「カフェ」や「コンビニコーヒー」の人気を反映して、近年、コーヒーの国内消費量は右肩上がりだ。全日本コーヒー協会発表「日本のコーヒー需給表」によると、2016年度は47万2535トンを記録し、4年連続で過去最高を更新した。

そのなかでも高級な豆を使ったコーヒーは「スペシャルティコーヒー」と呼ばれるが、それに該当する豆は、日本に輸入されるコーヒー豆の5%程度だという。

 ところで「コーヒーの最高級銘柄は?」と聞かれると、多くの人が「ブルーマウンテン」を思い浮かべるのではないだろうか。昭和時代から有名な銘柄(主にジャマイカ産)だが、実はかなり前に最高級の座を降りている。その理由はハリケーンなどで生産地が打撃を受けて、良質のコーヒー豆の生産が厳しくなったからだ。業界関係者の間では常識だが、いまだにありがたがる人もおり、皮肉を込めて“ブルマン信仰”と呼ぶ関係者もいる。

 代わって現在、最高級銘柄に位置するのが「パナマ・ゲイシャ」という品種だ。
今回はこのコーヒー豆を紹介したい。

●ゲイシャ種でも「パナマ・ゲイシャ」は別格

 そもそも「パナマ・ゲイシャ」とは、コーヒーの原産地、アフリカ・エチオピアの“ゲイシャ村”に由来する在来の品種名で、同村と環境条件が似た中米・パナマで生産されるコーヒー豆をいう。そうした由来ゆえ、中米のコスタリカ産や南米のコロンビア産など、「ゲイシャ」品種はほかにもある。そのなかでもパナマ産は最高級で、超高値で取引されるのだ。

 実はコーヒーの長い歴史のなかで、パナマ・ゲイシャの歴史は非常に新しく、21世紀になってからだ。世界中に広まった、たくさんのコーヒーのなかから、この品種の味を発見したのはパナマのエスメラルダ農園のダニエル・ピーターソン氏だ。


 もともとスウェーデン人によって開設された歴史の古い同農園を、64年にダニエル氏の祖父であるルドルフ・ピーターソン氏(元バンク・オブ・アメリカ社長)が購入し、息子のプライス氏(ダニエル氏の父)が受け継ぎ、ダニエル氏の兄のエリック氏、姉のレイチェル氏も同農園の広報役として関わる。つまり、老舗農園の後継者がおいしい味を発見し、世の中に送り出したことになる。

 そんなエスメラルダ農園のパナマ・ゲイシャが脚光を浴びたのは2004年だ。同年にSCAP(Specialty Coffee Association of Panama:パナマ・スペシャルティコーヒー協会)主催の「ベスト・オブ・パナマ」という国際品評会に出品され優勝した。以来、連続して優勝を果たし、現在もその勢いが続く。

 日本でもパナマ・ゲイシャの味を早くから評価して、輸入してきた人がいる。
「ベスト・オブ・パナマ」の国際審査員をはじめ、国内外のコーヒー品評会の審査員を務めている鈴木太郎氏(サザコーヒー副社長)だ。ちなみに国際審査員はコーヒーの微妙な味の違いを審査したり分析したりする役割で、審査員のなかでも特に選ばれた人が務める。

「05年に審査員仲間のマヌエル・アルベス氏から『ゲイシャって知っている? 普通のスペシャルティコーヒーを上回る豆だよ。買える機会があったら買ってごらん』と言われたのです。しかし、当時は買う術がありませんでした」(鈴木氏)

 東京農業大学を卒業後、グアテマラにあるスペイン語学校や、コロンビアの国立コーヒー生産者連合会の味覚部門「アルマ・カフェ」でも学んだ鈴木氏は、スペイン語も堪能で外国人の友人・知人も多い。そんな人でも当時は手に入らない「幻のコーヒー豆」だった。


