2009年、『My Space』『Whalabout?』2枚のアルバムで、突如として日本語ラップシーンに登場し、衝撃を与えたラッパー/トラックメーカー、5lack(S.L.A.C.K)。“オラオラ”感あるラップとは一線を画す、音楽性を重視した心地のよい脱力系ラップを奏で、シーンに新たな世界観を構築した。

コンスタントに作品を発表し、日本語詞の表現領域を拡張し続ける一方、実兄PUNPEE、GAPPERとのユニット・PSGや、Budamunk、ISSUGIから成るSICK TEAMとしても活躍する5lackだが、注目度の高さとは裏腹に、あまりメディアの前に姿を見せることはない。そんな彼が、3月25日(水)にニューアルバム『夢から覚め。』をリリースするという情報が舞い込んできた。飄々とシーンを駆け抜ける新世代ラッパーが今の日本語ラップシーンをどのように見ているか、話を聞いた。

――5lackさんは、あまりインタビュー取材を受けないイメージがありますが、今回はなぜ、日刊サイゾーの取材を受けようと思われたんですか?

5lack 聴きやすいアルバムができたんで、宣伝もありますし、自分のことをあんまり説明できていなかったんで、この機会に話せればと思いまして。今までは「これ以上、有名になりたくない」「顔を知られたくない」とか思ってたんですけど、最近は余裕ができたというか。
厄年が終わったからですかね(笑)。厄年中、挑戦と結果と挫折で、かなり食らってた。大きく円くなる瞬間って、生きていれば誰でもあると思うんですけど、今はそこです。

――とはいえ、音楽的にはシーンの内外から評価され、結果も出していますよね。どんな挫折があったんですか?

5lack 叶えられる理想と、叶えられない理想の予想がついた。「あぁ、これはやっても無駄だな」と。
世の中、改善点が見えても、どうにもできないことって多いじゃないですか。個人的な話でいえば、仲間と真剣に「ラップで飯を食う」ってことをやりたかったんですけど、難しいですね。他人を動かすというのは。一番年下なんで、気の利いたことも言えなかったし、生意気に相手の悪いところばかりを指摘してしまって……。どんどん嫌なやつになってきちゃった。距離が近いと、すげー気になるじゃないですか。
それで福岡に引っ越したというのもあります。

――今までは、音楽で飯を食うために東京に出てくるというのが一般的でしたが、5lackさんは2013年、東京から福岡に移った。同地在住のビートメーカー、OLIVE OILと制作した『50』は、いつもとはまた違った空気をはらんでいますね。

5lack でも、意外と地方のほうが食えるようになるかもしれないですよ。家賃だって安いし、曲は家でも作れる。今のほうが、東京にいた時より、グレードが上がった生活しています。
世田谷みたいな場所に、板橋くらいの家賃で住めますから。昔住んでいた場所より、いま住んでいる福岡のほうが都会だし。福岡に住みつつ、仕事で東京に来る感じですね。

――最近では実の兄であるPUNPEEさんが、『水曜日のダウンタウン』(TBS系)の音楽を担当したり、『レッドブル』のCMに楽曲が使われるなど、メジャーな仕事をしていますが、そこでスイッチが入った部分もありますか?

5lack 兄貴に限らず、周りの仲間がいろんなことやりだしていますよね。俺はずっと90年代っぽいこと、ストイックでアングラ風な感じがカッコいいって思ってやっていたんですけど、最近はなんでもありかなって。ちゃぶ台返しじゃないけど、俺もこれからいろいろやって、みんなの仕事を奪っちゃおうかなと(笑)。
でも、兄貴とはまったく役割が違うと思っています。兄貴は入り口を作る人。でも、俺はもっと深いところで音楽を突き詰めたいんです。常に目指しているのは世界基準。海外の基準で新しいと思われるものを作りたい。でも、それが日本でヒットするかはわからない。
だから、今の若い子たちが、大人になった時に、「5lackって、いま聴いたらヤバくない?」ってなればいいと思います。昔からシーンのど真ん中で注目を浴びるより、端っこのほうで黒レンジャーみたいな存在になりたかったんで、今けっこう理想的なポジションです。

■本当にジャンルをよくしたいなら、みんなが正しい評価をしなきゃいけない

――そういう意味で、現在の日本語ラップシーンについて思うことはありますか?

