タコの腕には、脳からの指令を待たずに動く神経細胞が詰まっている。その仕組みをシリコンと電子部品で再現したロボットアームをイタリア技術研究所(IIT)の研究チームが開発した。
10個の人工吸盤それぞれにセンサーと制御回路を内蔵しており、物体に触れた瞬間、吸盤が自ら接触を感知して把持動作を判断する。
カメラも外部コンピュータも必要としないこの自律型アームは、水中での実験にも成功し、海底インフラの点検や生物サンプルの採取への応用が期待されている。
この研究成果は『Nature Machine Intelligence』誌(2026年5月12日付)[https://www.nature.com/articles/s42256-026-01230-y]に掲載された。
タコの神経系が5億年かけて生み出した答え
海底探査に使われる従来のロボットは、あらかじめ決められた動作しかこなせず、海流の変化や地形の起伏といった予測不能な状況に弱い。
その限界を打破するヒントを模索していたイタリア技術研究所(IIT)の研究チームが着目したのがタコの神経系だ。
タコの神経細胞の約60%は、中枢の脳ではなく8本の腕に分散している。
各腕が独立して情報を処理できるため、脳からの指令を待たずに、獲物をつかむといった動作を素早く行える。この仕組みが、何百万年もの間、予測不能な海の中で完璧に機能し続けてきた。
IIT のバイオインスパイアード・ソフトロボティクス研究室は、この仕組みのロボットへの応用を専門に研究している。
バイオインスパイアード(bio-inspired)とは、日本語で生物模倣や着想技術を意味する。
生き物が持つ優れた仕組みをヒントに新技術を生み出すアプローチで、IIT はこの分野の国際的なパイオニアとして知られる。
吸盤ひとつひとつが感じ、考え、動く
IITが開発したソフトロボットアームは、形も動きも本物のタコの腕とそっくりだ。サイズは全長41cm、根元の直径4cmで、先端に向かって細くなる10個の人工吸盤を備えている。
素材はシリコンで、意外なことにカメラも外部コンピュータも中央制御装置も搭載していない。
各吸盤の内部には3対のLEDとフォトトランジスタ(phototransistor)が組み込まれており、アームの神経系として機能する。フォトトランジスタとは、光の量を電気信号に変換する小型部品だ。
物体が吸盤に触れるとアームが変形し、内部LEDの光の反射パターンが変化する。その変化のパターンから、接触の有無、力の強さ、接触の角度という3種類の情報を読み取る。
感度は、1ニュートン(N)あたり約400ミリボルト(mV)に達し、力の誤差はわずか0.1N。数枚のペーパークリップの重さ程度の精度を持つ。方向の誤差は平均約8度、最大でも18度と高精度だ。
「吸盤単位」と「アーム全体」の2段階で判断する制御の仕組み
制御は2層構造になっている。
第1層は吸盤単位の制御で、それぞれの吸盤が接触を検知すると即、指令を待たずに吸引を開始する。
第2層はアーム全体の制御で、すべての吸盤からのデータを約4秒間分析し、アームを上下に曲げるか、ねじるか、巻きつけるかといった全体的な把持(物をつかむこと)に関する戦略を決める。
もし吸盤単位の判断が、全体の戦略と合わない場合は、第2層が上書きする。
各吸盤が全体の制御装置に送るのは接触方向のデータのみで、すべての生データを送るわけではない。
データ通信の負荷が少ないことで、吸盤の数を増やしたり複数のアームを連携させたりしても、応答速度が落ちにくい、という利点がある。
本研究の筆頭著者であるIIT研究員のエマヌエラ・デル・ドットーレ氏は、センサーと信号処理を吸盤に直接統合することで、中央制御に頼らずリアルタイムで正確に接触へ反応できる、と説明する。
規模を拡張しやすく耐久性も高いため、水中を含む複雑な環境での使用を想定して設計されている、という。
水中実験で証明された自律把持の実力
すべての実験は完全に水中で実施された。
このロボットアームは動作中にガラスのボトルやカップの検出に成功し、把持した物体の重さを実測値85gに対して72.5gと推定した。
人工ヒトデのような不規則な形状の物体も、角度を変えながら操作できた。持ち上げられる重さの上限は約500gで、センサーは300回の繰り返し使用後も精度を維持した。
海底の点検から生物サンプル採取まで、広がる応用可能性
吸盤の数と配置は、ミッションに応じて変更できるモジュール式設計を採用してているため、用途の幅が広い。
海底パイプラインやケーブル、海洋プラットフォームといったインフラの点検、硬いロボットでは届かない環境での生物サンプルの採取などへの応用が期待されている。
研究チームを率いるIITロボティクス担当副所長、バーバラ・マッツォライ教授は、タコからインスピレーションを得て、知覚と動作が体全体に統合・分散されたロボットシステムを実現した、と語る。
ロボットが接触を解釈し、シンプルかつ自然に把持を調整できることが、このアプローチの最大の強みだという。
今後は、把持できる物体の形状・重さの幅を広げるテストと、脳の神経回路の働きを模倣した次世代技術であるニューロモーフィック コンピューティング(neuromorphic computing)の統合が計画されており、本物のタコの神経回路により近いシステムの実現を目指している。
かねてから賢さや器用さに定評があるタコだが、その腕を精巧にロボットとして再現できれば、あらゆる分野に役立つだろう。
あまりそっくりすぎると、海洋探査の真っ最中にサメとか食べられちゃったりしそうな気がしてやや心配だけども。
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References: Peripheral control enabled by distributed sensing in an octopus-inspired soft robotic arm for autonomous underwater grasping[https://opentalk.iit.it/en/from-the-ocean-the-robotic-arm-inspired-by-the-octopus/] / Newatlas[https://newatlas.com/robotics/iit-octopus-robot-arm-autonomous-ocean-floor-exploration/]











