【写真】グラビアもできる演歌歌手・望月琉叶の撮り下ろしカット【10点】
演歌歌手に絶対なるんだ──。望月琉叶がそう心に誓ったのは、まだ小学校低学年の頃だった。きっかけは母親がかつて演歌歌手を志していたものの、挫折したという過去を知ったから。その崩れてしまった夢を、娘である自分が叶えようと考えたのである。
「母の実家は貧しかったみたいでして。とにかく母が働いて、実家に仕送りをしないとやっていけないと。それで高校を卒業するとすぐに上京し、演歌を捨てて企業に就職することになったんです。その話をあとから聞いた私は、なんだか切ない気分になったんですね。こうなったら自分が演歌をやるしかないという使命感が沸いてきたんです。
もちろん小学生の自分には、先生に弟子入りするとか、レコード会社のオーディションを受けるとか、具体的な演歌歌手のなり方なんてわかっていませんでしたが」
その頃になると、母親は父親とともに小さな美容院を営むようになっていた。夜になって客が帰ると、店はコンサート会場に様変わり。
「親戚とかとカラオケに行っても、もちろん演歌ばかり歌っていました。中でも十八番が美川憲一さんの『柳ケ瀬ブルース』。YouTubeで見つけて観たんですが、色気のある艶やかな歌声で心を鷲掴みにされたんですよね。本ッ当に最高だと思いました。バーでお酒を持つ美川様の姿も渋すぎるなって。
友達とカラオケに行っても、入れるのは必ず『柳ケ瀬ブルース』。周りは大塚愛さんの『さくらんぼ』とか、モー娘。とかが多かったから、めちゃくちゃ珍しがられました。でも、なんかその騒がれている感じも自分的には気持ちよかったんですよ。『あれ? モテてるのかな?』なんて勘違いして(笑)」
もちろん望月とて、同年代の少女たちと同様に様々な流行カルチャーを吸収していった。音楽ではボーカロイドやL’Arc-en-Cielにハマり、高校時代は軽音楽部でバンド活動も行うようになる。
「演歌歌手になりたくてオーディションも受けるようになったんですけど、合格しても『アイドルグループでデビューしませんか?』という話になることが多かったんですよ。街を歩いていてスカウトされることも結構あったんですけど、そこでも『女優になりませんか?』『アイドルになりませんか?』というパターンばかりで。ガッカリしますよね。
私は芸能人になりたいわけではなく、あくまでも演歌歌手になりたかったので。そうこうしているうちに大学4年生になって周りが就活を始めたものだから、私も真似してリクルートスーツを着てみたら、明治安田生命さんに内定が決まったんです。そこで演歌の道は完全に途絶えるはずだったんですけどね」
友達の誕生日プレゼントを買いに代官山をぶらついていた望月は、現・所属事務所社長からスカウトの声をかけられる。聞けば、またしてもアイドルグループ加入のお誘いだった。「アイドルはやる気ないんですけど……」。そう言いかけたところ、アイドルはアイドルでも名前は「演歌女子ルピナス組(のちに「民族ハッピー組」と改名)」であり、演歌がテーマのグループだということが告げられる。
さらに望月にとって魅力的だったのは、演歌歌手ルビナス組が海外での活動も積極的に行っていたことだった。正直、日本のアイドルシーンでは決してメジャーとは言えないグループだったものの、アジア圏での人気は意外なほど高かった。
「内定をもらったとき、両親は喜んでパーティみたいなことをやってくれたんですよね。だけどいろいろ考えた末にアイドルをやろうと決意して、『ごめん。また改めて話があるんだ』と切り出しまして……。親戚は『その話、本当に大丈夫なの?』とか心配していました。安定した仕事を捨てるなんてもったいないという気持ちだったんだと思います。
母は私が演歌歌手を目指していたことも知っていたから、『琉叶がそこまで言うなら』って応援してくれましたけど。いずれにせよ、もう後戻りできないなと覚悟を決めたのは確かです」
そこからは怒涛の勢いでアイドル活動に邁進した。グループに加入したのが2018年。やがて持ち前の歌唱力で頭角を現すようになり、2020年からはグループ活動と並行するかたちで演歌歌手としてソロデビューを果たす(グループには2022年末まで在籍)。2021年12月には日本レコード大賞で新人賞も獲得。長い下積みが当然とされる演歌界にあって、この上なく順調なスタートダッシュを切ったといえるだろう。
「その頃はコロナまっただ中だったので、演歌の世界では新人のデビューがほとんどなかったんです。というのも、演歌って昔からキャンペーン周りが生命線なんですよ。しかも演歌ファンってお年寄りが多いじゃないですか。3密とか言われていた時期だし、今は何もできないというのが全体のムードだったんですね。
だけど私はアイドルをやっていたので、集まれないなら配信とかSNSでカバーすればいいんじゃないかという考え方。それまでの演歌にない動きをしたことが、結果的にはよかったんじゃないかと思います」
現在、演歌界では第7世代と呼ばれる若い歌手たちが台頭したことで活況を呈している。かつての氷川きよしや純烈がそうだったように、アイドル的な人気を持ったスターたちは演歌のファン層を確実に若返らせた。女性歌手である望月も、広く捉えるとこうした演歌ニュージェネレーションの代表格といっていい。
「将来の目標ですか? それははっきりしていまして、ズバリ紅白(『NHK紅白歌合戦』)です。演歌をやっている以上、そこを目指さないのは嘘だと思うんですよ。誰でも知っているようなヒット曲を出して、紅白に出て、そしてゆくゆくは海外でもコンサートができるようになりたい。
やっぱりどうしたって私は演歌の世界では異色の存在になってしまうんですけど、自分にしかできないことをやりたいという気持ちは強いんですね。
かつて母が夢見た演歌の花道。娘は今、確実にそれを手中に収めつつある。
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