●飲み比べてわかる「驚きの味」

 やがてエスメラルダ農園と縁ができた同氏は、レイチェル氏に会ってゲイシャのサンプル豆をもらい、自分で焙煎して飲んでみた。

「コーヒーなのに、少しハチミツを混ぜた甘いミカンジュースのような味がしました。普通、コーヒーは出がらしが渋いのですが、あのゲイシャは出がらしまで甘かった。でも後日飲んだ別のゲイシャは、酸っぱさが強調された味でした。ゲイシャにネガティブな意見を持つ人は『酸っぱくてレモンジュースみたい』と例えるのですが、高級品種はもっと味に深みがある。私は幸い、最初に世界最高級の豆を味わえたのです」(鈴木氏)

 それ以降、ゲイシャに魅せられた鈴木氏は、ほぼ毎年、コーヒー品評会におけるオークションでパナマ・ゲイシャを落札した。
この中には、2016年の「ベスト・オブ・パナマ」で「1ポンド当たり275ドル」(約454グラム当たり約3万2000円=当時の為替レート)で落札した豆もあった。サザコーヒーの店舗では1杯「3000円」で提供した。

 そんな高いコーヒーはそう売れないように思うが、「サザコーヒー本店では2日に1杯程度、全店では1日に2~3杯ご注文がありました」(鈴木氏)という。表現が過去形なのは、提供数に達して品切れとなったためだ。

 17年の「ベスト・オブ・パナマ」で落札したコーヒー豆は、10月に店頭に出る予定だという。このなかには「1ポンド当たり601ドル」(約454グラム当たり約6万7300円=当時の為替レート)と、史上最高値でサザコーヒーが共同落札した豆もある。
店頭でのコーヒー豆、コーヒー1杯の価格は未定とのこと。果たして、いくらで販売されるのだろうか。

 今回、筆者もパナマ・ゲイシャを試飲する機会に恵まれた。まず4種類の豆をブレンドした「サザ・スペシャル・ブレンド」を一口飲んだ後で、ゲイシャ(「シングルオリジン」と呼ばれる単独の豆)を飲むと「なんだ。このコーヒーは?」と思った。フルーツ感があり、チョコレートのような残り感もある。自分がイメージしてきたコーヒーの味とは明らかに違うのだ。関心のある人は、ゲイシャを単独で飲んでも違いがわかりにくいので、ほかのコーヒーと飲み比べるとよいだろう。

●「ワイン」と似てきた「コーヒー」

 コーヒーは、栽培された果実をかじれば、強い・弱いといった違いはあるがフルーティーな味がする。農作物なので、気象条件や環境によっても、果実や中の豆の状態が左右されてしまう。

 また、冒頭で紹介したように、日本に輸入されるコーヒー豆のうち、「スペシャルティコーヒー」と呼ばれる豆は5%程度にすぎず、最高級品種はそのなかでもごくわずかだ。同じ品種でも農園によって味が異なり、同じ農園産でも栽培条件で味が変わる。たとえば次のような表記となる。

「パナマ・ゲイシャ ナチュラル ××農園」
「パナマ・ゲイシャ ウォッシュ ××農園」

 ナチュラルとは「果実干し」の意味で、お米のようにコーヒー果実をそのまま天日干しするもの。一方のウォッシュは「水洗式」の意味で、果実の中の豆を取り出し、きれいな水で洗うものだ。一般にナチュラルは「フルーツに酵母菌がつき、干し柿のようになる」(太郎氏)という。

 こうして考えると、コーヒーはワインの世界に似ている。「品種」「テロワール(土地)」「生産者(農園)」「栽培」によって異なるからだ。コーヒーの場合は、生豆の特性を生かした焙煎方法が「浅煎り」「中煎り」「中深煎り」「深煎り」まであり、それ次第で味も変わる。

 気候も過ごしやすくなり、温かいコーヒーが楽しめる時季となった。秋の夜長に、豆ではブレンド、シングルオリジン、さらにはエスプレッソ、カフェラテ、カプチーノなどさまざまな味が楽しめるのは贅沢な環境といえよう。10月1日は「コーヒーの日」でもある。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)