連載:NEXT STAGE~トップアスリートのセカンドキャリア
前編:女子サッカー・阪口夢穂インタビュー (全2回)

 かつて「ボランチの申し子」として、なでしこジャパンの中盤を支え、2011年女子ワールドカップドイツ大会で世界一を経験した阪口夢穂さん。2022年の現役勇退後、2023年から実家の運送会社「融星運輸株式会社」で代表取締役を務めている。

 ピッチを去ってから、わずか5カ月で難関の行政書士試験に一発合格して世間を驚かせた彼女は、その後も宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナーなど、気がつけば保有資格を10個まで増やしている。

「社長っぽくない」と本人は笑うが、話を聞けば聞くほど見えてくるのは、経営者としての覚悟と、サッカーで培った"あの感覚"だった。社長業から資格取得の裏側まで、じっくりと話を聞いた。

元なでしこジャパン阪口夢穂が語る、運送会社社長業のリアルすぎ...の画像はこちら >>

【阪口社長の地味すぎる1日】

 多くの資格を保有している阪口さんだが、家業である運送業に欠かせないのが「運行管理者」の資格だ。この資格は運送用トラックなどの保有台数によって必要な人数が法律で定められている。

「運送業を一社立ち上げるには、運行管理者を最低ひとり置かないといけないんです。それで、車両が29台まではひとり、30台以上になると、もうひとり増やさないといけない。でも29台をひとりで管理するのも、正直かなり大変だと思います」

 そんな代表取締役の1日は、実際どんなスケジュールなのか。"代表取締役"と聞くと、華やかなイメージを持たれがちだが、阪口さんが語る実態は驚くほど地に足のついたものだった。

「基本的に、誰かと会うアポイントメントがない限り、朝から事務所には行かないんです。でもアポがあれば、午前でも午後でもそれが最優先になります」

 日々の業務の中心にあるのは、翌日の配車を運転手に伝える仕事だ。

「配車自体は担当者が決めてくれるので、それを『明日は、この車で行ってくださいね』と各運転手に伝える。マネジメントっぽく聞こえるけど、それは聞こえがいいだけで、ただの連絡係です(笑)」

 一方で、「これは本当に自分がやっている仕事」と胸を張るのがシフト管理だ。

「毎週、金曜日にシフト表を作ります。うちが扱っているタンクローリーは、ガソリンスタンドが開いている以上、休みがないんですよ。365日、誰かしら絶対に出ないといけない。だから順番とかバランスを考えながら組んでいます」

 月初めには請求書の発行、月末には領収書の整理と、地味な事務作業も欠かせない。

「本当に事務作業ですよ。でも、やってみると案外嫌いじゃない」

 その表情に、どこか現役時代を思い出す納得感があった。

【社長として背負う責任と覚悟】

「代表取締役っぽい仕事といえば?」と半分冗談で突っ込むと、阪口さんは、ふと表情を変えてこう切り出した。

「銀行とのやり取りは私です。銀行と言えば、お金の貸し借りしかないですよね、業界的にも(笑)。これが、重いんです!」

 運送業は車両への投資額が大きく、資金繰りが経営に直結する業界だ。家族経営ということもあり、その責任のすべてが阪口さんの肩にのしかかっている。

「小さい会社なので、連帯保証人は全部社長、つまり私が入っているんです。

会社が潰れる時は、私も共倒れです」

 淡々と、しかしはっきりと語られたそのひと言に、彼女の覚悟がハッキリと見える。

「いろいろ背負っています。個人で動くお金とは、ちょっと桁が違いますからね。タンクローリー1台、3,000万円くらいしますから......まあ、全然代表取締役っぽくないんですけど(笑)」

 経営者になって、初めて実感したという税金の話も飛び出した。

「税金って、ものすごいカラクリですよね。ちょっと誤解を生むかもしれないですけど、『これが減税されたけど、ここで上がっている!』みたいな感じです(笑)。会社員だと年金や社会保険が引かれてちょっと落ち込むだけですけど、経営する側になると、『従業員から引いた分を、経営側が払いに行かないといけない』とか、『消費税ってこうやって払うんや』とか、初めて仕組みがわかるようになった。経営側になって、『会社ってこんなことまでやってくれてたんや』というのが見えてきました」

「やっと代表取締役と話している実感が湧いてきました」と伝えると、阪口さんは即座に否定した。

「いや、それはないです(笑)。とにかく『従業員ファースト』です。『働いていただいている』というマインドしかないです。やっぱり従業員のみなさんの幸せを考えないと。

うち(経営側)だけがよくてもダメなので。小さいお子さんを持つ従業員さんもいるので、とにかくお給料を滞りなく渡せるように頑張っています(笑)」

 軽やかな笑いのトーンのなかに時折、経営者としての言葉が混じる。今までとは異なる立場を背負いながらも、口をついて出るのは自分のことではなく従業員の生活。サッカー時代、チームの中盤でバランスを取り続けてきた阪口さんの姿と、どこか重なって見える。

「全然代表取締役っぽくない」と本人は謙遜するが、銀行対応、従業員への責任----そのどれもが、紛れもなく経営者としての仕事だ。

一見、今の仕事と関係なさそうな資格もありながら、そこにはどんな本音が隠されているのか。決算書が読めるようになった簿記の話、税金の仕組みに触れて知った経営者としての気づき、そして家族のなかで果たしてきた「バランサー」としての役割や、弟への事業承継への想いまで----。

 後編では、阪口さんのキャラクターがさらに全開になる、資格取得の裏側と経営者としての本音に迫る。

後編>>サッカーで培われた阪口夢穂の社長力

Profile
阪口夢穂(さかぐち・みずほ)
1987年10月15日生まれ。大阪府堺市出身。
スペランツァF.C.高槻→FC ヴィトーリア→TASAKIペルーレFC→FCインディアナ(アメリカ)→アルビレックス新潟L→日テレ・東京ヴェルディベレーザ→大宮アルディージャVENTUS(現RB大宮アルディージャWOMEN)
日本代表としては、ワールドカップに4大会、五輪に2大会出場している。2011年のドイツW杯で初優勝を経験し、翌年のロンドン五輪では全試合に出場し、準優勝に貢献。

2015年のカナダW杯でも準優勝という結果を残した。2022年に引退し、2023年からは家業を継いでいる。

早草紀子●取材・文 text by Noriko Hayakusa

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