地震発生後のイオンモールで、再入館したテナント従業員らが爆発に巻き込まれる痛ましい事故が起きました。施設側は「再入館禁止」という安全管理上“完璧なマニュアル”を定めていたにもかかわらず、なぜ彼らは危険な館内へ戻ったのでしょうか?実は「正しいルールを徹底する」という正論の押し付けこそが、時に人命を奪う最悪の事態を引き起こすのです。

悲劇を生んだマニュアルの死角と、企業が知るべき「危機管理の本質」に迫ります。(ノンフィクションライター 窪田順生



規則は機能しない…
現場を無視した正論のワナ



「従業員が帰宅するために最低限必要な貴重品(携帯電話、家や車の鍵など)の常時携行の義務付け」――。



 オンワードホールディングスが、地震発生後のイオンモールに貴重品を取りに戻った従業員3名が爆発に巻き込まれて亡くなった悲劇を受けて新たな「安全対策」を発表した。



 個人的には、他の企業でもぜひ検討してもらいたい実効性のある対策だと評価する一方で、実際に運用する際には越えなくてはいけないハードルもあると感じる。例えば、店頭で働く人に私物スマホを携行させないのは、「勤務中のスマホ操作」を物理的に防ぐという目的もあるからだ。



 筆者も過去、テナントで働く人がスマホをいじっていたのをSNSでアップされて、そこからこの店の接客態度、さらには商品についてまでさまざまなバッシングが寄せられてしまった企業の対応を手伝ったことがあるが、マナー大国・日本では「店員の勤務態度」にあれやこれやと文句をつけたい人がかなりいるのだ。



「そんなもん勤務中はスマホを絶対に見てはいけないルールを徹底すりゃいいだけだろ!」というお叱りが飛んできそうだが、実際に危機管理の仕事をしている立場で言わせていただくと、そういう軍隊みたいな規則の押しつけをしてもうまくいくことは少ない。むしろ、ルールの形骸化によって新たなリスクを引き起こす場合もあるのだ。



 メディアで働いていた時代は「危機管理とはルールを徹底させること」だと考えていたが、いざ実際に自分がさまざまな企業、団体の事故や不祥事の対応に関わってみると、それはいかにも上っ面な理想論に過ぎないことがよくわかった。



 では、危機管理の本質とは何か。18年ほどこの世界にいて感じるのは、「人はルール通りに動かないという現実を受け入れ、人の心について想像力を働かせて柔軟な対応をしていく」ということに尽きる。



 どんなに理にかなったルールでも、どんなに正しいマニュアルであっても、それを実行に移すのは人間だ。だから、「人の心」を無視したルールやマニュアルは機能しない。

組織が上から「徹底せよ!」「遵守せよ!」と押し付けても、「現場の実態がわかってないルールなんて守れるわけないでしょ」と無視をされるのがオチなのだ。



 それは今回の「イオンモールの悲劇」がよくあらわしている。



“完璧”なマニュアルの死角
「再入館」を許した心理



 ご存じのように、イオン側のマニュアルではこのような事態になった際には、客やテナント従業員の安全を最優先に、施設内の安全が確認されるまで「再入館」は禁じられている。吉田昭夫社長は記者会見で、テナントの従業員らに対して、館内に戻っていいとアナウンスしたのかと問われ、「一切ございません。明確に否定しておきます」と強調している。



 このイオンモールのマニュアルに、テナントの従業員たちは従うように会社側から指示されている。従業員に売上金を金庫に保管するように指示をしたハビタのように、各社が好き勝手に従業員を動かすと、現場が混乱して二次災害を招くからだ。



 そういう意味では、「再入館禁止」というのは安全管理的にも非の打ちどころのない「危機管理ルール」である。



 しかし、巨大地震発生時の「人の心」と、それによって引き起こされるトラブルまで想定して、練り上げられたルールだったのかというと、残念ながらそうとは言い難い。



 今回、爆発で亡くなった方たち以外にも、複数のテナント関係者が再入館していたことを多くのメディアが報じている。なぜこんなにもたくさんの人が、イオン側が私たちはちゃんとやっていたと胸を張る「危機管理ルール」を破ったのかというと、「そうせざるを得ない個々の事情があった」からだ。



 例えば、家族の安否を確認するために自分のスマホが欲しいという人もいただろう。学校や病院など、孤立した家族を迎えにいくために、どうしても自動車のキーが必要だという人もいたかもしれない。

自宅に高齢者などがいて心配だから、すぐに自宅に戻らないといけないという人もいたはずだ。



 イオンモール内の店で働く人たちは、テナント従業員である以前に、誰かの夫であり妻であり、父であり母なので、自らの危険を省みずに守らなくてはいけない人がいる。つまり、「イオンのルールでは再入館ができないので、スマホや車のキーはしばらく我慢してください」という危機管理ルールに「はい、そうですか」と従う人ばかりではないのだ。



 それはイオンモール側のスタッフも同じだ。地元紙「熊本日日新聞」によれば、2階フードコート近くで働いていた女性(22)は避難から約45分後、1階北側の「きらきらタワー」近くの出入り口から店舗に戻ったが、それはこんな理由だという。



《誘導していた男性スタッフから「貴重品がないと帰れない従業員は一緒にまとまって取りに行くように」と言われたからだという》(熊本日日新聞 8月4日)



 また、避難後に店に置き忘れた車の鍵を取りに戻った1階の店舗で働く女性も興味深いことを言っている。



《施設北西側から入ろうとした際、スタッフらしき人物に「従業員です」と伝え、入館を止められなかったと証言する。館内はガスの臭いがし、数人が残っていたという》(同上)



