
群馬県が実施する「大規模修繕事業」は、老朽化した特別養護老人ホームなどに対し、修繕費の半額(上限4000万円)を補助する制度だ。空調や防水といった設備の改修に使えるこの補助金は、修繕費を捻出できない介護施設にとっては“生命線”となる。
4年間に2度も補助を受けた“政治家の施設”が3施設
「もし県議や元知事の施設に補助金が優先的に回されているのだとしたら、許せません」
悔しさをにじませながらそう語るのは、群馬県東部にある特養の施設長だ。今回、匿名を条件に取材に応じた。
築30年を超えるこの施設は古く、屋根の塗装は剥がれ落ち、外壁にはあちこちに亀裂が走る。
施設内には現在、要介護度の高い約50名の入居者が暮らすが、窓は一重で断熱性に乏しく、冬場の冷え込みは「居室に暖房を入れても利かない」ほど。
浴室では、底が割れた特殊浴槽が使用不能のまま置かれ、入居者の憩いの場となる共用スペースには、扉のすき間から毛虫が這い入り、大雨が降れば床が水浸しになる。
案内された4人部屋では、入居者たちがベッドに横たわるなか、天井の一角から雨水がポタポタと垂れ、床に置かれたバケツが雨漏りを受け止めていた。
「直したい場所は山ほどありますが、急を要するのは、雨漏りと寒さです。その原因になっている屋根と窓だけに修繕箇所を絞っても、費用は1000万円近くになります」
この施設では重度の高齢者を優先的に受け入れているが、重度者が多いほど、施設経営は厳しさを増す。入居者が早期に死亡、もしくは医療機関に入院となるリスクが高く、そうなれば介護報酬や食費などの収益が途絶えるためだ。
さらに近年は、周辺に民間のデイサービス事業者が相次いで参入した煽りで、通所部門の収益も圧迫されているという。
「経営は慢性的に赤字すれすれの状態です。それでも、なんとか施設を維持しようと県の大規模修繕事業に申請しました。
群馬県の大規模修繕補助事業は、特養などの高齢者福祉施設に対して、修繕費の半額、上限4000万円までを補助する。
老朽化が進む施設にとっては、まさに生命線ともいえる制度だ。しかし、その補助金の交付先には特定の施設への偏りが見て取れる。
2021年度以降、補助を受けた28施設のうち、実に4分の1に当たる7施設は、元知事、元県議、現職県議、県内選出の国会議員ら、地元の有力政治家が理事長や副理事長として運営に関わっていた。
さらに、複数回申請しながら一度も採択されなかった施設がある一方で、わずか4年間に2度も補助を受けた“政治家の施設”が3施設もある。
雨漏りや寒さで入居者の生活に支障が出ている施設が補助を得られず、政治家が運営する施設には繰り返し補助が出る。これが、現場で働く職員たちの目に「不公平」と映るのだ。
なぜ群馬では、政治家が福祉施設に深く関わる構図が生まれたのか。
「06年ごろ、大半といっていい数の自民党県議が特養の運営に関与」
その背景には、国が1989年に策定した『ゴールドプラン』がある。2000年にスタートする介護保険制度を見据え、高齢者福祉施設の整備を加速させるため、総額6兆円規模の予算が投じられた国家的プロジェクトだ。
「この政策により、特養の建設費のうち、国が2分の1、県が4分の1を補助。さらに市町村が独自の助成を行なうことで、事業者の負担は1~2割程度。条件次第では、ほとんど自己資金なしで施設を整備できるケースもありました」
そう語るのは、高崎市内でグループホームを運営する社会福祉法人「いのかわ会」理事長で、高崎健康福祉大学の非常勤講師を務める松沼記代氏だ。
さらに特養は要介護度の高い高齢者を受け入れる公的性格の強い施設と位置付けられ、運営主体は社会福祉法人に限られている。
「法人資格さえ取得できれば、法人税や固定資産税が非課税となるなど、税制面でも大きな優遇があります」と、松沼氏は語る。
県庁関係者が続ける。
「こうした制度の恩恵にいち早く目を付けたのが、当時、自民党内で影響力のあったベテラン県議でした。彼の指南を受け、多くの自民党県議が社会福祉法人を次々と立ち上げ、施設経営に乗り出したのです。
