今年9月、韓国の文学小説月刊ランキングに異変が起きた。8月29日に翻訳出版された横溝正史の『犬神家の一族』が、国内人気作家を差し置いて3位に食い込んだのだ。

今なぜ、横溝正史なのか? 韓国版『犬神家の一族』(以下『犬神』)を出版した大手出版社、シゴン社(sigongsa)の単行本開発室ナ・ヒョクジンさんに話を聞いた。

「韓国の推理小説界は『犬神』烈風ですよ」と話すナさん。発売と同時に1刷で準備していた5000冊をあっという間に売り終え、10月13日現在は4刷目に突入、すでに1万6000部を販売している。
韓国のベストセラーの中には10万部以上売れるものもあり、それに比べると少ないようだが、「短期間で、推理小説という限られたジャンルの、しかも50年前の古典作品がこれだけ売れるのは異例の事態」だという。

『犬神』がヒットした理由のひとつとして、日本のマンガ『金田一少年の事件簿(韓国語タイトル:少年探偵金田一)』が、韓国では96年から翻訳出版されており、すでに多くの読者に親しまれていることをナさんは挙げる。
皆さんもご存知の通り、マンガの主人公である金田一少年は、『犬神』を始め横溝作品に登場する探偵・金田一耕助の孫という設定。
金田一少年の決め台詞「ジッチャンの名にかけて」は、韓国人にも愛されるところとなったが、しかし横溝が創作した金田一耕助のことは広く知られておらず、長らく「ジッチャンて誰やねん」状態だったのである。
シゴン社では以前から、2005年7月に『獄門島』、2006年8月に『八つ墓村』、2007年7月に『悪魔の手毬唄』を韓国に紹介してきた。「金田一少年の祖父という噂で本を手に取った人が、今まで横溝正史の世界に触れ、すでに固定ファンとなっていたことが、今回のヒットの要因だったと思います」とナさん。
「稲垣吾郎さんが出演した金田一耕助シリーズのドラマなどを見て、横溝ファンになった人も多いようですね」とも分析する。

また韓国では今、日本のミステリー小説がにわかに脚光をあびており、今回の『犬神』人気をあおった。
宮部みゆき、東野圭吾の作品は、読む人を選ばない人気で韓国でもベストセラーに。
さらに綾辻行人、有栖川有栖、乙一、京極夏彦、島田荘司など、大衆的ではなくともミステリーファンを唸らせる多彩な作家がここ数年で多く紹介され、『犬神』のような「本格推理小説」が受け入れられる土台が生まれていた。

韓国人が見た横溝作品の魅力について、「作品の完成度の高さはもちろんですが、グロテスクでありながら美しい描写が絶品。それらのシーンはある意味日本的ですよね」と話すナさん。
シゴン社では今後も横溝作品を韓国に紹介していく予定。3作品がすでに日本とのライセンス契約を終えており、「多作品も契約を進めたい」と意気込む。
本家が先か孫が先かはともかく、日本を代表する名探偵が世界の人々にも愛されるのはうれしい限りである。

(清水2000)