 断っておくが、もしこれらの証言に登場する「スタッフ」が、イオンモール側の人間だったとしてもそれを批判するような意図はない。



被災者は「危険な場所」に戻る
大震災の衝撃データ



 先ほどと同じで、彼らもイオンモールのスタッフである以前に、テナント従業員たちと同じ事情を抱えた被災者だ。「今すぐに家に戻らないといけないんです!車のキーだけ取りに行かせてください!」という必死の訴えを、「いや、マニュアルにあるんで無理ですね」とピシャッと断れる人ばかりではない。再入館せざるを得ない人々の心情に寄り添い、「だったら北側から入ってください」と誘導する人がいてもおかしくはないのではないか。



 こういう事態が起きたときに人は何を考え、どう動くのかということを想像したうえで、実行可能なルールをつくるのが危機管理である。つまり、「一度避難した従業員は私物を取りに危険な場所に戻る」という人間心理に基づいた対策を取る必要がある。



「そんなもん結果論だろ」という声が聞こえてきそうだが、巨大地震に直面した人というのは、緊急避難によって自分の安全が確保されてホッとすると次は「大事なもの」を守ろうとして、危険な場所に留まったり、戻ったりすることが調査によって証明されている。



 東日本大震災後、ウェザーニュースが東北大学災害制御研究センター長(当時)の今村文彦教授と、京都大学防災研究所の矢守克也教授と共同で行った「東日本大震災 津波調査」でも亡くなった人の60%は、「避難場所から危険な場所に移動した」という。これは第1波の後、自宅が心配になったり、今後の避難生活のために貴重品を取りに戻った際、第2波、第3波に巻き込まれてしまったのである。



 これは津波だけではない。10万人以上が亡くなった関東大震災も実は、地震直後にはそれほど多くの人は亡くなっていない。一度は揺れに驚いて避難をしたが、火の手が上がってもこっちまでは来ないだろうとその場所に留まったり、家財道具を取りに戻って大八車に積んだりという人がたくさんいた。



 そうこうしているうち、強い風で火があっという間に広がって「火災旋風」が発生して、隅田川沿いなどで多数の人が焼死した。地震発生から4~5時間のことだ。



 このような「過去の教訓」を「未来の対策」に生かすことが、実は危機管理の基本的な考え方である。企業不祥事などはわかりやすいが、不正や隠ぺいなど、組織の腐敗というのは、時代が変わっても繰り返されるものなのだ。裏を返せば、危機管理に優れた組織というのは、過去に自社や他社で起きた問題を「そんなの昔の話でしょ」とバカにすることなく、しっかりと教訓にしているのだ。



精神論の危機管理では限界
悲劇を防ぐ「提案」



 それを理解してもらうため、我々はよくシミュレーショントレーニングを実施する。

過去の企業不祥事や組織犯罪を参考にして、架空の事故や事件のシナリオをこちらが作成して、それに基づいた危機管理を、経営陣が管理職に実際にやってもらう。



「社員が不正をするという設定だけど、我が社では規則を徹底させているのであり得ませんよ」などと最初は文句を言う役員や管理職もシミュレーション上で事態が深刻になっていくと、現場にどういう指示を与えるべきか議論が白熱する。最終的にはほとんどの経営陣が「もしこんなことが現実に起きたら今のマニュアルでは対応できない」と真摯に受け止めて、危機管理のルールの見直しなどに役立てていただいている。



 では、今回の「イオンモールの悲劇」を受けて、巨大モールの危機管理はどう見直されていくべきか。ひとつは、オンワード樫山が打ち出したように「貴重品はそれぞれが肌身離さず持っていく」ということだが、これは冒頭のような「勤務態度問題」を引き起こすし、テナントによって対応がバラつく恐れがある。



 例えば、オンワード樫山の従業員は、地震が起きてスマホや財布を持って避難しても、他の店の従業員は手ぶらで避難して結局、隙をみて貴重品を取りに戻るという事態も予想される。



 やはりモール全体での「貴重品対策」が求められる。そこで個人的に思うのは、ホテルの部屋にある貴重品を入れる「セーフティーボックス」ならぬ、「セーフティーハウス」だ。



 モールで働く従業員専用入口の前あたりに、従業員らのスマホや貴重品を預けておくだけの堅牢な建物を用意するのだ。



 半導体工場などの場合、埃やゴミの侵入や情報漏洩を防ぐためスマホなどの私物は一切持ち込めない。そのため働く人はクリーンルームの前の、更衣室で着替えて、私物を全て預ける。ショッピングモールなのでそこまではやらないが、考え方としては同じだ。



 このような施設があれば、客を避難させた後、従業員はここに立ち寄って私物をとって自宅や避難所に向かうだけでいい。半導体工場の労働者と同じく、モール内で仕事をしている間は、私物を施設内に持ち込まないので、再入館をする必要がない。



 もちろん、従業員の財産を預かるわけだから、イオンモール側は建物の安全性や警備の人員にかなり投資をしなくてはいけない。しかし、こういうシステムを全国に整備すれば、一度避難した人が再入館して亡くなるという「悲劇」を防ぐことができる。



 ルールを絶対に徹底させる。従業員に危機意識を持たせる――。多くの事故や不祥事を見てきた立場から言わせていただくと、危機管理の現場で唱えられることの多い、この手の「軍隊的な精神論」はほとんど効果はない。



 本当の危機に直面したとき、人は組織の規則などよりも自分の大事なものを守る行動をとるものだ。まずはこの現実を受け入れたうえで、企業のみなさんは地震対策に取り組んでいただきたい。

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