東京電力の福島第1原子力発電所の事故がチェルノブイリ事故と同等と認定され、関係者に衝撃を与えた。世界最悪の原発事故と並んだことで、原発の稼働への理解は得にくくなる。
夏場は東日本のみならず、西日本も電力供給不足の可能性が出る。日本総停電へと向かう影響は計り知れない。

「レベル7でチェルノブイリと同じといっても実際は違うんだ!」

 ある原発メーカー首脳は嘆く。原子力安全・保安院が12日に国際原子力事象評価尺度(INES)を8段階中の「レベル5」から最悪の「レベル 7(深刻な事故)」に引き上げたからだ。

 過去最悪の原発事故、旧ソ連・チェルノブイリ事故(1986年)と東京電力の福島第1原発事故が肩を並べたことは原子力業界関係者を動揺させた。

 ただし、事故の状況がここに来て大きく変わったわけではない。
原子力安全・保安院と原子力安全委員会が事故のデータを揃え、すり合わせて評価を変えただけだ。

 福島の事故はチェルノブイリ事故とは主に二つの点で異なる。

 両者の説明によると、まず第1に環境への影響だ。チェルノブイリは原子炉が爆発・炎上し、大気中に520万テラベクレルの放射性物質をまき散らした。対して、福島では原子炉の核反応は自動的に止まり、放射性物質の拡散も37万~63万テラベクレルと1割程度になっている。

 第2に人への影響だ。
チェルノブイリでは4000ミリシーベルト以上の放射線量を浴び急性被曝で29人が死亡した。福島では、緊急時の被曝線量の上限100ミリシーベルトを超えた作業員が21人という状況にとどまる。

 実際、国際原子力機関(IAEA)も火消しに躍起になっている。レベル7になったにもかかわらず「チェルノブイリのほうが深刻だ」などと釈明するほどである。

 だが、レベル7に引き上げられた意味は大変に重い。世界最悪の事故が福島で起きているという印象を与えてしまったからだ。
ある原子力関係者は「直感的に事故の規模がわかる尺度で福島とチェルノブイリとが並べば、その印象はぬぐえない」と話す。

 印象による風評被害が地元経済に与える影響は計り知れない。福島県旅館ホテル生活衛生同業組合の加盟約650社のホテルや旅館では、これまでにほとんどの予約がキャンセルされた。レベル7はそれに追い打ちをかける。事務局の担当者は「地元の人より外の人たちが福島を怖がっている。これで客足はえらい遠のいた」と話す。


 だが、問題は福島には収まらない。原発慎重論が高まることは、日本全体の停電を引き起こす。

 別の原発メーカーの首脳は話す。

「点検中の原発は多くあるが『原発は怖いからいや』との住民の声が高まり、動かせなくなるだろう」

 現在、日本の原発は全54基のうち25基しか営業運転していない。残りは震災による停止や定期検査中で約2500万キロワット分に及ぶ。経済産業省は3月末に福島原発事故を踏まえた緊急安全対策を指示しており、その基準さえクリアすれば運転再開はできる。
だが、福島の事故が収束しないなか、地元が容認するとは考えにくい。本来、運転再開に住民の意向は必要ないが、さすがに無視はできない。

 これらの原発の運転再開のメドが立たなければ、夏場に西日本でも電力不足に陥る可能性が高い。

 北陸電力は志賀原発1、2号機の運転再開の見通しが立っていない。このままでは、夏の最大電力需要526万キロワットに対して供給力は535万キロワットで、需要に対する供給力の余裕を示す供給予備率は2%にすぎない。通常は10%以上は確保されるものだが、猛暑や発電所トラブルで需給が逼迫し、停電の恐れもある。
松岡幸雄副社長は「最悪に備えていく」と話す。

 四国電力も深刻だ。4月中にも伊方原発3号機が点検に入るが、運転を再開できない可能性が高い。3号機は、プルトニウムを再処理した溶けやすいMOX(混合酸化物)燃料を使用している。福島原発3号機もMOX燃料のため、住民の理解を得るのは難しい。すると夏の最大需要の550万キロワットに対して供給予備率は1%になる(以下、本誌推計)。

 九州電力は「計画停電も否定できない」という見解を示すほどだ。玄海原発2、3号機と川内原発1号機が動かなくなれば最大需要1669万キロワットに対して予備率は3%にすぎなくなる。

 関西電力も苦しい。美浜原発1号機、高浜原発1号機、大飯原発1、3号機が止まったままでは供給予備率はマイナスだ。

 言うまでもなく東日本の電力は逼迫する。東電は夏場に向け約1000万キロワットの供給力が足りず、東北電力も需要に対して150万~230万キロワット足りない見通しだ。約1年ごとの定期検査で全原発が1度は止まることからも日本総停電への道筋はいやでも見えてくる。

 当然、経済活動に悪影響を及ぼす。BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「電力制約は関東だけではすまずに、かなりの期間に及び日本経済の成長を下押しする可能性がある」と話す。

 レベル7への引き上げは、夏に向けての電力不安を全国共通の課題へも引き上げそうである。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 片田江康男、小島健志)