連載:NEXT STAGE~トップアスリートのセカンドキャリア
後編:女子サッカー・阪口夢穂インタビュー (全2回)

前編>>運送会社社長業のリアルすぎる裏側

 連帯保証人としての重圧、従業員への責任----前編では、代表取締役としての阪口夢穂さんの"リアルすぎる"日常に迫った。

 しかし、忘れてはいけないのが、彼女を語るうえで欠かせない「資格10個」というキーワードだ。

なぜここまで学び続けるのか。そして、家族経営の会社のなかで、阪口さんはどんな役割を担っているのか。資格取得の裏にある本音と、サッカー選手として培ってきた"バランサー"としての生き方に迫る。
サッカーで培われた阪口夢穂の社長力「バランサーとしての経験が...の画像はこちら >>

【生活のなかでも生かされている10個の資格】

「行政書士、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナー2級、3級(FP)、国内旅行業務取扱管理者、簿記3級、運行管理者、大型自動車第一種免許、乙種第4類危険物取扱、けん引免許、フォークリフト......10個かな。今年は取っていないので」

 10個もの資格を取得しながらも本人は「家業を継ぐために計画的に取得した」という感覚が薄いという。実は、大型自動車免許やけん引免許は引退後、本格的に家業に関わる前に取得したと話す。

「『会社に入って一緒に経営する』という覚悟があったわけじゃないんです。家族もそれを求めていなかったですし。サッカーを離れてプラプラしていた時期は、家業のことなんて全然、考えもしていませんでした」

 それでも免許を取っていたのはなぜか。本人いわく、それは「力試し」だったという。

「基本的には全部、たまたま今の仕事で使えているだけで、使いたくて取ったわけじゃないんです。ただ、自分の力試しという感じでした」

 計画性よりも、興味と好奇心。その積み重ねが、結果的に10個という数字につながっていた。

 そのなかでも「一番苦手だった」と振り返るのが簿記だった。

「簿記が一番苦手だったかもしれません。なので、2級にチャレンジしようとは思わず、3級でお腹いっぱい(笑)。会社の決算書は基本、税理士さんが全部やってくれるんですけど、正直それだけでは、まったく意味がわからなくて。資格を取ったからって理解できるようになるわけでもないんですけど、持っていて損はないかな、くらいの感覚です」

 謙遜しつつも、簿記の知識は確実に経営判断の土台になっているという。「税理士さんがどういう動きをしてくれているのか、なんとなくですが、わかるようにはなりました」と語る表情には、地道な学びへの実感がにじむ。

 一方、「一番面白かった」と即答したのがFPだ。

「資格を取るためじゃなくて、普通に知識として面白いんです。でもFPのよさって、なかなか伝わらないんですよね。日本という国で生きていくには、保険とか税金とか、絶対ついて回るものなので意外と大事な知識なんですよ」

 その知識は、実務でも早速活躍しているようで、会社に保険会社から営業の電話がかかってきた際のエピソードを、笑いながら明かしてくれた。

「保険の勧誘とかが来ても『それは何でいるんですか?』って全部聞くんです。そんな簡単に入りませんよ、と(笑)。

だから来なくなった営業さんもいます。『あいつ、面倒くさい』って言われているんじゃないかな(笑)」

 そして、意外にも強力な武器になっているのが、行政書士の資格だという。

「生業にしてなくても、行政書士ってとてつもないパワーワードなんですよ。『持っています』と言うだけで、話が広がる。話題になるので、名刺にもしっかり書いています。行政書士と宅建は結構びっくりしてもらえます」

【現場を知らないからこその役割】

サッカーで培われた阪口夢穂の社長力「バランサーとしての経験が、今の仕事でも生きている」
ボランチとして培ってきた力が今も生きていると語る阪口夢穂さん photo by Noriko Hayakusa
 会社の実務は理解していても、阪口さんは自ら「(運送業の)現場に入りたいとは全然思わなかった」と語る。

「一応資格や免許は取りそろえてみたけど、無理です。完全に男社会で......。たまに女性で乗っている人もいるんですけど、すごいなって思います」

 役割分担について尋ねると、明快な答えが返ってきた。

「いかんせん私は現場のことがわからないので、現場にいる弟に聞いたりします。逆に弟は事務的なことがわからない。本当に適材適所なんです」

 家族のなかで阪口さんが担っているのは、「バランサー」というポジションだという。

「家族のなかで、自分はバランサーなんです。

いろいろ意見が出た時の着地点を、理路整然と説明して着地させる役目。......トラブルメーカーから、まさかのキャラ変ですよ(笑)」

 その"聞く力"は、サッカー時代に培われたものだと本人は分析する。

「自分の意見と、人の意見の割合で言うと、『聞く』が9対1、いや、いったんは10対0で聞きますね。そこから自分の意見を返す、という感じ。頭ごなしに言わずに、『私はこう思うから、こうするけどな』みたいな言い方を考えます。聞くことで、自分が思ってなかった予期せぬ考え方に気づけることもあるので」

