イタリアにミラノ風ドリアは存在しない、そもそもどこの国の料理なの?


洋食の定番でもあるドリア。チキンドリアやシーフードドリアなどさまざまなバリエーションがあるが、中でも人気が高いのは「ミラノ風ドリア」ではないだろうか。
言うまでもなく、イタリアンレストランチェーンの「サイゼリヤ」のメニューだが、最近では他メーカーから冷凍食品が発売されたり、レシピサイトで同じような料理が再現されたりと、もはやドリアの1ジャンルを築いた感もある。サイゼリヤのサイトには「お客様の3人に1人が注文する」と書かれており、その人気ぶりがうかがえる。

よく知られた話ではあるが、ミラノ風ドリアは「ミラノ風」という名前を冠してはいるが、北イタリアの都市ミラノの名物料理ではない。「ミラノ風」は、あくまでイメージで付けられた名前なのだ。
さらに言えば、ドリアはイタリア料理ですらなくイタリアでの知名度は限りなく低い。レストランに入って注文しようとしても怪訝な顔をされてしまうだろう。
それなら、ドリアは一体どこの国の料理なのだろうか。誕生の経緯を調べてみた。

ドリア発祥の地は……なんと日本!


実はドリアは日本で生まれた料理。正確には横浜のホテルニューグランドで初代総料理長を務めたサリー・ワイル氏が考案したものだ。サリー・ワイル氏は1927年のニューグランド開業の際にパリから招かれたスイス人シェフで、フランス料理はもちろん、イタリア料理やスイス料理にも長けていたという。

イタリアにミラノ風ドリアは存在しない、そもそもどこの国の料理なの?
ドリアを考案した初代料理長のサリー・ワイル氏


ある日、サリー・ワイル氏はホテルに宿泊していた銀行家から「体調が良くないので、何かのど越しの良いものを作ってほしい」という要望を受けた。そこで即興で創作して提供したのが、バターライスに海老のクリーム煮を乗せ、グラタンソースとチーズをかけてオーブンで焼いた料理である。
言うまでもなく、ドリアのことだ。

好評だったこの料理はやがて「シュリンプ・ドリア」としてレギュラーメニューになり、さらに弟子たちによって他のホテルやレストランでも提供されるようになる。

イタリアにミラノ風ドリアは存在しない、そもそもどこの国の料理なの?
1935年当時のメニュー。中央のシェフのおすすめ欄に「芝蝦のドリア」の文字がある


ドリア誕生の地で、ドリアについて聞く


ドリアが生まれたのはヨーロッパではなく、実は日本だった。では、誕生の地であるホテルニューグランドでは、今も当時のドリアを食べることができるのだろうか。広報担当者に聞いてみた。

「初代のサリー・ワイルが考案したドリアは『シュリンプドリア』ですが、現在のものはシュリンプ以外にホタテ、バナメイエビ、マッシュルームの具材が入っております。ただ、ソースなど基本のお味は変えておりません」

なるほど。
現在提供されているドリアは「シーフードドリア」であり、当時のものから具材の種類が増えている。さらにソースの味も同じなら、ほぼ当時のままのドリアが食べられると言ってよさそう。

イタリアにミラノ風ドリアは存在しない、そもそもどこの国の料理なの?
シーフードドリアを提供しているコーヒーハウス「ザ・カフェ」


――一般のレストランとは違う、ホテルニューグランドならではのこだわりの点はあるんでしょうか。

「他社様もさまざまな工夫を凝らしているので、一概に違うかどうかを申し上げるのは難しいのですが、バターライスを使用しているのはこだわりの一つです。弊社のバターライスは、玉ねぎと人参をみじん切りにしてバターで炒めてお米を入れ、お米が透き通るまで炒めます。それにより、炊き上がった時にはバターでコーティングされたお米1粒1粒がぱらぱらの状態になります。
また、海老のクリーム煮の上にホワイトソースとオランデーズソースの2色のソースを加えて焼き上げているのもこだわりのポイントです」

「お米が透き通るまで炒める」「2色のソース」などのパワーワードが登場して、なんだか聞いているだけで美味しそう。さすがは本家本元の実力といったところだろうか。

イタリアにミラノ風ドリアは存在しない、そもそもどこの国の料理なの?
ザ・カフェで提供されているシーフードドリア



じゃあ、ミラノにはなんだったらあるのか?


洋食だけどヨーロッパの料理ではなく、日本でフランス料理のシェフによって考案されたという、なんだかややこしい立ち位置のドリア。確かに、これならイタリアで知られていないこともうなずける。

ということは、イタリアでミラノ風ドリアを食べることはできないのだろうか。イタリアで食べることができるミラノ風ドリアっぽい料理、名付けて「ポストミラノ風ドリア」を勝手に紹介したい。


・ミラノ風リゾット(ミラノ風ドリア度★☆☆☆☆)

「ミラノ風」と同じ名前を冠することから、ポストミラノ風ドリアの最右翼として扱われている「ミラノ風リゾット」。サフランとバター、チーズの風味をきかせたリゾットで、クセがなく誰でも美味しく食べられる。
個人ブログなどでも「ミラノに行ったけどドリアがなかったからリゾットを食べた」なんて投稿をよく見かけるから、ドリアみたいなものと無理矢理言ってもいいかもしれない。ただ、実際のところドリアの底に敷かれているのはピラフもしくはバターライスであることが多く、そもそも見た目がぜんぜん違う(そりゃそうだ)。とても美味しい料理であるが、ポストミラノ風ドリアを名乗るのはちょっと役不足かも。

・グラタン(ミラノ風ドリア度★★★☆☆)

イタリアにドリアはなくてもグラタンならある。
グラタンはもともとフランス南東部ドーフィネ地方の家庭料理で、イタリアのレストランでも(それほど一般的ではないにせよ)注文できるところはある。
ただし、イタリアやフランスのグラタンは、素材に関わらずオーブンで焼いて焦げ目がついた料理全般を指す言葉であり、必ずしも日本で食べられるようなベシャメルソースを使ったものとは限らない。野菜をスライスしてパン粉をふって焼いたものもグラタンだし、スープの上にチーズを散らして焼いたものもグラタンと呼ぶことができる(オニオングラタンスープはこれにあたる)。そのため、ドリアに似たものと思って注文すると、まったく予想外のものが提供されることもある。それはそれで美味しいけど。

・ラザニア(ミラノ風ドリア度★★★★☆)

個人的に一番ミラノ風ドリアに近いと思っているのは、日本でもおなじみのラザニアだ。ホワイトソースとミートソースを重ねている点も似ているし、オーブンで焼くという調理方法もそっくり。
違いといえば、焼き上がったものを切って皿に乗せて提供するためグラタン皿は使われないことと、ライスではなくパスタが使われていることであろうか。もともとはイタリア南部の港町ナポリの名物だが、イタリア全土で食べられる。

というわけで、実は日本が発祥だったドリア。ミラノ風ドリアをイタリアで食べるのは難しいが、リゾットやグラタン、ラザニアなど兄弟分とも言えそうな料理はある。旅行で訪れた際はそちらを試してみるのをおすすめしたい。日本で独自に発展している洋食との共通点や、現代に至るまでの料理人たちの創意工夫を感じることができるかもしれない。

(鈴木圭)

取材協力
ホテルニューグランド
https://www.hotel-newgrand.co.jp/