日本で15年間の編集者生活を送った後、ベトナムに渡って起業した中安記者が、家族や親戚間の絆が強いベトナムで起こった日系企業の縁故採用トラブルについてレポートします。

快適至極の「ますおさん」生活

 私はベトナムでは妻の実家に居候をしている。

いわゆる「ますおさん」状態だ。

 ベトナムに仕事に来るにあたって、妻の家族と同居すると決めたときは、率直に言って不安だった。結婚まで、何度もお宅にお邪魔して妻の家族とはある程度仲良くなっていたとはいえ、訪問するのと同居するのとでは、まるで話が違う。他人の家族と一緒に生活すること自体が初めての体験だ。しかも、私はベトナム語が話せない。

 異国で仕事をするだけでも大きな試練だというのに、言葉の通じない人たちとの同居なんてできるのだろうか。家庭料理が口に合わないかもしれない。生活習慣だって違うだろう。

 結論から言うと、それらはすべて杞憂だった。妻の家族は無限に優しかった。「こんなに甘かったら、人間が堕落してしまうのではないか」と心配になってしまうくらいに。家族を傷つけない限り、すべてが許されると言ってもいいのではないだろうか。


 私たち夫婦は、手持ちのお金を日本に残して来ていたので、ベトナムに来たときは、うかつにもほとんど現金を持ち合わせていなかった。しかしそれでも困ることはなかった。

 食事は妻の母が用意してくれた。ベトナム生活での必需品である携帯電話は、義理の兄が買ってくれた。公共交通機関が発達していないホーチミンで足代わりとなるバイクは、義弟が「僕は彼女とバイクを共有するから、これを使って」と自分のバイクを差し出してくれた。

 幸い、私もすぐにベトナムで収入を得ることができるようになったので、家計に少しは貢献できるようになったが、たとえ無職無収入でも、妻の家族が私を追い出すようなことは、絶対に起こらないだろうと断言できる。それくらい「家族の絆」は絶対なのだ。

 そして家族だけではなく、その周りの親戚達も優しい。妻の実家が改装工事をしたときは、親戚のうちのひとりが我々一家全員を住まわせてくれた。その間、食事、掃除、洗濯も全部、お世話になりっぱなしである。それでも嫌な顔ひとつしないどころか、「家族が増えて良かった」とむしろ嬉しそうなくらいだった。

 もちろん、私も世話になるばかりではない。
家族や親戚から何か頼まれると、
「普段、あれだけ世話になっているのだから、少しはご恩返しをしないと」
 と、できる限り、それには応えるようにしている。

古参社員の弟を採用したら、何と会社のお金を使い込み!

 しかし、家族や親戚間の絆が強いことが、悪いほうに働く場合もある。私の知っている例を紹介しよう。企業が特定できないように、少し設定は変えてあるが、話の本筋は事実に即している。ホーチミン市で業務をしている、ある日系企業での話だ。

 総務で長年働いているベトナム人女性社員から「私の弟が職を探しているので、ウチの会社で働かせてもらないか」という相談が持ち込まれた。家族や親戚に仕事を紹介するのは、ベトナムではよくある話である。人事担当者が話を聞いてみると、経理の心得があるというので、経理に入ってもらった。

 ところが、彼がお金の使い込みをしてしまったのだ。客先で受け取ったお金を持って帰る途中、サッカー賭博仲間誘われてゲームに加わり、そこで全額すってしまったのである。

 彼はその日、体調不良を理由に自宅に直帰。翌日以降も病欠したことにして、使い込んだ分の補填できないかと、お金の工面に奔走したが、金額が数千ドル(数十万円)と大きかったので無理。

その間も会社からは彼のところに「体調が悪いなら、お金を受け取りに行きましょうか」と電話が入る。ついに観念して、白状したのである。

 日本人である現地社長は解雇するだけではなく、警察に被害届を出すことも考えた。ところが、ベトナム人の総務部長から「待った」がかかったのだ。

身内に甘いのがベトナム流

「彼を警察に突き出したら、姉である総務のベテラン女性は社内で立場がなくなり、退職せざるを得ないだろう。しかし彼女は私の右腕である優秀な人材なので、失うのは惜しい。だから被害届は出さずに、穏便に収めて欲しい」というのである。

 最初は「姉貴も勤めている会社だから、使い込んだお金を返しさえすれば、そんなに厳しい処罰はないだろう」と横柄に構えていた使い込み青年も、警察沙汰になるかもしれないという話が出てからは、大いに反省しているという。姉の社員も「弟が使い込んだお金は、私が必ず全額返しますから、警察には持ち込まないで欲しい」と懇願する。

 社長はいろいろ悩んだ結果、周囲の意見を聞き入れて、通常の解雇処分で済ませた。その後、姉は毎月自分の給料の中から少しずつ返し、1年少々で完済したそうだ。

 物事にはすべて良い面と悪い面がある。

身内に甘いベトナム流も、功罪両面があると思う。しかし私個人に限って損得勘定をしてみると、得をしていることのほうが遙かに多い。私が11年間もベトナムに住んでいられるのも、底抜けに優しい家族と親戚の存在を抜きにしては、とても考えられない。

 私の周りでベトナムに長く暮らしている外国人、ビジネスで成功している外国人を見てみると、ベトナム人と結婚しているかどうかにかかわりなく、かなりの確率でベトナムの「家族」を味方につけている。

 ベトナム人から家族のように受け入れてもらうことは、当地での生活と仕事を成功させるための必須条件だと私は思うのだ。


(文・撮影/中安昭人)

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