「男性とDV」という文字列を見ると、男性が加害者の側に立つ画をみなさん想像しがちだと思います。
妻「アンタ…お酒はもうやめて…」
夫「うるせえ!いいから酒買ってこい!(ガシッボカッ)」
こんな感じの、暴れる飲んだくれ親父と涙ながらにそれを止める妻、もしくは「巨人の星」の星一徹のような頑固オヤジによる鉄拳制裁。
漫画やドラマで描かれるDVは、このように「男性が加害者で、女性が被害者」のものが圧倒的に多数です。
たしかに、DVが「家庭内暴力」と呼ばれていたころのDVは、あるいはこのような姿が一般的だったのかもしれません。しかし昨今のDV事情は、このようなステレオタイプからは少し離れつつあります。現在のDVは女性も、男性も、性別を問わず「加害者」にも「被害者」にもなりはじめているのです。

急増するDV相談数
そもそもDVの相談件数がここ10年ほどで急増していることを、みなさんご存知でしょうか。
警察庁によれば、2001年のDV相談件数が3608件だったの対し、2016年は6万9908件。なんとこの14年で20倍近くも相談件数が増加したことになります。
しかし、この14年で人々が20倍も暴力的になったというのは、どうも実感とあまりに乖離しています。むしろわれわれ若者世代は「近頃の若者はおとなしすぎる」などと言われ続けているわけです。どうも首をかしげざるを得ません。
なぜ「草食系」とまで言われるほど若者はおとなしいのに、DVの相談件数は急増しているのでしょう。
恐らく、この背景には「DVの定義」が近年変わってきたことに原因があります。
かつて「家庭内暴力」といえば、上で挙げたよう殴る蹴るなどの直接的な暴行行為・障害行為を指すのが一般的でした。
しかし「DV」が「暴力『的』な扱いで相手を支配する行為」と再定義されたため、殴る蹴るなどの身体的虐待以外にも、様々な行為が「DV」と扱われるようになってきたのです。
例をあげると、
遊興費を制限するなどの「経済的暴行」
電話やLINEの制限などの「社会的隔離」
メールのチェックや無視などの「心理的虐待」
性交の強要、また逆に性交の要求を省みないなどの「性的虐待」
などなど。
昔からの「殴る蹴る」以外の、多くの行為が「DV」としてみなされ警察へ相談されるようになったのです。
実際に、平成28年度のDV相談件数6万9908件のうち、検挙に至ったのは8291件。その中でも怪我を負わせるに至った暴行(傷害)に関しては2991件に過ぎません。「家庭内暴力」が「ドメスティック・バイオレンス」と再定義されたことで、「DV」の定義がこの10年で大きく変容しているのは間違いないでしょう。
光が当たりにくい男性のDV被害
上で引用した警察庁の資料によると、平成28年度に寄せられたDV相談6万9908件において、被害者の85%が女性でした。
これだけ見ると、今も家庭内暴力は圧倒的に女性が被害者だという印象を受けます。
しかし、考えてみてください。この10年で「DV」の定義は大幅に変化しました。かつてのような直接的な暴力行為だけではなく、遊興費の制限(経済的暴行)、私的通信の制限(社会的隔離)、無視(心理的虐待)など、男性も高い確率で経験しうる男女間のいさかいも「DV」として扱われるようになっています。
このような状態で、被害者の9割近くが女性というのは、果たして本当なのでしょうか。
次のような調査があります。
内閣府男女共同参画局「配偶者からの暴力に関するデータ」です。
同調査によると、『配偶者から「身体的暴行」「心理的攻撃」「経済的圧迫」「性的強要」のいずれかを1つでも受けたことがある』と答えた人の割合は女性23.7%、男性16.6%。なんとかなりの数の男性がDV被害を受けたとアンケートに答えています。
先ほどの警察庁の統計とはかなり異なる数字です。DV被害の実態調査では女性被害者の70%近い男性が被害を受けたことがあると回答しているのにも関わらず、DVの相談件数では女性被害者の17%程度しか男性からの相談はありません。
これは、多くの男性がDV被害を受けつつも被害を相談していないということを示しています。
実際、配偶者からのDV被害について「誰かに打ち明けたり相談した」と答えた男性は全体のわずか16.6%。これは女性の50.3%にくらべ3分の1以下です。
このように、男性のDV被害は「存在しない」のではなく、数値として表れにくいだけなのです。それはかつて「直接的な暴力行為ではないけれど、暴力的な手段で相手を支配する行為」がDVとして可視化されていなかったことと同様でしょう。
男性のDV被害者は、間違いなく把握されているより大量に存在する。
これは確信を持って言えることだと思います。
「男性の解放」はいつ来るのか
男性がDV被害を訴え出ることができない大きな原因のひとつに「男性的規範」があるのではないかと自分は考えています。
つまり「男は男らしくあるべきだ」「女に何をされようと訴え出るのはみっともない」といったような性規範です。
産経新聞の記事でも、妻から受ける言葉の暴力に耐える男性DV被害者のケースが紹介されています。「男としての立場がなくなる」というのは、まさに典型的な性規範の内面化です。
「女性の解放」は近年とみに叫ばれ、女性の社会進出や、共働き家庭の推進、家事の男性参加など様々な面で社会の変化が起きています。
しかし「男性の解放」が始まる気配は一向にありません。
女性は女性性から解放されるべきだ、家庭に縛られるべきではない──そんな言説が盛んに叫ばれている一方で、男性が男性性に縛られることの弊害についてはほとんど全くと言ってよいほど問題視されておりません。
「男性の解放」はいつ始まるのでしょうか。
男性も、謂れなき暴力に対して声を上げることのできる社会は訪れるのでしょうか。
男性のDV被害に光が当たる時代の到来を願ってやみません。
(小山晃弘)
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