「飢え」はアフリカの若者をギャングの道に誘うが、一時的な食糧支援がもたらす「援助漬け」もまた現地住民の心を蝕む現実【援助vs自立支援の矛盾】
「飢え」はアフリカの若者をギャングの道に誘うが、一時的な食糧支援がもたらす「援助漬け」もまた現地住民の心を蝕む現実【援助vs自立支援の矛盾】

ウクライナ戦争の影響で小麦の価格が高騰したことにより、アフリカの貧困地域では餓死者が出るほど困窮が極まった。そのような状況で食料を配給する支援は緊急不可欠であるが、その場しのぎの援助だけでは地域そのものを救うことにはならない。

 

アフリカ・ウガンダで実際に現地の支援の現場に立つ、田畑勇樹氏の著書『荒野に果実が実るまで 新卒23歳 アフリカ駐在員の奮闘記』より一部を抜粋・再構成し、善意の“援助”が、必ずしも幸せな結末を招いていない現実を解説する。

怪物vs.自立支援

ウクライナ戦争以後、食料価格高騰の波がアフリカ大陸を飲み込んだ。日を追うごとに右肩上がりに値段が上昇する穀物。

特に小麦の値上がりに対しては、ウガンダのヨウェリ・ムセベニ大統領が自らの演説で「(小麦の価格高騰によって)パンが食えないなら(ウガンダで自給できる)キャッサバを食え!」と国民に語りかけるほど、一般的で悲劇的な問題となっていた。

半乾燥地帯に属していて、年間を通じて一期作しかできないウガンダ・カラモジャでは、飢えの問題が恒常化している。そこにのしかかったインフレ。2022年を悪夢の年と住民が呼んだことにそれほどの驚きはない。それは悪夢の形をした、現実だった。

干ばつの影響も大きい。カラモジャでは気候変動の影響を受け、年々天候パターンが読めなくなっている。2021年を例にとると、雨季の到来に2ヶ月ほどの遅れがあった。結果的にこの年の雨季は短く、収穫はとてもひどかった。

そして翌年(2022年)は餓死者が出るほどの危機に直面した。

私たちが活動を開始した地区では毎月100人以上が餓死していた。

「食べるものがなくて人が死ぬ」なんて、アフリカで生活していても普段から聞くような話では決してない。それは異常事態だ。

目の前にある危機に対して、多くの援助団体が競い合うように、緊急的な食料配布を実施した。緊急といっても、恒常化している食料不足に対して、食料配布さえも恒常化している。

もちろん日々奪われていく人の命を繫ぐためのアクションも必要だ。でも残念ながら、緊急支援は出血した傷口をふさぐための一時的な対症療法にしかならない。

深刻な「飢え」や「渇き」という危機の中にある村人たちは一体どのような生活を営んでいるんだろう。何度も村に足を運ぶ中で、徐々にその全体像が浮かび上がってきた。厳しい飢えの実態と同時に見えてきたのは、貧困世帯がほとんど収入源を持っていなかったことだ。

援助は怪物

稼ぐ手段のない村人たちは、茂みの中で木を切り倒していた。そこで得た木の枝を束ねて薪として販売する。炭焼きをして販売する。

小さな環境破壊によって成り立つ小規模ビジネスだ。そうして限られた環境資源を消費しつつ日銭を稼ぎ、1食分の食料を購入し、家族と分かち合う。

「1日1食ありつければありがたい。全く食べられない日もあるから」とある村人は語った。生活における最も大きな困難は、どこに行っても「飢え」だ。そして生きるための基本ともいえる食が満たされない状態は、若者を悪の世界に誘う。

窃盗団の襲撃によって夫を亡くし、3人の子どもとともに村に取り残された女性は涙ながらに語った。

「もうこりごりだ、でもこれが私たちの生活だ」

今この場所で最も必要とされているのは食べ物だ。そして食べ物は水と土さえあれば作ることができる。プロジェクトの目的である灌漑農業を通した地域内での食料生産によって、人々の暮らしはきっと変わっていくはずだ。

