今夏、前後編2部作で実写劇場版が公開される『進撃の巨人』(原作、諫山創/講談社)。人類が突如出現した謎の人食い巨人と戦うというストーリーで、国内だけにとどまらず、海外でも一大ブームを巻き起こしているこの作品。
しかし、気になることがある。それは、主人公のエレン・イェーガーを差し置いて圧倒的な人気を誇る彼の上司・リヴァイ兵長がドラマに登場するかどうかだ。なぜなら、実写映画ではリヴァイが登場しないから。作中で人々が暮らす内地は壁に囲まれているのだが、リヴァイはその壁の外に出て巨人と戦う調査兵団の一員で、身長160cmにも関わらず、人類最強と言われる三白眼の兵士だ。「ダ・ヴィンチ」(KADOKAWA/メディアファクトリー)2014年10月号の人気キャラランキングで1位に選ばれるなど、もっとも人気のあるキャラでもある。
なぜ、そのリヴァイが映画に登場しないのか。原作ファンの間では推測がとびかっている。160cmの身長やそれに反して65kgもある体重という設定、イメージに合う俳優がいないことが登場しない理由ではなどと推測されているが、本当にそれだけなのだろうか。身長や体重ぐらいの設定なら、エレンの幼馴染であるミカサ・アッカーマン演じる水原希子や調査兵団でリヴァイとともに上司のエルヴィン・スミスを支える分隊長のハンジ・ゾエを演じる石原さとみだって違う。
実はファンの間では、単にイメージに合う人がいないというだけでなく、ある説が囁かれている。それは、「腐女子に叩かれるのが怖くて、ビビって逃げた」というもの。
そもそも『進撃の巨人』がここまで脚光を浴びたのは、女子とりわけ腐女子からの人気によるところも大きい。講談社社長・野間省伸氏も「日経MJ」11月4日号のインタビューで「進撃の巨人は女性読者を取り込みました」と語っている。とくにリヴァイは、「an・an」(マガジンハウス)や「FRaU」(講談社)といった女性誌でも表紙を飾り、特集が組まれるほど多くのファンを持つ。リヴァイを主人公に据えた外伝「進撃の巨人 悔いなき選択プロローグ」(漫画・駿河ヒカル、企画原案・砂阿久雁(ニトロプラス)、原作・諌山創/講談社)を少女マンガ誌の「ARIA」で連載すると、掲載号が売り切れたほど。
腐女子といえば、いわゆるBL(ボーイズラブ)を好む女子だが、『進撃の巨人』は言うまでもなくBL作品ではない。にもかかわらず、リヴァイが腐女子の心を掴んだシーンをいくつか見てみよう。
まず、あまりにも有名なのが、審議所で拘束されているエレンをリヴァイ兵長が観衆の前で容赦なく蹴りまくる場面。そこでリヴァイはエレンにこう語る。「今お前に一番必要なのは 言葉による「教育」ではなく「教訓」だ しゃがんでるから丁度蹴りやすいしな」。そのうえ、下から睨みあげるエレンの顔面を踏みつけるのだ。この一方的な"調教シーン"に萌えた人は多い。
しかし、腐女子はただ目つきの悪い人類最強のチビがドSっぷりを発揮していることに萌えているわけではない。
これと合わせてもうひとつ印象的なのが、お掃除シーン。
「お前ら...家に入る前にちゃんと埃や泥を落として来たか?」
「......まだわかんねぇのか? そんな意識でリヴァイ兵長が満足すると思うか? 今朝だってオレがお前のベッドのシーツを直していなかったらなー」
......見事に調教されてしまっているではないか! もちろん、三角巾と口元を覆う布まで完璧に再現。この間に2人の間ではどんな"調教"が行われたのか妄想する腐女子が大勢表れた。
さらに、エレン以外にもリヴァイのお相手として人気のキャラがいる。それは、調査兵団の団長で、リヴァイの上司であるエルヴィン。そもそも、リヴァイを調査兵団に引き入れたのが彼なのだ。隊員からも「リヴァイ兵長があれほど信頼してるくらいだからね」と語られるほど2人の仲は深いものらしく、リヴァイもエルヴィンの指示には「お前の判断を信じよう」と素直に従う。腐女子は関係性に萌えるものだが、こういった物語に描かれないキャラクターの人生や過去、"それまでの話"に思いを馳せる生き物でもある。
これほど妄想をかき立てるリヴァイは、「人類最強の兵士」というだけでなく、腐女子的にも魅力的で、とてもよくできたキャラクターなのだ。