5lack 音楽とかまじめな話をするとしたら、正直興味ないです。日本語ラップを楽しむっていう意味では、よくなるといいなと応援しています。でも、ジャンルのレベルとしては、最高が10だとしたら、5にも達していない。

――知名度的に? それとも音楽的ですか?

5lack 音楽的ですね。知名度的には上がってきているんじゃないですか。でも、歴史とか文化とか、そういうのはないし、今の流行は自由の尊重ですよね。その行きつく先は見えるし、その時に今と同じスタミナがあるかな? とは客観的に見ています。本質がないままはやっちゃうと危険というか。周りのやつらは、金になる限り、そいつのことを使い尽くすだろうし、使えなくなったら終わりですよね。

――“さんぴんcamp”前はコミカルなラップばかりだったのが、さんぴん以降は不良性やメッセージ性がある日本語ラップが出てきて、それがスタンダードになりました。そして、2009年くらいから5lackさんのようにラップの音楽性を重視するラッパーが出てきた。でも、いまだに“巧さ”を追求するラップがムーヴメントにはなってないように感じます。

5lack 俺みたいなのは、都合悪いんでしょうね。合コンに、自分よりルックスの悪いやつを連れていく、みたいなノリっていうか。

――(笑)。一緒にされたくないっていう気持ちもありますか?

5lack いや、一緒にしてもらってもいいです。曲を聴き比べてもらったら、損するのは俺らではないから。ボブ・ディランとかニール・ヤングとか憧れるんですけど、できるやつが(世の音楽のスタンダードに)出てくると都合悪いやつらって、いっぱいいたんじゃないかなって。アメリカ生活が長かったKOJOE君とかすごいラップ巧くて、初めて聴いた時「日本語ラップの人たちはやっぱり……」と思った。でも、「KOJOE、俺よりヤバい」って言えるラッパーっていないじゃないですか? 本当にジャンルをよくしたいなら、みんなが正しい評価をしなきゃいけない。でも、いいものを隠すんですよ。本当によくするんじゃなくて、自分にとっていい状態にする。それが、シーンがよくならない一番の理由な気がする。

――現在の日本語ラップシーンにはさまざまなタイプのメディアがあるわけではなく、曲のリリースと曲に関するインタビューが大半のように思います。シーンが、メディアの力によって盛り上がることは期待していますか?

5lack 俺がいる世代では、「Grateful days / DragonAsh feat.ACO,ZEEBRA」みたいなの(芸能メディアにも取り上げられる曲)は出ていない。そういう盛り上がりを経験していないから、それが良いのか悪いのかわからない。でも、アンダーグラウンドでやってるやつの9割方が、意外とメジャーをバカにできるほどの実力を持ってないと思うんですよ。アングラっていうのを都合のいいことに、メジャーとか、自分にできないことをしているやつらを否定している。

 メジャーで活躍する知り合いもできて、彼らが頑張っているのもわかったし、彼らもアングラぶることはできると思う。そういう意味でも、いま日本語ラップのやつらがメディアの力で表に出て注目されても、命が短い。たとえば、井上陽水さんクラスになれる才能があるやつらは、シーン全体でギリ1人か2人なんじゃないかな。「ワルが音楽やっている」っていう売りしかないと、だらしないだけのジャンルになっちゃう。もっと本気で音楽を突き詰めていく、日本語ラップを音楽として消化できるやつらが集まる、健全なジャンルになってほしいですね。
(取材・文=石井紘人@FBRJ_JP)

●5lack(スラック)
1987年、東京生まれ。ラッパー、トラックメーカー。現在は福岡に居を移し、精力的に活躍している。

●『夢から覚め。』
3月25日発売の5lackニューアルバム。ほぼすべての楽曲のトラックを自ら手がける。
発売/高田音楽制作事務所 
価格/2,390円(税別)