県が大規模修繕事業を開始する06年ごろには、大半といっていい数の自民党県議が、特養の運営に関わっていました」
現在も依然として、群馬政界と福祉施設の深いつながりは色濃く残っている。
たとえば、大澤正明・前群馬県知事は、太田市内で特養など6施設を運営する社会福祉法人の理事長を務めている。現職の井田泉県議も、県内で特養やケアハウスを運営する社会福祉法人の理事長。
さらに県議を3期務めたのち、今年4月に太田市長に就任した穂積昌信氏も、特養など14施設を運営する社会福祉法人の副理事長として名を連ねている。
こうした地元の有力政治家が関与する施設は、いずれも過去に補助金の交付を受けている。それも一度きりではない。大澤氏の法人は21年と24年、穂積氏の法人は20年と23年に、いずれも2回ずつ採択された。
さらに疑念を深めるのが、この補助金制度の予算編成の経緯だ。
前知事が、自身が関わる施設で2度の補助金を受領
この事業が始まったのは2006年度。当初の予算は1億円だった。これが19年度、大澤氏が知事を退任する直前に1億3000万円に増額。前述のとおり、大澤氏は退任後、法人の理事長となり、自身が関わる施設で2度の補助金を得ている。
そこに、恣意はなかったのか。
この修繕事業を担当するのは、県介護高齢課・福祉施設係。現在は女性職員1名が主担当としてその任に当たっている。
この職員の説明によれば、毎年8月頃、事業の対象となる特養など「100~200施設」にメールで申請書類を一斉送付。申請のあった施設に対して現地調査を実施し、修繕の切迫性を評価して採否を決めるという。
例年、申請は10件程度。そのうち年度によって増減はあるが、「5~7施設」が採択される。調査は外注せず、担当職員1人で現地に赴き、施設長らの説明を聞きながら、屋上の防水や外壁の劣化状況、雨漏りの有無、空調機器の使用年数などを確認するという。
「どの施設も切羽詰まっている状況のなか、優先順位をつけて採否を決めるのが非常に心苦しい」と、この職員は率直に明かす。
最終的に、現場職員の判断をもとに課長・部長が決裁し、交付先が正式に決まる。しかし、事業要綱には気になる一文がある。
『知事は、補助金の適正な交付を行うため必要があるときは、補助金等の交付の申請にかかる事項について修正を加えて交付することができる』
では、地元政治家が運営する施設に補助金が優先的に回されたり、課の判断が知事や幹部によって覆るようなことはなかったか。この問いに、福祉施設係の職員はこう答えた。
「ご説明したとおり、担当職員が現地調査をして、それに基づいて、課長や部長から決裁する流れですので、そういったことはないかなとは思うのですが……」
受け答えに歯切れの悪さがにじんだのは、この職員が今年度に着任したばかりで、過去の経緯や制度の運用実態をつかみ切れていないからかもしれない。
では、当事者のひとりである大澤前知事はどう答えるのか。
「そんなのやるわけないじゃない!」
大澤氏が理事長を務める社会福祉法人・明光会に電話をかけ、職員に趣旨を伝えると、「少々お待ちください」と保留音に。数分後、電話口に現れたのは、大澤氏本人だった。
––––19年度、知事を退任される直前に大規模修繕事業の予算を増額されています。
「覚えていませんよ。現場の仕事に、私はタッチしてなかったですから」
––––ご自身の運営施設に補助金が優先的に回るよう働きかけたことはありますか?
「そんなのやるわけないじゃない! 福祉施設なんて、群馬県にいっぱいあるんだよ。
常識で考えてくださいよ。そんなことには、いっさい携わっていません。信念をもって、そう言えますよ」
大澤氏は強い口調ですべてを否定した。
だが、冒頭で取材に応じた施設長は、「補助金が一部の人に私物化されているのではないかと正直思ってしまいます」と複雑な胸の内を明かし、最後にこう言った。
「入居者さんには、雨漏りのない、冬はもっと暖かい部屋で過ごしてほしい。だから、今年も補助金の申請を出すつもりです」
疑念の入り込む余地のない、公平で開かれた補助金事業の運用が望まれている。
文/集英社オンライン編集部