私たちが取り組もうとしているのは、地域住民が自らの力で、農業を通じて生計を立てられるような自立を促す支援、すなわち「自立支援」だ。

援助は怪物だ。



援助は人間の精神の奥深くまで入り込み、依存というスイッチを押すことができる。一度スイッチが押され、世界が切り替えられたら、元の場所には決して戻ってこられなくなる。泥沼の底まで私たちの心を引きずり込んでしまう。

受益者を選ぶためのプロフィール調査の中で「あなたの村で、誇りに思うことは何ですか?」という質問項目がある。文化、伝統ダンス、人の優しさ、友情など、さまざまな回答がある中でひときわ目立ったのが「NGO」「食料配布」といった援助に関する口述だった。

それらの単語は住民自身の口から当たり前のように発せられた。この数十年間に行われた食料援助という「現象」は、人々の暮らしと一体化し地域の誇りと呼ばれるまでに成長していた。

援助漬け

この事実はカラモジャの人々が援助漬けにされてきたことを象徴している。「カラモジャでは食べ物を作れない。未開で貧しく、時代遅れな人々が苦しんでいる」というエリートがよく口にする安直な先入観のもとで、緊急食料定期便が続いた結果がここにあると私は思った。

ある時は大量の食料を受け取り、またある時はその支援が不足し人々が飢える。カラモジャの飢餓は援助団体の「資金調達の道具」としてはとてもわかりやすい。

緊急支援はすぐに実施できて資金提供者に対する見栄えもいい。

受益者リストだって、有力者と結託した行政が、数日もあれば家族・親類を総動員して詰め込んだいつものリストを用意してくれる。

援助関係者からすれば、こんなに簡単でおいしい話はない。むしろ、このままカラモジャが混乱し続ける─つまり人々が飢餓で苦しんでいる─方がありがたいという見方だってできる。

世界の縮図を映し出すカラモジャで、援助が怪物のごとく世代を超えて一人ひとりの精神に包摂されていく。この援助という渦に抗うために。埋め込まれた援助依存から脱却し、地域住民がその命と暮らしを自らの手で守ることができるように。今、自立支援が必要とされている。

激しい雨が降り始めた。これから本格的な雨季がやってくる。それと同時にフィールドへの未舗装路は悪路と化す。土の穴はより深く削られ、ぬかるんだ地面はところどころ浸食されて奇妙な凸凹を描き出している。それはこれから本格的にプロジェクトを進めていく私が向かう先を暗示しているみたいだ。

今後直面するであろう数々の困難に耐えながら、あの荒野に果実が実る日を目指して、私たちは少しずつ歩みを進めていく。このプロジェクトが、カラモジャにおける将来の平和に繫がっていくことを信じて。

文/田畑勇樹

荒野に果実が実るまで 新卒23歳 アフリカ駐在員の奮闘記

田畑 勇樹
「飢え」はアフリカの若者をギャングの道に誘うが、一時的な食糧支援がもたらす「援助漬け」もまた現地住民の心を蝕む現実【援助vs自立支援の矛盾】
荒野に果実が実るまで新卒23歳 アフリカ駐在員の奮闘記
2025年6月17日発売1,243円(税込)新書判/272ページISBN: 978-4-08-721367-6不可能と言われたウガンダ灌漑プロジェクト。
23歳若者の挑戦
大学卒業と同時にNPOに就職しウガンダに駐在した著者は、深刻な飢えに苦しむ住民たちの命の危機に直面。
絶望的な状況を前に、住民たちがこの荒野で農業を営めば、胃袋を満たすことができるのではないかと思い立つ。
天候とのたたかいや政治家たちの妨害など、さまざまな困難に直面する著者。
当時の手記を元に援助屋のリアルを綴った奮闘記である今作は、2024年第22回開高健ノンフィクション賞最終候補作にも選ばれる。
「不可能なんて言わせない」、飢餓援助の渦に飛び込んだ23歳が信じた道とは?
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