日本の観光地において、中国人観光客の姿が目に見えて減少している。円安の恩恵を受けながらも、かつての爆買いの喧騒は影を潜め、街の空気はどこか落ち着きを取り戻したように感じられる。
観光業界にとっては痛手である一方、地元住民や他国からの旅行者にとっては安堵の声が広がっているのも事実だ。人混みの中で押し合いへし合いすることなく、静かに寺社を巡り、温泉街を歩くことができる――その光景は、観光立国を目指す日本にとって皮肉な安らぎをもたらしている。

その他の写真:イメージ ソウル空港

 一方、韓国ソウルの空港では、依然として中国人観光客の存在感が強烈だ。到着ロビーに響き渡る大声、列を乱す群衆、荷物を床に広げて整理する姿。空港職員が注意してもどこ吹く風、周囲の乗客は眉をひそめ、ため息を漏らす。韓国メディアも繰り返し報じているように、マナーの悪さは単なる旅行者の振る舞いにとどまらず、国際的なイメージに直結している。ソウル空港で繰り広げられる光景は、まさに外交の縮図のように映るのだ。

 思い返せば、大昔の日本人も「農協ツアー」と呼ばれる団体旅行で初めて海外に飛び出した際、マナーの悪さを指摘され、現地で顰蹙(ひんしゅく)を買った歴史がある。ホテルのビュッフェで料理を取りすぎる、写真撮影に夢中で通行を妨げる――そんな振る舞いは、当時の日本人旅行者の未熟さを象徴していた。しかし日本はその後、国際社会の批判を受け止め、教育や啓発を通じて「礼儀正しい旅行者」という評価を獲得していった。観光立国を支えるために、国民全体が意識を変えていったのである。

 ところが中国の場合、その改善の兆しは一向に見えない。
むしろ経済力の増大とともに、振る舞いはより大胆かつ強引になっている。空港での混乱は、国際会議の場での強硬な態度と重なる。外交交渉においても、相手の立場を顧みず、自国の利益を押し通す姿勢が目立つ。マナーの悪さが旅行者の行動にとどまらず、国家の振る舞いにまで具現化しているように見えるのだ。これは偶然ではなく、中国民族の本能なのか――そんな疑念すら湧いてくる。

 ソウル空港での出来事を振り返ると、列を乱す中国人観光客に苛立つ韓国人の姿が浮かぶ。空港職員が必死に秩序を保とうとするが、群衆は我関せず。周囲の外国人旅行者は「これが中国人か」と冷ややかな視線を送る。かつて日本人が浴びた視線を、今や中国人が一身に受けているのである。だが日本人が数十年かけて克服した課題を、中国人が果たして乗り越えられるのか。現状を見る限り、その道のりは遠い。

 日本が中国人観光客の減少に安堵するのは、単なる観光地の混雑緩和にとどまらない。
国際社会において、中国の振る舞いが不信を招いている現実を映し出しているからだ。観光客のマナーは外交の延長線上にあり、国家の姿勢を象徴する。ソウル空港で繰り広げられる混乱は、アジアの安全保障や経済交渉における中国の強硬さを予兆するかのようだ。

 日本人がかつて「農協ツアー」で学んだ教訓は、国際社会の信頼を得るためには礼儀と規律が不可欠だということだった。中国がその教訓を学ぶ日は来るのか。ソウル空港の喧騒を目の当たりにすると、その答えは容易には見えてこない。観光地での安堵と外交の不安――その対比こそ、現代アジアのドラマである。
【編集:af】
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