平井理央の声は、早くも涙で震えていた。フジテレビのアナウンサーになる前、おはガールとして活動していた頃のことを思い出していたのだろうか。

2016年4月1日に放送された『おはスタ』(テレビ東京系)は、いつもと様子が違っていた。この日のタイトルは「サヨナラのかわりにありがとうSP」。番組の立ち上げからメインMCとして、実に18年半にもわたって『おはスタ』を引っ張り、小学生に勇気と元気を与え続けたやまちゃんこと山寺宏一が、この日をもって番組を卒業する。

『おはスタ』という番組が特殊なのは、視聴者を原則として小学生に限定している点にある。いわゆる子ども番組のように漠然とした子どもではなく、あくまでも小学生に向けられている。だから番組のエンディングでは、いつもやまちゃんは「今日も元気に、行ってらっしゃい!」と視聴者に声をかける。
まるで背中を押すように。そうして多くの小学生が、憂鬱な気分を振り切って小学校へ出かけて行った。やまちゃんは18年半、毎日毎日小学生を見送り続けてきたのだ。そして、そんなやまちゃんが初めて見送られる。

 この日の『おはスタ』はこれまでのやまちゃんの誠意に応えるように、はなむけの道を用意した。やまちゃんと共に番組開始時のMCを務めたレイモンドをサプライズで呼び、鉄拳はやまちゃんをはじめとする多くの番組出演者が集った1枚の絵を描いた。
そしてまた、これまでに番組に関わってきたのであろうスタッフを大勢呼び、アーチを作った。やまちゃんが小学生たちに毎日してきたように、心からの誠意を持って、やまちゃんを次の場所へと送り出したのだ。

 小学生だって、毎日楽しいわけじゃない。勉強もスポーツも人間関係だって、そう簡単なものではないし、小学校へ行くのが嫌な日だってある。でも、やまちゃんは知っている。楽しいことは、世の中にいっぱいあるということを。
だから笑顔で、自信満々に、小学生の背中を押すことができる。「おーはー!」とはきっと、そんなときに使う魔法の言葉だ。

 この日の番組の最後で、やまちゃんは「『おはスタ』を見てくれている小学生たち、そして元小学生たちに最後のメッセージをお願い致します」と請われ、テレビを通して小学生たちに語りかける。かなり長くなるが、そのまま全文書き起こしてみたい。

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 えー、ビックリしました。とにかく信じられません。
卒業を発表してからいろんな人がメッセージをくれたり、『おはスタ』でこうやってゲストがたくさん来てくれたり、今日も本当にたくさんの方々に来てもらって、本当にうれしいです。心から感謝しています。ありがとうじゃ足りない。やまちゃんは世界一の幸せ者です。今日ここに来られないけど、テレビの前で応援してくれている人もたくさんいます。本当に本当にありがとう。


 19年前、本当はこの司会の話、断ろうと思いました。声優の仕事しかしたことのない僕にできるわけがない、みんなに受け入れてもらえるわけない。でも、やらないで後悔するより、チャレンジして失敗したほうがいいと思って、やって本当によかったです。始めて2カ月たたないときに、街で小学生、野球少年に会ったらこんなこと(※「おーはー!」のポーズ)をやってくれて。「もしかしたら『おはスタ』見てる? やまちゃんだよ」って言ったら駆け寄ってくれて。「見てるよ。
やまちゃん応援してるよ」「バイバイ、明日も見てね」。見えなくなるまでずっと「やまちゃん頑張れー!」って言ってもらったのが、2カ月たってないとき。そのとき、やれるだけずっと頑張ろう、と思いました。

 たくさんのキラキラした笑顔、「やまちゃん、おーはー!」ってやってくれるみんなの声で本当に励まされました。あの、みんなの笑顔とか、一生懸命頑張ってる姿ってすごいパワーがあるんです。やまちゃんは、そこからたくさんの元気をもらいました。だから、楽しいことは世の中でいっぱいあるからね。何か夢中になれることを見つけてください。そんなことをお手伝いするのが、『おはスタ』であり、やまちゃんの仕事だったと思ってます。みんなを笑顔にするお手伝い、少しはできたのかな? できてればよかったと思います。

 ひとつだけ、やまちゃんから。思いやりのある人になってください。(武田)双雲先生、「思いやりってなんだ?」って『おはスタ』でポスター書いてくれたけど。自分がされて嫌なこととか、言われていやなこととか、そういうことやってても絶対楽しくないもんね。だから、人の気持ちが分かる、思いやりのある人になってください。それだけ最後にやまちゃんからお願いです。そしてテレビを見てるみんな、やまちゃんね、『おはスタ』卒業するけど、これからいろんなことにまだまだチャレンジします。頑張っていきます。いつかみんなに会えると思う。いろんなところに行くから、そのときは、「やまちゃん。『おはスタ』見てたよ! おーはー!」って絶対やってください。

 みんなが大人になってからもだよ? みんながおじさん、おばさんになってからでも、やまちゃんに会ったら「見てたよ! 4月1日、見たもん!」って言ってください。そのとき一緒に「おーはー!」やりましょう。そのためにやまちゃん、長生きするよ。まだまだ頑張るから。そして、はなちゃんとおのちゃんが引っ張ってくれる新しい『おはスタ』をみんな応援してください。本当に今まで、ありがとうございました!

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 あの日の野球少年も、今はすっかりいい大人だろう。どこで何をしているのか、それを知るすべはない。だが、彼が18年半前にやまちゃんに送った言葉は、今でもやまちゃんの胸の中で色褪せぬものとしてあり、その言葉を胸にやまちゃんは小学生たちを見送り続けた。それだけは間違いない。やまちゃんの言う通り、楽しいことは、世の中にいっぱいあるのだ。

【検証結果】
『おはスタ』の番組の中では紹介されなくても、多くの人々やメッセージが番組に寄せられたのだろう。たとえばかつて、おはガールとして番組に出演していた生田衣梨奈(モーニング娘。'16)は、やまちゃんの最後の出演に駆け付けていたことをブログで明かした。感謝の気持ちは、こうして連鎖する。それはきっと『おはスタ』のイズムとして、今後も引き継がれていくのだろう。
(文=相沢直)

●あいざわ・すなお
1980年生まれ。構成作家、ライター。活動歴は構成作家として『テレバイダー』(TOKYO MX)、『モンキーパーマ』(tvkほか)、「水道橋博士のメルマ旬報『みっつ数えろ』連載」など。プロデューサーとして『ホワイトボードTV』『バカリズム THE MOVIE』(TOKYO MX)など。
Twitterアカウントは @aizawaaa