餅屋「たまや」の娘・北白川たまこと、餅屋「RICECAKE Oh!ZEE」の息子・大路もち蔵。人情味あふれる「うさぎ山商店街」で一緒に育ったお向かいさん同士の恋を描く映画「たまこラブストーリー」

2013年1月~3月に放送されたTVアニメ「たまこまーけっと」の続編ですが、「たまこ」ファン、アニメファンにとどまらない支持を得てロングラン。公開から1か月以上が過ぎた今も、全国で上映館が増えています。
そこで、京都アニメーションの新たな代表作を作り上げた山田尚子監督にインタビュー。作品の成り立ちからエンディングまで、じっくりと話を聞きました。
未見の人は、上映中の映画館へ行った後に読む事をオススメします!

たまこが恋をしていくプロセスを描く事に興味が湧いた

―――上映後、周囲の反響はいかがでしたか?
山田 周りの制作スタッフがけっこう公開初日に観に行ってくれて。次の日に「すごい良かったです!」と言いに来てくれたりしました。
そういう事は初めての経験だったので、すごく嬉しかったです。
―――スタッフさんは内容も知っているはずなのに、早く映画館でも観たかったんですね。山田監督も、こっそりと観に行ったり?
山田 こっそりっていうか、堂々と(笑)。いろいろな映画館で観たいと思って、まずは名古屋で、その後、(兵庫の)伊丹でも観ました。京都ではまだ観られてないんですよね。
―――映画館に行った時、カップルや、女性同士のお客さんも多く、客層が幅広い印象を受けました。
アニメファンに限らず多くの人に観て欲しいという意識はあったのでしょうか?
山田 それは「たまこ」に限らず、どの作品でもそう思って作ってます。いろんな思いを抱えた、どんな方にとっても普遍的な作品でありたいので。だから、女の子にも観てもらえている事もすごく嬉しいですね。
―――名古屋や伊丹でも、女性が多くなかったですか?
山田 たしかに多かったです。カップルの方もいらっしゃいました。少し強面な感じの彼氏の方が映画が終わってから泣いてくださっていて……。

―――彼氏、泣いちゃいましたか。
山田 「やったー!」って感じで(笑)。彼女の付き添いで観に来てくださった風だったので嬉しかったです。
―――その彼氏もそうだったのかもしれませんがTVシリーズを観ていない人でも、問題無く楽しめる作品になっていますよね。僕も「たまこ」を知らない友達に薦めたら、観た後に絶賛していました。映画単体でも楽しめる作品にする事はかなり意識されていましたか?
山田 はい。
自分がお客さんの場合でも、知らない事があるせいで置いてけぼりになったらどうしようって、気になっちゃうので。あと、仰って頂いたみたいに、「たまこ」を好きな人が周りに薦めてくださった時に、観た人がきょとんとなると困るよなぁ、とか。「たまこ」が初めての方でも、アニメがちょっと得意じゃない方でも、観られる作品という事はとても大事にしました。
―――「たまこまーけっと」でのたまこはお餅と商店街に夢中で、恋愛にほとんど興味が無さそうでした。ところが、本作はタイトルどおりにド直球のラブストーリーです。ラブストーリーは以前から関心のあるテーマだったのですか? 
山田 実はあまり意識したことがなかったんです。
でも、「たまこ」の映画を作れる事になった時、恋愛に疎かったたまこが恋をしていくプロセスを描く事には、すごく興味が湧いて。二人がお付き合いを始めてどうこうという話じゃなくても、十分、映画として見てもらえる事ができるものになると思ったんです。
―――でも、「お餅命」のたまこと、ずっとたまこを好きなのにヘタレなもち蔵で、ラブストーリー展開へシフトさせていく事には苦労したのでは?
山田 最初はごちゃごちゃしていましたが、一度プロットを整理した時に耳を澄ましてみると、もち蔵とたまこの間にはすごく魅力的な題材がたくさんある事に気づいたんです。家がお向かいの幼なじみだとか。二人の部屋を繋ぐ糸電話があるとか。そんな関係なのにもどかしい二人だからこそ、逆に魅力的に描けると思いました。
でも、もち蔵に告白された後のたまこの反応というか、受けとらえ方は難しかったですね。ずっと脇目も振らずお餅を大事にしてにいた子がどうやって(恋愛に)転ぶのか……。脚本の吉田(玲子)さんともいろいろ話しました。
―――もち蔵が「俺、めちゃくちゃたまこが好きだ!」と告白するところから、物語が一気に動きます。監督は、TVシリーズの時からこんなもち蔵の姿を想像できていたのでしょうか? それとも、ヘタレのもち蔵も成長した?
山田 う~ん……あ、そっか。私は、元々、もち蔵があまりヘタレだとは思っていなくて。だから、もち蔵が告白をする事もすごく普通に受け止められました。
―――たしかにTVシリーズの時から、かなり直接的な事を言ったりしているんですよね。たまこに完全スルーされたりしていただけで。
山田 そうそう。けっこうアプローチもしてるんです。今回やっとそれが、もっと分かりやすい形になった。だからすごく嬉しいんです。
―――TVシリーズの時は「もち蔵、ごめんね~」といった気持ちだったのですか?
山田 私よりも周りのスタッフがけっこうやきもきしていて。心配をされたり、(たまこの妹の)あんことの仲を薦められたりしました(笑)。でも、個人的には一貫してたまこともち蔵だと思っていたので、初志貫徹できて良かったです。

