
秋田県大仙市協和峰吉川の民家で8月18日午後1時ごろ、この家に住む無職、進藤藤義さん(93)が血を流して死亡しているのが見つかる事件があった。妻(80)が寝室で倒れている進藤さんを見つけて110番通報し、駆けつけた消防隊員がその場で死亡を確認した。
目撃情報は平年以上「クマの可能性を捨てることができなかった」
県警によると進藤さんは妻と長男(51)の3人暮らしで、妻は同日午前9時半ごろに外出し、3時間半後に帰宅した際に夫が1階寝室で倒れているのを発見して通報。当時、長男は在宅していたという。
現場はJR奥羽本線峰吉川駅から東に約1キロの山間の集落で、普段からツキノワグマの目撃情報もあったことから、大仙市は同日夕に防災メールで「野外にゴミを放置しない」などの注意を呼びかけていた。
今回の事件と最近のクマ出没事例について、同市農林整備課の担当者は取材にこう答えた。
「大仙市はクマの出没情報が多く、農作物被害なども深刻です。目撃情報は今日もありましたし、毎日のように寄せられます。今年は平年以上で、県で運用している『クマダス』という目撃情報をマップシステムに落とし込んだものを見ると、一目瞭然です。
当市の場合、クマは一昨年に大量出没したものの、去年はだいぶ減っていたのですが、今年は多いですね。例年ゴールデンウィーク明けくらいから出没し、一昨年は11月ぐらいまで目撃情報が多かったです。
クマも基本的に人間と同じように夜は寝て、日中に活動する動物ですが、目撃情報は朝方が多い印象があります」
とはいえ、大仙市ではここ数年、人がクマに襲われた事例は確認されていなかったというが…。
「今回の事件は警察や消防が現場確認したところ、結構な広範囲から血痕が見つかり、室内の荒らされ方もひどいのでクマによる可能性を警察に指摘されました。
事件と事故の両面捜査を進めていく中で、市としてはクマによる“犯行”の可能性を考慮して市民に注意喚起をした次第です。
ここら辺は山間部で、クマがもともと住んでいる地域です。そこに国道13号線という主要道路も通っているので、山林から出てきたところをドライバーが目撃するケースも多いんです」
当初、クマによる被害も想定したことについて大仙署副署長はこう解説した。
「現場に臨場した救急隊員が、クマに襲われた可能性に言及したため、当初は市にも情報共有し、こちらもパトカーでマイクを使って住民に注意喚起をしました。
現場で動物の足跡や毛が見つかったわけではありませんが、やはりクマの可能性を捨てることができなかったのです。
遺体の損傷具合については、コメントを控えますが、司法解剖をした結果、体に凶器で傷つけられた損傷が複数確認できました。獣の爪などによる傷跡ではないことがはっきりしたため、事故の可能性を外して殺人事件として捜査を続けています」
研究者だった被害者の93歳男性
被害者の進藤さんは野草に詳しく、ラン科の多年草「エビネ」の研究者として知られ、1981年に『日本のエビネ』(八坂書房)を出版している。
同書の著者紹介によれば秋田県生まれで早稲田大学文学部卒業後に教職に就き、都立高校教員のかたわらエビネを栽培・研究し、「日本えびね協会」の常任理事をしていたという。
近くに住む70代の男性は取材にこう答えた。
「亡くなった藤義さんのことは知っています。川の近くに畑を持っている農家で、大根やナスを収穫しちゃあ自転車の前かごに入れて自宅まで運んでましたよ。あの年齢だけど元気で、本当に毎日のように自転車を漕いでね。
その野菜を家で食べる分以外は次男と一緒に『道の駅』に月3回ほど売りに行ってましたよ。
藤義さんは東京で先生みたいなことしていたらしく、こっちにきたのは約30年前です。もともとおばあちゃんと奥さんと男の子2人の5人暮らしで、おばあちゃんは結構前に亡くなられてね。
あそこは家庭内でも近隣住民とのトラブルも聞いたことないですよ、もちろん不審者などは見ていません」
近隣に住む70代の女性も事件に驚いていた。
「ここら辺は山の中ですから、クマが出ることはよくあるんですよ。その度に『怖いな』と思っていました。
昨日はパトカーが、クマが出たと知らせていたのですが、どうやら進藤さんのお宅に入ったらしくて救急車も来ていたという話を近所の人に聞きましたよ。『これは私たちも覚悟しなければ...』と思ったのですが、殺人事件だったと知って驚いています。
被害者は盆栽がすごい好きな人、近隣トラブルもないですし、家庭内のトラブルなんかも聞いたことがないです。息子(次男)さんと一緒に野菜を売りに行ったりするくらいですよ。
長男さんは、いつも家にいてたまに自転車に乗って出掛けるところをみたくらいです。家は近所ですけど、関わりがあったわけではないですので、それ以上のことは分かりません」
93歳の老人を惨殺したのはクマではなかった。
※「集英社オンライン」では、今回の記事についての情報を募集しています。下記のメールアドレスかX(旧Twitter)まで情報をお寄せください。
メールアドレス:
shueisha.online.news@gmail.com
X(旧Twitter)
@shuon_news
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班