昨年末に日本レコード大賞やNHK紅白歌合戦で芸能界の実力者に事実上排除されたK-POP勢だが、そんな妨害もなんのその、今年に入ってもK-POPグループの日本進出が止まらない。
吉田秀彦といえば、元柔道五輪選手で、その後、総合格闘技に転向。プロ格闘家として活躍してきた。現在は、関東近県に7つの道場を持つ、吉田道場名誉師範の柔道家だ。
そんな吉田とK-POPには縁も所縁もないと思っていたが、吉田の所属事務所が「J-ROCK」だと言うことがわかって納得した。しかも、J-ROCKの社長は、97年に自殺した元グラビアアイドルでタレントの故・可愛かずみさんの婚約者だった國保尊弘氏だったことで、自殺当時の記憶が蘇った。
というのも、故・可愛さんが所属していた事務所の社長とは親しい関係だったからだ。自殺した日も、社長と普通に電話していた。その最中に社長が「本多さん、可愛が飛び降りちゃったよ」と悲鳴を上げて、電話を切ったことをいまだに鮮明に覚えている。
可愛は95年にヤクルトスワローズの投手だった川崎憲次郎と熱愛が発覚。
だが、川上の励ましも虚しく、可愛さんは97年5月9日に川崎が住んでいたマンションの屋上から飛び降り自殺。32歳の若さで亡くなった。
結婚前の幸せ真っ只中だったはずなのに可愛さん。それだけに、自殺の真相がわからなかった。川崎さんのマンションから飛び降りたことで、彼への思いが断ち切れなかったという情報も流れたが、筆者は可愛さんと親しい関係者から、「かずみは何かひとつ決めるのにも、國保さんにクレームをつけられて悩んでいた」という情報を入手した。ただ、こんなことは、恋人同士の間では珍しいことではないかもしれない。
國保さんと吉田は同級生だったという。一時、可愛さん、川上、吉田、それに國保さんの4人は親しい関係にあったのだ。可愛さんの死後、國保さんはマネジメント会社を設立。そこに吉田も所属するようになった。
そんな吉田が所属するJ-ROCKが、韓国で09年にデビューし、"ねこダンス"でブレークした女性7人組のT-ARAを日本で9月にCDデビューさせる、一説には、契約金は3億5000万円という。
このビジネスに吉田がどれほど関与しているか不明だが、格闘界で培った彼の韓国人脈が役に立った可能性は高い。筆者は6月下旬に銀座7丁目の高級クラブ「R」で吉田がⅤIPルームを借り切って、ホステスのスカートをめくったりして、ドンちゃん騒ぎしている下品な現場を目撃した。正直、マジメな柔道家というイメージを持っていただけにガッカリした。
吉田の豪遊ぶりが、現在のK-POPバブルを象徴しているようだが、あまりにも高い契約金は、今後、他のアーティストに対する契約金やギャラの高騰を招き、国内の音楽産業を疲弊させかねない。音楽・芸能業界とは無縁だった世界から参入したプレイヤーたちが、T-ARAという超高級なコマをどう扱うか注目したい。
(文=本多圭)
(※画像は『Temptastic-2nd Mini Album』/Mnet Mediaより)