日本各地の離島航路で活躍している高速船のジェットフォイル。しかし今後はもう建造されることなく、その歴史が終わってしまうかもしれません。

離島航路で主力の高速船

「ジェットフォイル」は、ガスタービンで動かすウォータージェット推進機によって、海水を吸い込んで船尾から勢いよく噴射、水中翼で船体を海面上に持ち上げて航行する高速船です。“海を飛ぶ”船と表現されることもあります。

 最高速度が時速45ノット(約83km/h)に達するこの高速船は、離島航路に最適といわれており、国内で20隻が就航。外海の離島航路としては、海が荒い北海道海域を除くと、日本本土と離島を結ぶ主力の高速船といえるでしょう。

 ただジェットフォイルは日本で、もう20年間に渡って新造されていません。耐用年数が迫る船も出てきており、代替期に差し掛かっているのですが、すんなりと建造再開に進めないのが現状です。

 有用性が認められながら、どうしてジェットフォイルの新造は止まっているのでしょうか。その事情と、背後にある深刻な問題をレポートします。

有用な船なのになぜ造れない?

 一昨年の2013年10月26日、伊豆大島を襲った豪雨は死者・不明者39人という大災害をもたらし、その記憶はまだ新しいものです。

 東京や熱海と伊豆大島を結ぶ航路では、東海汽船がジェットフォイルを運行しています。同社の山崎潤一社長は、この災害時の救援活動について「迅速さが求めらる災害対応ですから、ジェットフォイルが果たした役割はとても大きかったですね」と振り返ります。

 その理由について山崎社長は、「この船は、まず(スピードが)速い。

それに揺れません。快適ですし、小回りが利く」と続けます。

 大島航路は、観光に加えて生活航路としても重要です。2015年10月24日(土)には、ANA全日空)による航空便が廃止され、島民の足としてもジェットフォイルの役割は、ますます大きくなっています。

 現在、東海汽船は4隻のジェットフォイルを運航。そのうち、今年2015年1月に就航した「セブンアイランド大漁」は、船齢33年を迎えた「セブンアイランド夢」の代替船として新造する予定でした。

しかし結局は先述の通り新造が難しく、JR九州が博多~釜山間で使っていた中古船を購入してまかなうことになっています。

 それは、ジェットフォイルの唯一のメーカーである川崎重工が、5隻程度のロット需要が見込めなければ建造体制を組めないとしたためです。

ボーイング929の未来は? 迫る“決断”のタイムリミット

 ジェットフォイルは、「ボーイング929」という正式名称から分かるように、米国ボーイング社が1970年代に開発したもの。その後、川崎重工が、生産から撤退したボーイングより独占的建造のライセンスを取得しました。川崎重工でジェットフォイルのライセンス導入を担当した神林伸光・特別顧問によると「ライセンス取得当時に想定した需要に近い船会社、航路に販売できた」とのこと。そこで新造船の発注は止まってしまったのです。

 ジェットフォイルは特殊な構造のため、建造するには専用の生産設備と部品の供給ルートが必要です。しかし「搭載する機器のメーカーは5隻分、ウォータージェット推進機については10基分のロットがまとまらないと、生産できないと言ってきている」(川崎重工)とのこと。20年間、発注が止まったことで消えた生産体制。それを再び復活させるのは、相応の需要がなければ、採算が取れないため難しいといいます。

 1社からの単独発注で、このロットを満たすことは困難です。そこで数社がまとまっての発注も考えられていますが、船の価格が20年前に比べて高騰していることもあり、経営が苦しい離島航路の各社にとっては難しい状況になっています。

 そうしたなか、“決断”のタイムリミットも迫ります。機器メーカーや造船所は、ほかの船に応用できないジェットフォイルの特殊な生産体制を整えたまま、発注の再開をずっと待つわけにもいかないからです。

 ここでジェットフォイルの生産再開が実現しなければ、この有用な高速船を国産する技術、部品供給ルートが途絶えてしまう可能性もあるでしょう。

 なお、離島航路の高速船の場合、その公共性から、地方自治体の助成を受けている会社も多くあります。伊豆大島の災害時に示されたように、ジェットフォイルは離島の住民にとって命綱ともなる存在です。

 その新造船の発注について、行政からの支援も含めて、はたして船会社と造船所が実現に向けた良いアイディアにたどり着けるか、いま、正念場を迎えています。