「サッカーをしていた時も、澤穂希さんとボランチを組んでいましたし、まずは先輩の話を聞くところから入る。それが身についています(笑)」と振り返り、こう続けた。

「正解なんてないんですよ。正解があるのは学校のテストだけ。人と関わる以上、絶対の正解はないから、全部に着地点がある。100対0じゃなく、着地できたかできなかったか、だと思うんです。『不時着でもいい、とにかく着地しよう』って思うんです」

【「セカンドキャリア」なんて呼ばない】

 サッカーとの関わりは、普及イベントという形で続いている。ともに世界と戦った盟友たちとのサッカーイベントは、いつ見てもとても楽しそうだ。

 そんななかで、阪口さんが違和感を覚えているのが「セカンドキャリア」という言葉だ。

「セカンドキャリアという言い方、あんまり好きじゃないんですよ。誰がセカンドって決めたん?って。これ(人生)は繋がっていくものですよね。結局、サッカーでやってきたバランサーとしての経験が、今の仕事でも生きているし、プライベートでも基本バランサーなんです。だから、全部が繋がっているんです。どっちが上とか下とかもない。ただ、やることが変わっただけだと思っています」

 今の環境や状態については、「ちょうどいい」という言葉を選んだ。

「個人としては、週末にみんなと同窓会的なサッカーイベントをできている今が、言うことないんです。今がベストバランスなんですよね。だから正直、今望んでいることがなくて、逆に怖いくらい。ただ、向上心や学びたい欲はまだあるので、勉強したいと思うような流れがきたら、また学びモードになると思います。

言うとすれば『なるようになる』ですかね」

 会社の将来についても、すでに視線は次の世代へと向いている。

「ゆくゆくは、この会社も弟が現場好きでタンクローリーに乗っているので、ある程度整えたら弟が代表になってもいいな、という願いはあります。管理業務を最小限の作業で終われるように整えてあげられたら、楽になるかなと思っています」

 紙とFAXが今も飛び交うアナログな業界だと話すなかで、次の世代へどうバトンを渡すか。その道筋を、地道な事務作業と資格取得という「力試し」を重ねながら、阪口さんは自分なりのペースで描き続けている。

【変わらない実行力】

「自分から望んでやったこと、多分一個もないと思いますよ」

 家業を継いだのも、代表取締役になったのも、突き詰めればすべては「求められたから」だという。

「家業だって、たまたま家が会社をやっていたから転がり込んできたような話です(笑)。『手伝って』と言われなかったらやってなかった。でも、与えられたからには100%以上で返しますよ!」

 思えば現役時代も同じだった。ポジションも、役割も、チームから与えられたものに全力で応え続けてきた。サッカーから離れてからも、「バランサーをやってほしい」と求められれば家業を支え、「サッカーイベントに出てほしい」と言われれば120%の力で楽しませる。与えられた役割を面白がり、期待以上で返す----その実行力は、サッカー選手時代から一貫して変わっていない。

 そんな阪口さんが、唯一「自分から望んでやったこと」として挙げるのが、前述の資格の勉強だ。

「確かに、勉強は望んでやっていました」

 家業も、代表取締役という肩書きも、「与えられたもの」。しかし10個の資格だけは、誰に頼まれたわけでもなく、自分の意思で積み重ねてきたものだった。与えられた役割を100%以上で返す実行力と、自ら欲して学び続ける探究心。一見地味な「事務作業」や「連絡係」の裏側には、このふたつが静かに息づいている。

「なるようになる」----サッカーのピッチで培ったその言葉は、今、経営者としての阪口夢穂を支える、確かな指針になっている。

Profile
阪口夢穂(さかぐち・みずほ)
1987年10月15日生まれ。大阪府堺市出身。
スペランツァF.C.高槻→FC ヴィトーリア→TASAKIペルーレFC→FCインディアナ(アメリカ)→アルビレックス新潟L→日テレ・東京ヴェルディベレーザ→大宮アルディージャVENTUS(現RB大宮アルディージャWOMEN)
日本代表としては、ワールドカップに4大会、五輪に2大会出場している。2011年のドイツW杯で初優勝を経験し、翌年のロンドン五輪では全試合に出場し、準優勝に貢献。2015年のカナダW杯でも準優勝という結果を残した。2022年に引退し、2023年からは家業を継いでいる。

早草紀子●取材・文 text by Noriko Hayakusa

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