「出世して組織のトップに立つ」「起業して事業を軌道に乗せる」「売上や利益を伸ばす」——。

ビジネスパーソンとして結果を出すことは、多くの人が目指すキャリアのゴールのように見えます。
しかし、いざその目標を達成したとき、あるいは手の届くところまで上り詰めたとき、「その先に何があるのか」「自分は本当にこれがやりたかったのか」と、深いむなしさや違和感を抱く人は少なくありません。

今回お話を聞いたのは、日本初のベーグル専門店「BAGEL & BAGEL」を創業し、累計130店舗規模まで育て上げた林浩喜さんです。

誰もが羨む「大成功」を収めた起業家はなぜ、そのビジネスの第一線から退き、現在は「社会起業大学」の学長として次の世代を育てる道を選んだのでしょうか。

彼がビジネスの成功の裏でぶつかった「終わりのない拡大への違和感」と、そこから見出した人生後半戦の生き方は、現代の迷える働く世代への強いヒントになるはずです。

■「出世すごろく」のゴールが見えた瞬間の決断
「BAGEL & BAGEL」の創業者がビジネスの第一線から退いた理由。40代・50代に贈る「人生後半戦」の生き方
母校の神戸大学前にて
林さんがキャリアにおいて最初の違和感を覚えたのは、神戸大学を卒業後、誰もが知る大企業・住友商事に入社してわずか1年目のことでした。

会社員だった父親とは対照的に、地域社会で活躍した起業家の祖父に憧れて育った林さんにとって、大企業での日々は「自分の人生はここではない」と突きつけられる場所だったといいます。

「もちろん素晴らしい会社でしたし、随分勉強もさせてもらいました。でも上司を見ていると、自分の10年後、20年後がなんとなく見えるんです。その時に『これは自分が歩みたいキャリアではない』と思いました」

当時から林さんが引かれていたのは、既存市場の競争を勝ち抜くことではなく、「まだ誰もやっていない、新しい市場をゼロから創る」ことでした。

とはいえ、感情に任せてすぐに会社を辞めたわけではありません。林さんは「いつか起業する」という目的意識を持ちながら5年間勤務。この時期に叩き込まれた「納得するまで粘り強く交渉する力」は、後の経営人生において店舗契約や資金調達を支える大きな財産となりました。


■貯金1500万を使い果たし、新宿の小さな店舗から始まった「夢中」
「BAGEL & BAGEL」の創業者がビジネスの第一線から退いた理由。40代・50代に贈る「人生後半戦」の生き方
米国コーネル大学院時代
起業の軸を模索する中で、林さんが行き着いたのは「本当に好きなこと、関心があることでなければ情熱は続かない」というシンプルな結論でした。

実は林さんは、子どもの頃から食への関心が人一倍強い少年でした。祖母が作った料理の「だしのわずかな違い」に気づいたり、遠足のお菓子選びに異常なほどの情熱を注いだり。

「とにかくおいしいものを探すことが好きだったんです。家庭教師のアルバイトで稼いだお金のほとんどを食べ歩きに使うような大学生でした。そういう意味で世界の食の宝庫、神戸の街に味覚を鍛えられました」

そんな彼にとって運命の転換点となったのが、マクドナルドの経営を分析した一冊の本、『マクドナルド: わが豊饒の人材』(ダイヤモンド社)との出会いです。

「自分が大好きな『食』の世界を『経営』というマクロな視点で見たら、とてつもなく大きなビジネスになるんじゃないか」

単なる趣味だった「食」と、人生を賭けたい「ビジネス」が一本の線でつながった瞬間でした。

その後、林さんは会社を辞め、当時貯めていた約1500万円を学費に投じて米国コーネル大学へ留学します。当初は日本食をアメリカで展開したいと考えていましたが、食文化の違いなどの壁を実感する中で出会ったのが、日本ではまだなじみのなかった「ベーグル」でした。ベーグル専門店で働く中で、そのおいしさだけでなく、日本にはまだ市場が存在しないことにも可能性を感じました。

「これならおいしさとヘルシーさを求める日本で新しい市場をつくれるかもしれない」そう確信し、帰国しました。

しかし、帰国後のスタートは決して華やかなものではありませんでした。
留学で貯金をほぼ使い果たし、住む場所にも困る状況だったといいます。

「それでも不思議と、当時は苦しいと思わなかったんです。なぜなら『夢』があったから。新宿に間借りした小さなお店でお客さまの反応を見ながら、次はどうしようかと試行錯誤する。本当にやりたいことに向かっているときは、お金がなくても、我慢すら楽しくて仕方がありませんでした」