こうしたあまりの腐人気ゆえに、映画にリヴァイが登場しない理由として、「腐女子に叩かれるのが怖くて、ビビって逃げた」という説が流れているのだろう。たしかに、人気マンガを実写化した際、原作人気が高ければ高いほど、イメージとのギャップで原作ファンから総スカンを食らうことは少なくない。
でも、いくら『進撃の巨人』が腐女子に人気だったとしても、これはBL作品でもなんでもない。腐女子の意見くらいで、重要キャラの登場をなくしたりするだろうか。リヴァイは人気ナンバーワンのキャラというだけでなく、主人公のエレンを守り、導く存在で、物語上なくてはならない存在。登場させないはずがない。
そう思うかもしれないが、あながちこの説は間違っていないかもしれないのだ。というのも、作者である諫山自身がとある発言をしているから。
その問題のインタビューが掲載されているのは、『進撃の巨人』特集が組まれた「BRUTUS」(マガジンハウス)12月1日号でのこと。そこで、インタビュアーからリヴァイの腐女子人気について「最初からそこを狙ったわけではありませんよね?」と聞かれた諫山は、次のように答えている。
「お姉さま方をがっかりさせてしまうかもしれませんが、自分の中にも腐女子がいるのかもしれないというか、これは腐女子にウケる気がする、というセンサーは働きました。『幽☆遊☆白書』の飛影みたいな雰囲気を狙っていて、造形ができた瞬間に「これはイケる」と確信したんです」
そう、『進撃の巨人』はたまたま腐女子に人気になったのでなく、あらかじめ腐女子ウケを意識して描かれた作品だったのである。原作者である諌山が腐女子ウケを意識し、"自分の中にも腐女子がいる"とまで語っているのだ。腐女子を意識して映画の設定を変える、というのも十分考えられるのではないか。
『進撃の巨人』では、リヴァイ以外にもエレンの同期でライバル的存在でもあるジャンや、同じく同期のライナー・ブラウンとベルトルト・フーバーという同郷コンビなど、腐女子に好かれるキャラが多い。特に、人間臭さが魅力であるジャンの人気は高く、彼を好きすぎて語尾が「じゃん」になってしまう"ジャンフルエンザ"にかかる人々まで登場し、世界中の腐女子に猛威を振るった。また、作中で女性キャラに「女の方に興味があるようには見えなかったんだが......」と言われたライナーの誕生日が8月1日(801やおい)だったり、Blu-ray & DVD第7巻のブックレットでは「BL指数は高めなだけに、ジャンやアルミンも狙われている!? 目つきが危ない......。」という紹介文をつけられたりもしている。
でも、こういったネタや上にあげたリヴァイとエレンの関係性もすべて諫山の計算だったとしたら、どうだろう。
初期設定として男が好きと書かれていたり、何もない状態であからさまに関係性を描写したり、過去も含めて事細かく描きすぎると腐女子は萎えるし、妄想しようという意欲がわかない。しかし、諫山はそれをよくわかっているのか、前出の「ダ・ヴィンチ」2014年10月号のインタビューでも「キャラクターは多くを語らせないように描いています」と語った。でも、妄想のきっかけとなるタネやつなぎ合わせるための点は必要。そこで公式が上にあげたようなネタでときたま"燃料投下"してくると、さらなる盛り上がりを見せる。『進撃の巨人』にはそれらが絶妙に配置されているのだ。もし、これらの関係性や余白まで諫山が計算して意図的に作り出していたとしても、彼のなかに"腐女子がいる"のなら納得できる。
それにしても、腐女子のツボをここまでおさえた、諌山の腐女子力は相当なものといえるだろう。彼の腐女子センサーのおかげで、『進撃の巨人』は腐女子層をゲットし、これほどの人気を得てきたのかもしれない。
とすると、「腐女子をガッカリさせないために、あえてリヴァイ出さない」というのも、これだけ腐女子心をおさえた作品なら、あながちあり得ない話ではないし、賢明な判断かもしれない。原作に忠実すぎるあまり、マンガ的なキャラクターをそのまま生身の人間に置き換えて滑稽なことに......というのは、これまで幾多のマンガ原作の実写化が踏んできた轍だ。
リヴァイのいない劇場版『進撃の巨人』でどれほどの集客が見込めるのか。この選択がどちらに転ぶかはわからないが、映画版にもしっかり関わっているという諌山の腐女子力とリヴァイの代わりに登場するシキシマに期待したい。
(田口いなす)