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「あさが来た」五代友厚死す! ドラマで描かれたのとは違う女性関係、福沢諭吉との因縁

2016年1月22日 09時50分 ライター情報:近藤正高
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実業家で大阪商法会議所の会頭の五代友厚氏が1885年9月25日、東京・築地の自邸で死去したことが、NHKの連続テレビ小説「あさが来た」の本日放送分(第95話)でわかった。51歳(満49歳)。死因は糖尿病と見られる。前月より眼病とあわせて療養を続けていた。葬儀は大蔵大臣・松方正義伯の発意により大阪にて執り行われる予定。
亡くなった五代友厚氏(国立国会図書館「近代日本人の肖像」より)。記事中言及した福沢諭吉は、じつは五代より1歳上とほぼ同世代だった。ちなみにドラマの福沢役の武田鉄矢と五代役のディーン・フジオカの年齢差は31歳

五代氏は1836年薩摩生まれ。明治維新後、官界に入ったが、やがて実業界に転じ、大阪を拠点に当地の産業の近代化に貢献した。この間、大阪商法会議所、大阪株式取引所、大阪堂島米紹介所、商業講習所を設立、大阪財界にあって指導的立場を担った。だが一方で、政府高官との癒着も取り沙汰され、1881年には開拓使官有物払下げ事件の中心人物として激しい非難を受けたことは記憶に新しい。

「あさが来た」の劇中ではヒロインで大阪の両替商・加野屋の白岡あさ氏にひそかに思いを寄せながら、しだいにあさの夫・新次郎氏ぐるみで心を通い合わせる仲となっていった。五代氏亡きあとの白岡夫妻、大阪財界の動向が注目される。


……と、「あさが来た」の物語と史実を組み合わせて新聞の訃報記事風にまとめてみた。だが、ドラマと史実とではもちろん違うところもある。そこでこの機会に、ドラマでは描かれなかった五代友厚像にちょっと迫ってみたい。ただし、今回のドラマで五代ファンになったという方には、ひょっとするとイメージを壊すような記述もあるかもしれない。その点、あらじめお断りしておく。

五代の妻と子供たち


「あさが来た」の五代は、あさ以外の女性には関心がなさそうで、独身者のように描かれていた。しかし現実の五代には妻も子もいたし、また明治時代の政治家・財界人の例外に漏れず、彼もまた妻以外の女性と多々関係している。

五代は生涯に、生後すぐ死んだ子も含めて10人の子供を儲けている。最初の子供(女子)は、幕末の薩摩藩士時代の赴任先・長崎で知り合った女性とのあいだに生まれた。ただしこの子は五代家の籍には入っていない。

のち明治初めに菅野豊子(外交官・森山茂の実妹とも養妹ともいわれる)という女性と結婚したが、彼女とのあいだに子供はできなかった。戸籍上の三人の娘も、べつの女性が生んだのを引き取った子たちだ。経済史学者・宮本又次の『五代友厚伝』(有斐閣)によれば、五代はそうとうな遊び人であったらしく、官界から離れたのも派手な遊蕩が一因だったともいわれている。

ライター情報

近藤正高

ライター。1976年生まれ。エキレビ!では歴史・科学からドラマ・アイドルまで手広く執筆。著書に『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)など。愛知県在住。

URL:Culture Vulture

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