日本国内の市街地を歩けば、中国製乗用車を目にする機会は依然として極めて稀である。電気自動車(EV)世界大手のBYDが日本市場に本格参入して久しいが、日本の自動車市場は国産メーカーが圧倒的シェアを誇る強固な城壁に守られている。
しかし一歩国外に目を転じ、東南アジアへ視線を移すと景色は一変する。フィリピン南部の経済的中心地ミンダナオ島ダバオ市。この街の道路を走れば、日本ではほぼ見かけないBYDや、中国・上海汽車傘下ブランドMG(モーリス・ガレージ)の乗用車が日常的に行き交う光景に直面する。もちろんフィリピン市場全体では、トヨタや三菱自動車といった日本車メーカーが依然として圧倒的シェアを握る。堅牢なシャシーと卓越した耐久性でファミリー層からビジネスユースまで支持を集めるトヨタ「アバンザ」や三菱「エクスパンダー」は今も道路の主役である。だが、その牙城に中国車メーカーが急速かつ確実に食い込んでいるのが現実だ。ダバオで今何が起きているのか。中国車躍進の要因を紐解けば、技術、市場戦略、ライフスタイル変化という複合的背景が浮かび上がる。

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 最大の原動力は、日本車が容易に追随できない圧倒的コストパフォーマンスと先進技術の投入である。特にBYDは、EV製造コストの大部分を占めるバッテリーを自社開発・生産する「垂直統合型」モデルを確立している点が大きい。BYDの代名詞「ブレードバッテリー」はリン酸鉄リチウムイオン(LFP)技術を採用し、極めて高い熱安定性と安全性を誇る。交通事故などで強い衝撃を受けても熱暴走による火災リスクは低く、充放電サイクルは3000回以上とされる。
理論上は長期間・長距離の過酷な走行にも耐える強靭さを備える。トヨタなど日本車メーカーが全方位戦略を掲げ、純粋なBEV投入に慎重な姿勢を保つ中、BYDはこうした最先端技術を搭載したBEVをガソリン車並み、あるいはそれ以下の価格帯で市場投入した。価格に敏感なフィリピン消費者にとって「手の届く最新EV」という選択肢は市場構造を揺るがす十分な衝撃を与えた。

 さらに車作りの思想の違いも、ダバオの若年層やアッパーミドル層を惹きつける要因である。日本車メーカーは熱帯環境や未舗装路でも「壊れない信頼性」を最優先に設計し、コストと耐久性の均衡を極限まで追求する。そのため電子デバイスを最小限に留める仕様も多く、例えばフィリピン仕様の一部日本車ではタイヤ空気圧警報システム(TPMS)が標準装備から省かれることもある。これに対しBYDやMGは車を「走る巨大なスマートフォン」と定義する。運転席には大型回転式タッチディスプレイが備わり、高度な運転支援システム(ADAS)、TPMS、安全装備、スマートフォンのワイヤレス充電機能などがエントリーグレードから標準搭載される。購入直後から後付け不要で先進的デジタル体験を享受できるパッケージは、テクノロジーに親しむ新しい中間層にとって日本車以上に新鮮で魅力的に映る。

 さらにフィリピン市場で中国製BEVが持つ決定的強みが「V2L(外部給電機能)」である。ダバオを含む地方都市では台風による停電や慢性的な電力不安定に悩まされる。BYDをはじめ中国製EVの多くには大容量バッテリーから家庭用電気製品へ直接給電できるV2L機能が標準搭載される。
日本のハイブリッド車にも給電機能はあるが、長時間給電にはエンジン始動が必要で騒音や排気が問題となる。BEVなら無音・無排気で冷蔵庫や扇風機、スマートフォン充電を数日間維持できる「動く非常用電源」となる。インフラ脆弱性という生活課題に対し、中国車は最新技術で直接的解決策を提示した。

 一方BYDがBEVで攻めるのに対し、ダバオで存在感を増すもう一つの雄MGは異なる戦略でSUV市場を攻略する。MGは英国由来のスポーツカーブランドだが現在は中国資本の上海汽車傘下にある。フィリピン消費者にとって「MG」という響きは欧州車的プレミアムイメージを喚起する。中国メーカーはブランド構築やマーケティングに長け、英国由来の洗練されたデザインを纏いながら中国の効率的サプライチェーンを活用した低価格SUVを投入した。これが「日本車とは異なるお洒落でコストパフォーマンスの高い車に乗りたい」という都市中間層の潜在需要に合致した。

 ダバオの道路で中国車の存在感が高まっているのは事実だが、それが即座に「日本車の終焉」を意味するわけではない。長年フィリピンのモビリティ社会を支えてきたトヨタや三菱への信頼は依然として絶大である。悪路を走破する機械的タフさ、全国に張り巡らされた整備ネットワーク、高いリセールバリューは新興中国車が短期間で追いつけるものではない。「10年、20年と安心して乗り続ける」長期耐久性の実績において日本車は今なお圧倒的優位を保つ。
現在のダバオの光景は、保守的で確実な「絶対的安心感」を選ぶか、先進的で高コストパフォーマンスな「未来のテクノロジー」を選ぶかという消費者のパラダイムシフトの最前線である。日本ではまだ実感し難いこの市場争奪戦と技術競争は、世界自動車産業の未来を映す縮図と言えるだろう。
【編集:Eula】
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