既に我々はテック企業の奴隷である…単に「パソコンが使えます」ではなく、「プログラムの仕組み」を理解することがクラウド農奴からの脱却の鍵 
既に我々はテック企業の奴隷である…単に「パソコンが使えます」ではなく、「プログラムの仕組み」を理解することがクラウド農奴からの脱却の鍵 

ギリシャの経済学者ヤニス・バルファキス氏による世界的ベストセラー『テクノ封建制』が日本でも話題を呼んでいる。

「テクノ封建制」のもとで私たちは「クラウド農奴」となり、デジタル・プラットフォームを寡占するテック富豪たちに「搾取」されているのだという。

まるで中世の封建制のような、この不公平な経済システムから逃れる方法はあるのだろうか? 東大名誉教授・石田英敬氏に話を聞いた。

「情報の鎖」に繋がれている現代人

――石田さんのXでの発信を拝見して、特に印象的だったのが、イーロン・マスクがトランプと手を組んだように、テック企業の支配者が政治的権力にまで踏み込んでいる、というご指摘です。ごく少数の人間が、世界を大きく歪めつつあるようにも見えます。そういった「テクノ封建領主」とも言えるような人々の動きについて、率直にどうお感じですか。

石田  これはバルファキスも語っていることですが、僕たちの世代からすると、インターネットが登場して、スティーブ・ジョブズのような人物が現れた頃から、自分たちの文化や生活がコンピューター・カルチャーと重なっていったわけです。

最初はそれが「誰でも使える道具」みたいな感覚だったんですが、いつの間にか、まったく違った世界が立ち上がってしまった。そしてこの情報革命の進度というのがまた異常に早くて、10年で100年分くらいの歴史的変化が起こるような時代です。

気づいたら、かつてSFの中でしか語られていなかったようなディストピアが、現実のものになっている。もはや「これは何なんだ」と問わざるを得ない状況にまで来ていますよね。

みんなが不安を感じているけれども、「どう考えたら良いのか」という方法がなかなか見つけられない。そういう時代になってしまっている。だからこそ、こうした本が重要になってくるんです。

――石田さんは以前から、ルソーをもじって「人間は生まれながらにして自由である。

しかし、いたるところでネットに繋がれている」と語ってこられました。この観点から、本書の議論はどのように捉えられますか?

石田 その言葉は、僕が10年くらい前から話していることなんです。ルソーの『社会契約論』の冒頭に、「人間は生まれながらにして自由である。しかし至るところで鎖に繋がれている」という一節がありますよね。それを引用しながら、「いまの私たちは至るところでスマホに繋がれている」と(笑)。

当時から、これはおかしいんじゃないか、という問いを投げかけるようにしていたんです。今ではスマホだけでなく、さまざまな機器や環境に繋がれている状況があって、それこそが『テクノ封建制』で語られている本質なのではないかと思います。

ルソーが目指したのは「鎖からの解放」でしたが、テクノ封建制はむしろ逆で、あらゆる人が「情報の鎖」に繋がれてしまっている。

――まさに現状を表すのにぴったり来る言葉ですね。

石田 ええ。ただ、ここから話を広げていくと非常に複雑になるのですが、たとえばこの本の中でも「アレクサ」(アマゾンが開発したバーチャルアシスタントAI技術)などの例が挙げられています。人間の環境そのものがインテリジェント化し、部屋があなたの話を聞いているような状況が現実化しつつあるわけです。



僕の専門領域で言えば、それは日常の生活が「サイバネティクス化した世界」であると言います。すべてのツールやデバイスが連携し、自動的・自律的に情報を処理する環境。そういう世界に人間の生活が組み込まれ、日々の営み自体がそうしたデバイスのインターフェースの上で成り立つようになっている。これが現代の情報テクノロジー化された社会の特徴です。

「テクノ封建制」への抵抗は可能か?

――情報テクノロジー化された社会が「封建制」として再定義されるのですか?

石田 そうなんです。バルファキスが言う「テクノ封建制」は、かつて「土地」が支配の単位だったのが、現代では「情報環境」がそれに置き換わり、その情報環境の地権者、つまりビッグテックなどが、その上に店舗を構えることを許し、代わりにショバ代を取るような構造になっている。だから彼らが得ているものは「利潤」ではなく「レント(地代)」である、というのがバルファキスの読み解きです。僕もそこは非常に納得しています。

ただ、そこからさらに「それをどうマルクス的に読むか」という話になると、この本の解説を書いている斎藤幸平さんの領域になってくるかなと(笑)。僕はそこについては直接の専門ではありません。

ですので、僕の立場としては、むしろ情報環境がどのように成立してきたか、それを経済史や資本主義の枠組みの中でどう位置づけるのか、という視点で読んでいます。そういう意味で、『テクノ封建制』は、僕たちが考えてきた「情報化した社会環境」を経済史的に読み解いてくれる、非常に重要な本だと思っています。

――この本では、「テクノ封建制」の鎖から逃れるプランについても触れられています。

バルファキスの解決案についてはどうお考えですか。

石田 正直に言うと、僕は彼の提案にはそれほど説得されなかった。というのも、「そんな風にみんな考えるかな?」と疑問に思ったんです。むしろ、「アマゾンとかグーグルの便利なシステムを使わせてもらってるんだから、クラウド農奴のままでいいじゃん」って言いかねない人の方が多いのではないかと。とくに日本では多いのではないですか?

