安に誘導しなければならない。ドル安にして、製造業に対し、米国で生産してもいいと思わせないといけない。つまり、他国の製造業がいま以上に自国から米国に“直接投資”したくなる環境を整えなければ、それは絵に描いた餅でしかない。

けれども、通貨のドルは高いし、さらに米国に工場をつくったところで、工場労働者は滅茶苦茶に高い賃金を要求してくる。すでにつくってしまった設備は別として、現時点で米国に製造設備をつくる外国企業はおいそれとは見当たらない。

トランプの政策は米国のインフレを加速させるばかり

トランプの戦略の一つが、それを促進するために“関税”で脅すことだ。だから米国に生産拠点をつくるべきなんだと。

けれども、そうした米国の関税や追加関税自体が結果的にドル需要を増やすことから、ドル高を促す。ドル高をつくってしまうわけである。

追加関税に関して、私がトランプの発言を聞いていて感じたのは、彼はいま私が記したようなことをもたらす、つまり、狂気の沙汰だということを知らないわけがないということだ。

どうやっても高関税政策が、最終的にインフレを高めるのは必至である。エネルギーはカナダから米国に輸出されてくる。それは重油で、米国では採掘できない。なおかつ一部電力もカナダは米国に売っている。メキシコから様々な農産物を輸入している。代表的なのはアボカド。

さらにコロンビアに対して、米国は追加関税の措置を打つと発表した。いわゆるコロンビアからの不法移民を母国に強制送還しようとしたら、コロンビアがそれを却下したからだった。コロンビアが却下したのは、強制送還そのものではなく、そのやり方があまりにも〝非人道的〟であったからだ。

米国政府が不法移民に手錠をかけて、軍用機で母国に移送しようとしたからだった。

「ちょっと待って。彼らは犯罪者ではない。軍用機ではなく、民間機に乗せて送ってくれ」とコロンビア政府が抗議したら、トランプが怒った。結局、コロンビアに対しても25%の追加輸入関税が課されることになった。コロンビアが米国に輸出しているものは何か。一番はコーヒー豆だ。

結局、トランプがやっていることはすべて、米国のインフレを加速させることばかりなのである。

おまけにベッセント米財務長官は、「強いドル」政策への支持を表明するとともに、米国債をめぐり中長期債の発行プランを修正する計画はないと述べている始末だ。

追加関税は誰が払うものなのか?

そしてここが一番の勘どころなのだが、問題となる追加関税はいったい誰が払うべきものなのか? 誰が痛みを感じるのか? そこがあまり明瞭に伝えられていない気がするので、この場を借りて説明してみよう。

これはおそらくトランプ支持者も一般人もその実状を、詳しくは知らない。一言で言うならば、追加関税を払うのは、売っている側(輸出業者・輸出メーカー)ではない。“輸入業者”が払うものなのだ。

当然ながら、追加関税を被ることになる輸入業者は、その分をすべて価格に転嫁させる。

このような追加関税の仕組みについてトランプ大統領が理解できていないとは思えない。それではなぜ、トランプはあえて追加関税を発動したのか?それは、米国の富裕層を優遇するためだろう。

トランプが最終的に目指しているのは、連邦所得税の“廃止”であろう。米国は19世紀には所得税が存在せず、政府予算は全部関税で賄っていた。

考えてみれば、これは金持ちの税金を減らす視点からは、きわめてメイクセンスなものであった。現在の米国においてはトップの1%の金持ちが連邦所得税の46%を、トップ10%の金持ちがその76%を納めている。翻って、ボトムの50%が払っている税金の全体に占める比率は2.3%でしかない。

米国では所得税の大半を高所得者、富裕層が払っているのが現状といえる。彼らが払う連邦所得税をなくして、消えた税収を仮に“追加関税”で賄うのであれば、これは新たな消費税にあたるのではないか。消えた金持ちの税金分を全国民に広げるとすればの話だが。

トランプが成し遂げようとしているのはこれだと、私は思う。

米国のトップ10%の金持ちが76%の所得税を納めているような状況で、所得税をなくして一番得をするのはトップ10%なのだから。きわめて分かりやすい。トランプは単に米国の富裕層を〝優遇〟しようとしているだけなのだ。

こうしてトランプの政策や振る舞いを見るにつけ、彼のロールモデルが25代大統領のウィリアム・マッキンリーであるのが否が応でも分かってくる。トランプが「ミスター・タリフ(関税率表)」を自認するのは、尊敬するマッキンリーに倣ったために他ならない。マッキンリーは1890年代に米国繁栄のためと「高率輸入関税」を発動している。

ここで19世紀後半の税制を紐解いてみると、当時1890年に制定されたマッキンリー関税法は関税率を何と49.5%に定めていた。

トランプはおかしなことを言うけれど、どうせ口先だけで実行しないだろう、世の中にそんな心持ちで彼を眺めている人は多かった。だが、今回は有言実行で強行した。グリーンランド奪取発言についても、本気で語っていることから、いま欧州は身構えている。

文/エミン・ユルマズ

エブリシング・クラッシュと新秩序

エミン・ユルマズ
トランプ関税で「米国の製造業復活」があり得ない理由…その真の狙いとトランプがロールモデルとする第25代大統領とは?
エブリシング・クラッシュと新秩序
2025年5月26日発売1,870円(税込)四六判/256ページISBN: 978-4-08-786140-2

2025年の4月2日、米国のトランプ大統領が全世界に向けて発表した関税政策は、世界中に衝撃を与え、世界同時株安を招いた。
NYダウやS&P、nasdaqなどの米国の株価の主要指数の暴落は一週間ほど続き、日経平均も一時は500兆円もの時価総額を失うほどの暴落となった。

いわゆる「トランプショック」である。

今回の経済危機は、まさにこの本の校了中のできごとであり、日々、情報をアップデートしながら、この本は完成した。
ただ驚くことに著者は、すでにこの本において経済危機が来ることを予測し、4つの兆候について詳しく分析していたのだ。
それは2000年代のITバブル崩壊やリーマン・ショックの際にも表れた、いくつもの経済指標の変化を読み解いた結果だった。

また日々の経済データの分析のみならず、経済の歴史も深く研究している著者は、今回のトランプショックを単なる一時的なものとは捉えず、世界経済や国際政治が大きく変化するパラダイム・シフトと考えており、その理由も本書では明らかに語られている。
中国のみならず、BRICS諸国も台頭する今、私たちは大きな歴史的な転換期に生きているのだ。
米国と中国の新冷戦、それによる経済のディカップリングを早くから予見していた著者は、常に著書やSNSで最新の情報を発表してきた。

本書は、それらを集大成し、世界が変わる重大な局面において発想の転換を促す書でもある。
ますますひどくなる新冷戦によって経済がブロック化し、世界中がより高インフレに悩まされ、インフレ下の不況、すなわちスタグフレーションに陥りかねないことに著者は警鐘を鳴らしている。

こんな先行きが見えない時代に、自分の資産を守るにはどうしたら良いか、歴史を学び長期的な視点を持つことの大切さを説く。
さらにこの新冷戦の中、再び注目を浴びるのが日本であることにも言及し、危機をチャンスととらえるべきことを教えてくれる。
世界が日々、変化する現代に生きる私たちが、経済危機をいかに乗り越え、未来に希望をもつべきか? 多くのヒントを教えてくれる必読の書である。

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