ファイナンシャル・ウェルビーイング研究者の櫻井かすみさんによると、他人との比較で生まれた不安からお金を動かすと、安心するどころか「不安通貨」が増えてしまうといいます。
「不安通貨」とは、不安をまとったまま使われるお金のこと。
■SNSが他者との比較を生み、比較が不安を増幅させる
現代はお金に関する情報が、SNSをはじめネット上から手に入る時代です。
NISAやiDeCoといった投資、節税、保険。調べれば調べるほど情報は出てきますし、専門家の解説も、誰かの成功例も、誰かの失敗談も、いくらでも取りに行けます。過去において、これほど情報が手に入りやすい時代はありませんでした。
それでもなお、迷いが消えないのはなぜでしょうか。これは知識が増えるほど、他人の基準で判断する場面が増えてしまうからです。
■SNSで増えた「比較の相手」と「比較の頻度」
心理学では、自分と他者を比べることで自己評価を行う心の働きを「社会的比較」と呼びます。アメリカの社会心理学者レオン・フェスティンガーが提唱したこの理論によると、人が自分の能力や意見を他者と比較することで自己評価を行う心理学の理論を指します。
例えば、学校のテストや部活動での成績や偏差値などがいい例。これ自体は自然な心理メカニズムですが、SNSの普及によって比較の相手と頻度が爆発的に増えたことが、問題を大きくしています。SNSの利用頻度が高いほど、自分より「上」に見える他者の存在が増え、主観的な不安が有意に上昇するという研究報告があります。
また、かつてであれば、比較の対象は身近な友人や同僚に限られていました。ところが現在では、スマートフォンを開くだけで、年齢も職業も環境も異なる無数の人々の「成功の断片」が目に飛び込んできます。
■無料に見えて高くつく「比較コスト」
誰かの投資成績、SNSで見かける華やかなお金の使い方、同世代の平均年収、「みんながやっている」という情報——それらを見た瞬間、私たちの頭の中では自動的にこんな処理が始まります。
「自分はこのままでいいのか」「もっとやるべきことがあるのではないか」「この選択は正しいのか」。
この思考には、一見するとお金も時間もかかっていないように見えます。しかし実際には、判断力を消耗し、自己決定感を削り、満足感を下げ、不安を増やすという、非常に高い心理的コストを私たちは支払っています。
これを「比較コスト」と呼ぶことにします。
■「新NISA満額」「資産2000万」を見て焦った経験はありませんか?
例えば、こんな経験はないでしょうか。
・ママ友のインスタで「新NISA満額! 子どもの将来に備えてます」という投稿を見て、まだ始めていない自分に焦りを感じた
・同僚が「ふるさと納税、今年はもう10万円分やった」と話しているのを聞いて、自分は収入が少ないから5万円もできないことに悲しくなった
・SNSで「30代で資産2000万円達成」という投稿を見た直後、自分の通帳残高を開いて、ため息をついた
・YouTubeの投資チャンネルで「この銘柄を買わないのは損」と聞くたびに、今の自分のポートフォリオが間違っている気がしてくる
・タイムラインに流れてくる「家族で海外旅行」の写真を見て、うちはなぜ行けないのだろうと考え込んでしまった
どれも、画面を閉じれば遭遇しない情報です。SNS上では、成功が称賛され、結果がすべてのように語られ、「いいね」やフォロワーの多さが価値の指標とされがちです。
本来、人それぞれで違うはずの人生が、同じ物差しで測られているような錯覚が生まれてしまいます。この錯覚が「自分も何かしなければ」「このままでは置いていかれる」という焦燥感を生み、行動を急がせ、お金を動かそうとします。
■他人との比較で動かしたお金は、次の不安を生む
こうして使われたお金は、自分の願いや価値観から出たものではなく、他人との比較から生まれたお金。それは安心をもたらすどころか、次の比較を生み、次の不安を呼び込んでしまいます。
今日、誰かの投資成功談を見て焦ってお金を動かしても、明日はまた別の誰かの華やかな投稿が目に入り、同じ不安が繰り返されるのです。
「専門家が勧めている」「多くの人がやっている」「データ的に正しそうだ」「有名なインフルエンサーも言っている」「今のトレンドだから」「なんとなく良く思える」——こうした理由で選んだお金の使い方は、一見うまくいきそうに見えます。
しかしその選択が、自分の基準ではなく他人の成果に基づいているとき、心の中ではこんな声が消えません。「本当にこれでよかったのだろうか」「もっといい選択があるのでは」。
これこそが、不安通貨が減らない最大の理由の1つです。
この書籍の執筆者:櫻井かすみ プロフィール
ファイナンシャル・ウェルビーイング研究者、ママ金融教育家、ファイナンシャルプランナー。株式会社トウシナビ代表。投資詐欺や貯金ゼロなどを経験した後、資産形成を実践。現在は大学院で「お金」とウェルビーイングについて研究している。著書に『投資への不安や抵抗が面白いほど消える本』『母が子に伝えたい大切なお金と社会の話』(いずれもGakken)などがある。
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