でも、受け身はダメです。これがカリフォルニアだったら、いや、わたし/ぼくが、次のグーグルとかアマゾンを作るぞ、という若者たちが続々と出てくるだろうし、バルファキスみたいにギリシャだったら、いやそういう搾取の手口はだめだ、もともとギリシャに遡れば、人間は自分たちのポリス共同体を作るのでなければ市民でない、となる。

みんな、自分自身で自分の運命を手にするのでなければ、人間ではないのです。そうでないと、まさに、「奴隷」――つまり、「クラウド農奴」――になってしまいます。

きちんと律儀に「私たちの現実は、変えようと思えば変えられるんだ」と書こうとする人がいるのは、希望であると思っています。

ただ、現実としては、一挙に大きく変えるのは難しい。バルファキスのプランも、すぐに実現できるとは思えません。でも、人間の生活って全部がネットに一元化されているわけではない。

たとえば僕なんて、山の中に住んでいますから(笑)。自然の中で生活している時もあるし、身近なコミュニティの中で生きている場面もある。

だから、すべてがサイバー空間に吸収されるような単純な話ではない。それぞれの人が、自分の生活の組織の仕方、ネットとの付き合い方、ローカルなコミュニティの再構築──そういったものを丁寧に積み上げていくこと。それが人生にとって意味のある営みなんだという認識が成熟してくれば、テクノ封建制的な方向にただ流されるのではなく、もう少し違う方向も開けてくるのではないか。現時点では、それくらいの説得しかできないんですよね。でもみんなに考えてほしいし、いっしょに考えてみよう。これがバルファキスが言いたいことです。

「農奴」の状態から脱するには

石田 それに加えて、やっぱりリテラシーが足りない。「農奴」の定義とは何でしょうか? 歴史的には、農奴は、文盲の状態におかれていたのですよ。「リテラシー」って、「文字を読み書きする力」です。「農奴」がその身分から脱するために必要なのは、「リテラシー」です。

特にコンピューター・リテラシーが全然足りていないと思うんです。

そもそも、「コンピューターってどうなっているのか?」ということを知っている人が本当に少ない。中を開けてみたこともない。操作はできても、仕組みまでは知らない。そういう人たちは「コンピュータ文盲」なんです。だから、デジタル領主たちに好きなように「農奴」にされてしまうんです。

昔、といっても、ぼくたちが若かった1960年代半ばですが、ウォズニアックやスティーブ・ジョブズの時代は、自分たちでコンピューターを手作りしていたんですよ。1960年代には、そういったムーブメントが国家主導のスーパーコンピューターの時代への対抗として起こって、パーソナル・コンピューターが「リベレーション(解放)」の象徴だった。

いまは、子どもたちがプログラミングを少しずつ学べるようになってきていますよね。僕が思うのは、かつて農奴が文盲であったように、いまの農奴化は「コードが読めない」「仕組みがわからない」という意味での「情報的文盲」化なんです。だから、これを変えるためには、もう一度、啓蒙が必要だと。

ただ単に「メールが打てます」「パソコンが使えます」ではなく、「プログラムってどういう仕組みで動いているのか」「この操作の裏で何が起きているのか」──そういう背景を、少しでも理解できるようになること。それが農奴の状態から解放される第一歩だと思っています。



さらに言うと、最近ではAIに「こういうプログラムを書いて」と頼むと、ちゃんと生成してくれるじゃないですか。昔みたいにプログラミング言語をひとつずつ覚えてコーディングしなくても済むようになってきた。つまり、技術との関係性を変えられる手段は実はすでに手の中にある。

それをどう活用するか。それによって、テクノロジーとの関係性も、ただの受け身ではなく、もっと能動的に捉えられるようになる。そうなっていけば、封建制的な構造にも、少しずつ対抗できるようになるんじゃないでしょうか。そこから希望が見えてくるはずです。

構成/斎藤哲也

テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。

著者:ヤニス・バルファキス、解説:斎藤 幸平、訳者:関 美和
既に我々はテック企業の奴隷である…単に「パソコンが使えます」ではなく、「プログラムの仕組み」を理解することがクラウド農奴からの脱却の鍵 
テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。
2025年2月26日発売1,980円(税込)四六判/320ページISBN: 978-4-08-737008-9

◆テック富豪が世界の「領主」に。
◆99%の私たちを不幸にする「身分制経済」
◆トランプ&イーロン・マスク体制を読み解くための必読書

グーグルやアップルなどの巨大テック企業が人々を支配する「テクノ封建制」が始まった!
彼らはデジタル空間の「領主」となり、「農奴」と化したユーザーから「レント(地代・使用料)」を搾り取るとともに、無償労働をさせて莫大な利益を収奪しているのだ。
このあまりにも不公平なシステムを打ち破る鍵はどこにあるのか?
異端の経済学者が社会の大転換を看破した、世界的ベストセラー。

【各界から絶賛の声、続々!】
米大統領就任式で、ずらりと並んでいたテック富豪たちの姿に「引っかかり」を感じた人はみんな読むべき。
――ブレイディみかこ氏

テクノロジーの発展がもたらす身分制社会。その恐ろしさを教えてくれる名著。
――佐藤優氏

これは冗談でも比喩でもない! 資本主義はすでに死に、私たちは皆、農奴になっていた!
――大澤真幸氏

私たちがプレイしている「世界ゲーム」の仕組みを、これほど明快に説明している本はない。
――山口周氏

世界はGAFAMの食い物にされる。これは21世紀の『資本論』だ。
――斎藤幸平氏

目次
第一章 ヘシオドスのぼやき
第二章 資本主義のメタモルフォーゼ
第三章 クラウド資本
第四章 クラウド領主の登場と利潤の終焉
第五章 ひとことで言い表すと?
第六章 新たな冷戦――テクノ封建制のグローバルなインパクト
第七章 テクノ封建制からの脱却
解説 日本はデジタル植民地になる(斎藤幸平)

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