
現在、放送中の朝ドラ『あんぱん』で、ヒロインの妹である次女・蘭子役を務める河合優実の演技が話題となっている。そもそも朝ドラの“ヒロイン三姉妹”設定はなぜ定番化したのか。
そんな背景も含め、朝ドラ評論家に、姉妹役でヒロイン喰いした歴代朝ドラ女優BEST3を聞いた。
次女・蘭子を演じる河合優実の凄さ
国民的アニメ・絵本『アンパンマン』の生みの親であるやなせたかしと、その妻・暢(のぶ)の夫婦をモデルに描く朝ドラ『あんぱん』。なかでもヒロイン・のぶの妹である次女・蘭子役を演じる河合優実の演技がたびたび話題となっている。
特に絶賛されたシーンの一つが、蘭子の婚約者である豪ちゃんが戦死した際、「“立派”に戦死したことを誇りに思うちゃらんと」と言うのぶに対し、「どこが、立派ながで…みんな嘘っぱちや!」と感情を爆発させた場面だ。
蘭子の中に渦巻く複雑な感情を、台詞の言い回しや目線の揺れ、細かな表情の動きで完璧に表現し、視聴者からも〈久しぶりにこんなに胸が締め付けられる演技を見た〉などの声が飛び交った。
これに対し、朝ドラ評論家の半澤則吉さんはこう語る。
「出世作『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(NHK)や、『不適切にもほどがある!』(TBS系)ではあれだけ能弁に語るアクティブな役柄を演じつつ、今回は“自分を押し殺しつつ、存在感を放つ”蘭子という難役を自然にこなしていることに驚きました」(半澤氏、以下同)
さらに今作の脚本については、
「のぶという竹を割ったような分かりやすい性格のヒロインに対し、次女の蘭子は物静かであまり喋らないけど芯の強さを感じる。姉妹で陰と陽を分けて対比させる非常に戦略的な脚本だと感じます」
と分析。蘭子の視線一つで豪ちゃんへの恋心を描くなど、作品の序盤から次女・蘭子の物語が充分に展開されていた点も視聴者の心を掴んだ要因だという。
朝ドラ定番の“ヒロイン三姉妹”誕生のきっかけは…
今作に限らず、“ヒロインが三姉妹”という設定は、歴代作品を振り返ってもかなり多いが、一体なぜここまで定番化したのだろうか。そのきっかけを作ったのが、『マー姉ちゃん』(1979年度前期)の大ヒットだ。
「国民的人気アニメ『サザエさん』の生みの親である漫画家・長谷川町子の姉・毬子(まりこ)をモデルに描いた作品で、ヒロインのマリ子(熊谷真実)はもちろん、姉妹それぞれにもスポットを当て、家族愛や姉妹の絆を描いた“三姉妹もの”最初の大ヒット作でした」
なかでもひと際注目されたのが、ヒロインの妹で次女・マチ子役を演じた女優・田中裕子の存在だ。
「ここで田中裕子さんが一気に注目を浴びたことで、4年後に“伝説の朝ドラ”として知られる『おしん』(1983年度)のヒロインに抜擢されました。
これを機に、ヒロインの姉妹役を演じた女優もヒロイン同様に注目を集めるようになり、のちの朝ドラヒロインや大河ドラマ抜擢などが増え、“ヒロイン三姉妹”が黄金律となっていったという。
ここで、ヒロインの姉妹役として輝きを放った歴代朝ドラ女優BEST3を半澤さんに聞いてみた。
BEST3:『エール』がブレイク作に…三女役演じた森七菜
映画『天気の子』(2019年)の声優や『3年A組―今から皆さんは、人質です―』で頭角を現していた森七菜が、全国的な知名度を獲得したのが『エール』(2020年度前期)で演じた三女役・梅だ。
なかでも注目は第69回。主人公・裕一(窪田正孝)の弟子である五郎(岡部大)の恋心に気付いた梅が、才能の無さに悩む五郎に対し、『大丈夫、五郎さんはダメな人なんかじゃない。ダメなだけの人、好きにならんもん。私、五郎さんのことが好き』と告白するシーンだ。
「全視聴者の息が止まった衝撃展開でした。純粋な梅のまっすぐさとピュアさが最高で、その恋愛模様も丁寧に描かれていました。3人全員の物語がしっかり展開された作品でした」
姉妹役で輝きを放った女優BEST1は?
BEST2:ヒロインとの演技バトルが話題に、『とと姉ちゃん』三女役・杉咲花
戦後、「暮しの手帖」を創刊した大橋鎭子をモデルに、ヒロイン・小橋常子を高畑充希が演じた2016年度前期『とと姉ちゃん』。その三女役・美子を務めたのが杉咲花だった。
「三姉妹とも子役から始まるドラマですが、美子の場合は第53回でやっと杉咲花にバトンタッチします。
その中で高く評価したのが第56回。家訓を巡り、長女・常子と三女・美子が激しくぶつかるシーンだ。
「高畑充希VS杉咲花。今考えればとても豪華な演技合戦で、その対決はかなり迫力満点でした。この作品の三姉妹は、長女も次女も“超”がつくほどの優等生キャラで、少しダメ要素もある三女の美子がいることでバランスを保っていた点も、作品全体を楽しめた大きなポイントでした」
杉咲花は、『とと姉ちゃん』終了後、放映された映画『湯を沸かすほどの熱い愛』で各映画賞を総なめ。NHKでは2019年の大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』で主要キャストに、2020年度後期朝ドラ『おちょやん』でヒロインを演じるなど、国民的女優へと駆け上がっていった。
BEST1:『花子とアン』で悲劇のヒロインを担う、次女役・黒木華の熱演
現在、放送中の『あんぱん』でも脚本を務める中園ミホ氏の作品『花子とアン』(2014年度前期)。『赤毛のアン』の日本語翻訳を手掛けた翻訳家・村岡花子をモデルにした作品で、吉高由里子が演じるヒロイン・はなに対し、次女役の黒木華の熱演が目立った。
なかでも高く評価するのは第105~108回。郁弥(町田啓太)にカフェでの給仕中にプロポーズされたかよは、驚きと恥ずかしさのあまり店を飛び出す。しかし、その日は大正12年9月1日。
「激動の時代の中、激しい恋愛シーンもあり、ヒロインではなく、次女のかよに悲劇のヒロインを担わせた“三姉妹もの”作品でした。
黒木華の喪失感を隠せぬ演技があまりに辛くも、その繊細さと美しさの両方を感じる名場面でした。第108回では『おらをお嫁さんにしてくれちゃー』と長女・はなに向かって言いたくても言えなかった言葉を放ち、泣き崩れるシーンは圧巻でした」
黒木華は『花子とアン』の次女・かよ役を熱演後、『西郷どん』(2018年)や『光る君へ』(2024年)の大河ドラマ2作品にもキャストに抜擢され、いずれも大役を果たした。
半年間という放送クールを持つ朝ドラだからこそ描ける三姉妹それぞれの物語。朝ドラは女優たちにとって“ブレイクの場”であると同時に、新たな魅力を引き出し、次なるステージへと導く“新境地”の扉でもある。
取材・文/木下未希