こうして始まった挑戦は世間の支持を集め、「BAGEL & BAGEL」は全国へ広がるメガブランドへと急成長していくことになります。

■ビジネスで成功を収めた先に生まれた、新たな「問い」
累計130店舗。客観的に見れば、起業家としてこれ以上ない「ゴール」に到達した瞬間でした。しかし、事業が大きくなればなるほど、林さんの心にはあるひずみが生まれ始めます。

「会社が成長するにつれて、経営者である私の役割が変わっていきました。創業期は現場に立ち、商品を生み出し、お客さまと直接つながる手触り感がありました。しかし組織が大きくなると、『管理すべき数字』が増えます。付き合う相手も、現場のスタッフやお客さまから、金融機関や投資家、大企業の経営者へと変わっていきました」

もちろんそれは、事業を存続・拡大させるためには必要なプロセスです。
しかし、「数字を追いかけること」自体が目的化したとき、かつてあれほど楽しかったビジネスが、少しずつ自分をすり減らすものへと変質していきました。

「数字を追いかけることが嫌だったわけではありません。ただ、私はもともと現場が好きなんです。お客さまと接したり、新しい価値を生み出したり、人の成長に関わったりすることの方が楽しいと感じていました」

何のために働いているんだっけ?——

その問いを抱えた林さんの脳裏に浮かんだのは、かつて憧れた祖父の「成功のその先」の姿でした。

「祖父はビジネスで成功した後、私財を投じて公民館を建てたり、まだ普及していなかったテレビや電話を地域の人たちが使えるように寄進したりしていました。どれだけ稼いだかではなく、自分の力をどう社会に返すか。その姿を思い出した時、自分も最初から『事業を大きくすること自体』が目的ではなかったと気づいたんです。事業を通じて、社会にどんな価値を残せるか。そのために自分が本当にやりたいのは、社会をよくする『教育』だという原点に立ち返りました」

こうして林さんは、拡大路線のビジネスから身を引き、社会課題をビジネスで解決する人材を育てる「社会起業大学」の活動へと舵(かじ)を切りました。

「社会課題を解決したいという志を持つ人は少なくありません。しかし志だけでは事業は続きません。一方で、お金だけを追いかけても長続きしません」

だからこそ林さんは、社会課題と自分自身の人生が深く結びついた人を育てたいと考えるようになったのです。
これは母校神戸大学の恩師 村上敦先生が「日本にはお金儲けができる人は多いが、人を育てられる人が少ない」とおっしゃっていたことにもつながってます。

■「リスクを取って起業する」だけが人生後半戦の正解ではない
社会起業大学を運営する中で、40代、50代になると自分のこれからのキャリアや人生について改めて考える人が増えると感じているそうです。

「僕のように、いくつになっても新しいリスクを取って夢を追いかけたい人は、それを続ければいい。でも、全員が会社を辞めたり、大きなリスクを背負って起業したりする必要はありません」

では、人生後半戦を迎えたビジネスパーソンは、何に幸せを見いだせばいいのでしょうか。林さんが提案するのは、これまでとは真逆の「自分の経験を人にあげる(GIVEする)」という生き方です。

「『もうこれ以上リスクは取りたくない』と思うなら、それでいいんです。その代わり、自分がこれまでの長い社会人生活で培ってきた経験や知識、人とのつながりを、必要としている次の世代にどんどん『手渡して』いけばいい」

こう言うと、「自分には人に誇れるような特別な実績なんてない」と気後れしてしまう人も多いかもしれません。しかし、林さんはそれを否定します。

「会社員でも、公務員でも、主婦でも、『自分には何もない』と思い込んでいる人は本当に多い。でも本当はそんなことはない。これまで積み重ねてきたものが、誰にでもあるはずなんです。そうやって人の役に立つことは、夢を追いかけるのと同じくらい充実した人生につながると思います」

累計130店舗のチェーンを築いた林さんが、最終的に行き着いたのは、さらなる富や名声ではなく「得たものを次の誰かへ手渡していく」という、ごく静かでシンプルな幸せでした。


出世や成功という「上に向かうキャリア」に行き詰まりを感じたとき。それは、あなたの人生が「外へ、人へ、分け与えるキャリア」へとシフトする、最高のサインなのかもしれません。

お話を聞いたのは:林浩喜さん
社会起業大学 学長。神戸大学経済学部卒業後、住友商事に入社。米国コーネル大学ホテル経営大学院修了。帰国後、日本初のベーグル専門店「BAGEL & BAGEL」を創業し、累計130店舗規模まで成長させる。現在は社会起業大学学長として、社会課題をビジネスで解決する人材の育成に取り組む。

この記事の執筆者: 廣田 美絵子
大手化粧品会社で人事部にて採用・教育・広報を担当。その後教育系のベンチャー企業を経てフリーランスで取材・編集・執筆を行う。キャリアコンサルタントでもあり、人のキャリアや生き方にフォーカスした記事執筆を得意とする

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