「市川右太衛門」のニュース (8件)
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幾度もの苦難を乗り越えたちいさな映画館「これからも素晴らしい映画が、私を待っているはずだから!」
福岡県北九州市、小倉駅から歩いて十分ほど小倉市民の台所と呼ばれる、旦過市場のなかに、座席が134席の、ちいさな映画館「小倉昭和館」のお話――それぞれの朝はそれぞれの物語を連れてやってきます。8月20日...
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北大路欣也「父親が老人ホーム入居死」美談に「全部デタラメだ!」の罵倒騒動/壮絶「芸能スキャンダル会見」秘史
北大路欣也の父で、「旗本退屈男」などで知られる、昭和を代表する天下御免の大スター、市川右太衛門(享年92)が、老衰のため千葉県館山にある老人保健施設「赤門なのはな館」で亡くなったのは、99年9月16日...
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千葉真一、深作欣二の初時代劇の教えに感謝
千葉が演じた大友勝利は、シリーズ屈指の破天荒キャラとして人気を得た。その影響力は絶大で、後のアウトロー映画でも「千葉真一の大友のような」と指定されるひな型になった。ただし─、「深作組の映画ならどんな役...
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追悼・菅原文太 先輩だった高倉健との「本当の仲」(3)ケガをした健さんへの気遣い
文太と健さんとの本格的な共演は、実質的には「山口組三代目」(昭和48年8月、山下耕作監督)、「大脱獄」(昭和50年4月、石井輝男監督)、「神戸国際ギャング」(昭和50年10月、田中登監督)の3本。いず...
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追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(5)顔が映ることより作品のムードを重視
深作を「定型のない監督」と評した文太もまた、定型のない俳優といってよかったのではないだろうか。当時、東映本社宣伝部次長として「仁義なき戦い」の宣伝を担当した小野田啓も、宣伝ポスター用のスチールを撮る段...
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<決定版・欽ちゃんインタビュー>萩本欽一の財産(29)「浅草家演劇の至芸『月形半平太』」
僕の目の前で大将(萩本欽一)が、コントを演じてくれている、観客は僕一人、表現が陳腐なのを承知で言うと「至福の時」である、演目は『月形半平太』(つきがたはんぺいた)。幕末維新の動乱を描く、行友李風作のこ...
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天才テリー伊藤対談「八名信夫」(2)大スターばかりの現場は大変ですね
テリー健さんと八名さんは、大学が同じだったんですよね。八名うん、2人とも明治大学の商学部で、かわいがってもらいました。ある時、「八名、お前にこれやるわ」って、着てるジャンパーを脱いでくれてね、「こんな...
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緊急追悼連載! 高倉健 「背中の残響」(10)23歳の松方が高倉と初共演
高倉健の没後、テレビでは追悼放映が相次ぐ。映画賞を独占した「幸福の黄色いハンカチ」や遺作の「あなたへ」がラインナップされたが、残念なことに現在の地上波で任侠映画を観ることは不可能に近い。あの日、劇場に...