番組はアニメーションの巨匠である宮崎駿監督が、新たに取り組んでいる短編CGアニメ『毛虫のボロ』の制作現場に密着したもの。2年もの長期取材を通じて、長編映画制作からの引退を発表した宮崎監督が「いかに蘇っていったか」(番組担当の荒川格ディレクター)を描く。
放送後は宮崎監督がカドカワ株式会社社長でドワンゴ代表取締役会長の川上量生氏を怒鳴って叱り飛ばすシーンが大きな話題を集めたが、番組を丹念に見返すと、なぜ宮崎監督があんなに怒ったのかがよくわかる。宮崎監督の印象的な言葉とともに、あらためて番組を振り返ってみたい。
リタイアじじい宮崎駿、CGに目覚める
宮崎監督が長編映画制作からの引退を発表したのが2013年9月のこと。取材はスタジオジブリが映画制作部門を解散した後の2015年1月から始まる。

ロッキングオン
「オレ、いまの世の中に合わせて生きる気ないから」
「オレはリタイアじじいですよ。年金受給者ですよ」
なんて話しながら、一人で小鳥にエサをあげていた宮崎監督が、突然これまで忌み嫌っていたCGアニメを作ろうと思い立つ。それが『毛虫のボロ』だ。
『毛虫のボロ』は宮崎監督が20年前から映画化を望んでいたが、実現できなかった幻の企画。けしかけたのはご存知、鈴木敏夫プロデューサーだ。若いCGアニメーターたちによるサンプル動画を見ている宮崎監督は実に楽しそう。
「(ジョン・)ラセターがさ、宮崎が(CGを)やったって言ったら絶対のぞきに来るでしょう? 『まだこんなレベルか』って思うに決まってるじゃない? 恥ずかしいものはやりたくないじゃない?」
「まだ血の雨は降ってない」
張り切って若いCGアニメーターたちと短編映画制作に乗り出した宮崎監督。だが、思うように進まない。仕上がってくるCGが思うような動きになっていないこと、自分の意図が若者たちに伝わらないことに苛立つようになる。
「難しいね、CGというのは。“魔法の小箱”じゃないんだね」
「ゴミみたいな作品になる可能性が十分あるんだぞと、今日あの原画(CG)を見てて思った」
「あんなもんやるならね、潰したほうがいい。全部この何十年かの積み重ねがパーになる瞬間ですよ」
「だけど、まだ血の雨は降ってない」
CGディレクターを任された櫻木優平(『花とアリス殺人事件』CGディレクターなど)が受けたプレッシャーはいかばかりか……。櫻木氏は同時期に日本アニメ(ーター)見本市の『新世紀いんぱくつ。』を初監督しているが、「特に悩むことなく作れました」「本当にサクッとつくれた感じですね」と振り返っている。一方、『毛虫のボロ』については、こうだ。
「いつまで制作が続くのか僕にも本当にわからないんですよ」(「CGWORLD.JP」より)。
「これは終わりません」
「何度でもやり直せって。こんなもん客に見せられるかってところでね」
ジョン・ラセターを驚かせるほどのCGアニメをいきなり作るのは大変だ。
「映画作っているのが一番面白いんだよ」
「難しいねえ。情けない」
「なんでこんなやばいのかわかんないんだ」
あれだけパワフルな映画を作り続けてきた巨匠が、わずか数分の短編映画のために頭を抱えて悩んでいる。頭を抱えながら、それでも作り続ける理由は何か?
「何もしないってつまんないからじゃない? 結局そういうことだと思うよ」
「映画作っているのが一番面白いんだよ」
「だけど、ヘボは作りたくない」
「自分が好きだった映画はストーリーで好きになったんじゃない。ワンショット見た瞬間に『これはすばらしい』。それが映画だと思っているから」
これは、このとき苦しんでいた「呪われたカット」を思い出しながら発言したのだろう。なんとしても「これはすばらしい」というワンショットにするため苦闘していたのだ。
川上量生、宮崎駿に叱り飛ばされる
それでも、新たなアイデアや若いスタッフたちの奮闘によって、『毛虫のボロ』は少しずつ前進していく。宮崎監督はカメラの前で、こんなことを口にした。
「世界は美しいって映画を作るんだよね。気がつかないだけで世界は美しいよって」
こんなことを考えながら映画を作っている人に対して、川上量生氏は人工知能を使って作った醜悪なゾンビゲーム風のCG動画を見せた。そんなの、良い反応なんて得られないに決まっている。前回放送後、はてな匿名ダイアリーに川上氏らしき人物がこのように書いていた。
「おそらくは否定的な反応だろうというのは事前から予想はしていたが、まあ、なんらかのヒントや刺激になれば十分だぐらいに思っていたのだが、想定していたよりも、かなり、めちゃくちゃ怒られた」
宮崎監督は生まれたばかりの毛虫が初めて世界を見るというカットを作るとき、若いスタッフに「こういうのもね、全部文化ですから」という言い回しを使っていた。でも、その「文化」が理解されなかったから、なかなか自分の意図が伝わらなかった。
じゃ、文化を伝えていくにはどうすればいいのか。映画監督なら、やっぱり映画を作るしかないんじゃないだろうか。
宮崎駿、ついに引退撤回!
2016年8月、宮崎監督は新たな長編映画の企画書を書いて鈴木プロデューサーに見せた。引退を宣言したはずの長編映画をもう一度作りたいというのだ。
スケジュールは2019年完成予定。そこには「小生78才 生きてるかな?」と書き添えられていた。番組中、何度も繰り返し言っていた「ああ、時間がない」とは宮崎監督の本心だろう。企画書を見たときの鈴木プロデューサーの一言が、本当にらしさ全開ですごかったので、未見の人はお楽しみに。
「いま作るんだったら何を作るんだろう? と思うけどね。こういう時代は渇望するものがあるはずなんです。
とも語っていた宮崎監督。時代が渇望しているものを見つけたということなのだろう。さっそく新作長編の絵コンテを書き始めたところで番組は終わる。
70分版に、新たに付け加えられる20分の未公開シーンは、宮崎監督のインタビューが中心になるとのこと。「Nスペとはひと味変えて、“宮崎駿”がいかに蘇っていったか、宮崎さんの感情とともにわかるように作っています」と荒川ディレクターは語る(NHKオンライン「70分版、未公開シーンあり。 宮崎 駿に再び火がついた!」)。
小鳥にエサをあげる“リタイアじじい”だった宮崎監督が、CGアニメを作ることでヒートアップし、さらに長編映画まで作ろうとする。その心境の変化が、さらにくっきりとわかるのが70分版ということだろう。
なお、『毛虫のボロ』はまだ完成していない。「制作期間も、初めは1年半~2年と予想されていたのですが、諸問題が発生し、いまだ完成時期は未定です(笑)」(荒川ディレクター)。なお、公開される三鷹の森ジブリ美術館の中島清文館長は今年1月14日の来場者1000万人セレモニーの中で「今年中にどこかでお披露目できればと思います」と語っていた。
なお、『毛虫のボロ』CGディレクターの櫻木氏は今年の1月1日に「働く。」、1月2日には「終わらん」とツイートしていた。
NHKスペシャル『終わらない人 宮崎駿』スペシャルは本日19時よりNHK BS-1にて放送。
(大山くまお)