たまこたちに寄り添った時、何が一番の選択なのか

―――たまこの描き方に関して、TVシリーズから変えた事はありますか?
山田 きちんとたまこに寄り添って、一人の女の子として血肉があるというか、ちゃんと考えがあって、哲学があってというところを見せていかなきゃいけないと思いました。
―――哲学というのは、たまこが大事にしているものとか?
山田 たまこの美学みたいな。自分よりも周りの人を大事にしたり、周りに自分の弱いところを見せるのを良しとしないような子になったのはなぜなのか。そのあたりをもう一度掘り起こして、たまこはこういう子なんだなという事を、あらためて考えていきました。もち蔵だけじゃなくて、(親友の)みどりもたまこの事をとても大事に思っている。その理由をちゃんと明示できるようにする事は、絶対にやらなきゃいけないって思ってました。
―――「なんで、こんな子がみんなに好かれているの?」と思われない事が重要だったんですね。
山田 はい。それが絵にする時に一番気をつけた事なんです。もちろん、シナリオからそうなんですけど。
―――もち蔵から告白されたたまこはグルグル目になって、言葉使いもおかしくなり、逃げ出してしまう。たまこは、あんな反応をするというイメージは、監督の中に前からあったものですか?
山田 すごく考えましたね。たまこを掘り出してくるのに、けっこう時間がかかりました。告白のシーンはコンテが少しずつしか上がらなくて。「次のたまこの反応は?」「次のもち蔵の反応は?」という風に少しずつ描いていきました。吉田さんのシナリオに書かれたメッセージをかみ砕きながら、自分の解釈も乗せていく。たまこたちに寄り添った時、何が一番の選択なのか。二人をないがしろにしない形をどう取っていくのか考えました。
―――たまこが動揺して「かたじけねえ」とか時代劇口調になるのは、吉田さんのアイデア?
山田 シナリオ段階からこういう感じですよねと話していました。とにかく、たまこが告白されたら、どうなるかなってところから考えていったんです。たまこは、もち蔵に対して冷たい反応は取れないと思うんですよ。でも、きっとその場からは逃げたいはず(笑)。その時、どういう風に気遣いを残しながら逃げていくのかというところですね。商店街の人たちとの縁が深い子なので、そこで培われたいろいろな知識もあるんだろうなって。
―――だから、古い言葉が出てきたと(笑)。その後、商店街まで帰ってきたたまこはキラキラとした光りに包まれていて。店主たちの姿は見えず、挨拶にも返事をしない。毎日、必ずみんなに挨拶していたたまこがそんな状況になる。その演出が素晴らしいなと思いました。
山田 たまこにとっては大事件なので、それを描くにはどうしたら良いかなって考えたんです。
―――TVシリーズでのたまこには、大事件は起きなかったですからね。
山田 周りの人の大事件を「なんでもないよ」と言って、すくい上げるのがたまこみたいな感じでしたから。でも、自分の大事件に対しては、案外、普通の女の子だったという。だから、気は動転しているけれど、幸せそうな感じは絶対に残したいと思いました。
