延享(1777~48)の初め、湯島天神の境内に加賀屋という酒屋があり、主人は又兵衛といった。
又兵衛には息子がひとりいたが、商売をきらって家を飛び出し、俳諧師となって超雪と名乗り、気ままな生活をしていた。
主人の又兵衛が死んだ。このままでは加賀屋は立ちいかないので、親類縁者が集まって相談し、超雪の姉に婿を迎えて店を継がせることにした。
いろいろと候補者をあたった末、本郷一丁目の那須屋という紙屋の息子与左衛門を婿養子に迎えた。
夫婦仲はよく、ふたりの子供までできた。ところが、与左衛門がふとした病がもとで死んでしまった。
その後は、後家が女主人として加賀屋を切り盛りすることになったが、そのうち番頭と密通していることが明らかになった。このままでは奉公人一同のたがもゆるみ、加賀屋がかたむくのは目に見えている。
またもや親類縁者が集まって相談し、後家を黒門町の別宅に隠居させ、番頭は追放した。そして、あらためて超雪に掛け合った。
「このままでは加賀屋は潰れてしまう。もはや、加賀屋を継ぐのは、おまえさんしかいないのだよ」
ここにいたり、それまで気楽な暮らしをしていた超雪もついに俳諧師をやめ、店に戻って実家の商売を継ぐことになった。
超雪が主人になってから、死んだ与左衛門がしばしば加賀屋にはいっていく姿が目撃された。しかも、奥にはいって行ったままふっと消えてしまう。
「加賀屋に、もとの主人の幽霊が出る」
たちまち噂が広がり、客足はぱったり途絶えた。しばらくして、ついに加賀屋は潰れ、超雪はもとの俳諧師に戻った。
『奇異珍事録』に拠ったが、幽霊が出るなどありえない。想像するに、加賀屋倒産の原因は超雪ではなかろうか。
もともと商売は好きではなかったし、実務の経験もなかった。そんな男が血筋だけを理由に商家の主人になったのである。うまくいくはずがない。
また、後家は男に飢えており、淫乱というのは春画、川柳、小咄では定番だが、もちろん艶笑譚のたぐいである。みながみな淫乱だったわけではない。
しかし、上記のように後家と番頭の密通は珍しくなかった。
いっぽうの番頭にすれば、「後家の後釜にはいれば、自分は店の主人になれる」という野心も芽生えるであろう。こうして、後家と番頭の密通が始まる。