―――たまこの周りの光は、色も含めてまさに幸せそうでした。本人は意識していないけど、すでに嬉しい気持ちが生まれていたわけですね。
山田 何か幸せな兆しがずっとたまこを包んでいる。そんな風に感じてもらえるといいなと思いまして。
―――たまこともち蔵のラブストーリーが描かれると聞いた時、じゃあ、たまこに対して友情以上の思いを抱いているみどりは……と心配したファンも少なくないと思うんです。というか、僕がそうなんですけど(笑)。でも本作では、みどりの事も大切に描いていますよね。
山田 みどりはすごく大事にしています。すごくすごく複雑な思いを持っている子なので。みどりの気持ちの出口のようなものを描く事は絶対に自分でやりたいと思っていました。なので……というか、みどりちゃんのファンなんですか?(笑)。
―――たまこも好きですけど……みどりちゃん派です(笑)。
山田 ありがとうございます。どうでしたでしょうか?
―――みどりちゃんのたまこに対する気持ちって、基本的には出口がないままにしかならないものだったと思うんですね。でも、そうじゃない、新しい道と出口を見つけられたという風に思えたので、「みどりちゃん良かったね」と。
山田 良かった! そうなんです。みどりの事もあるので、なおさら、たまこの描き方はミスできませんでした。みどりを描こうとしたら、やっぱり、たまこがしっかり描けてないと駄目なんですよね。みどりを救いたくて……。それで、たまこの描き方でまた悩んだりもしました。
―――本作で、みどりについてもしっかりと描けた事は、監督にとっても大きな事でしたか?
山田 すごく、すごく良かったです。たまこが変にみどりに気をつかったりせず、ちゃんと自分の事を悩むことができたので、それを見たみどりも納得できたと思います。なので、本当にいろいろと良かったなって……。あ、みどりの事を思っていたら、ジーンとなってきてしまった(笑)。
―――みどりちゃん、最初の方ではもち蔵に「告白されたら、たまこは困るよ」みたいな事を言っておきながら、あおって告白させるような事も言ったり。そのアンバランスな言動も切ないというか……。
山田 すごくデコボコしてるというか。思春期のトゲとかを全部彼女が担っているというか。女の子くささみたいなものがすごくある子で、すごく湿度が高い。その湿度の高さがみどりのチャームポイントだと思います。暗くて。鋭くって。でも明るくって。そこが魅力的なんです。
―――一つの感情の中でも、表裏がよく分からないような。
山田 そう、分かんない。分かんないんですよ。でも……。
―――嫌な子には見えないんですよね!
山田 そうそう! 絶対、嫌な子には見えないようにって事も大事にしました。
―――すみません。さっきから、ただのみどりちゃんファンになってますが(笑)。
山田 いえ、良かったです(笑)。嬉しいです。
(丸本大輔)

後編に続く

仮) 映画「たまこラブストーリー」オリジナル・サウンドトラック

TVアニメ「たまこまーけっと」&映画「たまこラブストーリー」劇中曲コンピレーションCD 星とピエロ compilated by Kunio Yaobi

映画『たまこラブストーリー』主題歌 「プリンシプル」