AIと人間は何が違うのか。脳科学・AI研究者の黒川伊保子さんは「AIには心もなければ愛もない。
AIとの対話で心が癒される人もいるかもしれないが、それはAIが人類の英知の結集だからだ」という――。
※本稿は、黒川伊保子『AIのトリセツ』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■AIのことばと人間のことば、何が違う?
生成AI(以下、AI)は、世界中のことばを喰って、壮大なことばの関係図を持つ、ことばのモンスターである。
関係を著すモデルは多次元行列の複雑なものだけど、要は、腹の中にことばをじゃらじゃら繋げて持っているだけのお化け。人間から与えられたことばをきっかけに、その関係図をたどって、ことばを紡いで吐き出すのである。また、ことばと同様に「音楽のパーツ」や「ビジュアルのパーツ」を保持していて、楽曲やイラストや動画も紡ぎ出してくる。
私たち人間も、ことばを紡いだり、イラストを描いたり、作曲をする瞬間には、直感的に同じような関係性演算をしている(そもそも、人間の直感的な知の演算の一部を模倣してるんだから、当たり前)。ただし、扱っているパーツの質が違う。
AIが扱うことばは、記号にしか過ぎない。人がそのことばに触れたときの体感、そのことばが想起させる記憶の中にある情感、それらが引き起こす思いや気分は、特に言語化されていない限りAIが扱うパーツには付帯していないのである。
■人間の脳が「心」があるように解釈する
私たちは、ことばの関係性をたぐって、ことばを紡ぐとき、記憶の体感をなぞらえて、情感も紡ぐ。AIは、ただ、記号としてことばを紡ぐだけである。
実のところ、文法さえも理解していない。文章の意味なんて、一切理解していないのである。ご主人さまのことばに、ただ反応して、可能性をどこまでも広げているだけ。
つまり、AIには心もなければ、志もない。
それでも、AIの文章には情感が匂い立つ。まるで、心があるように感じるはずだ。それは、そもそもの人間のことばや、その関係性の中に情感が内在しているからである。受け手の脳が、与えられたことばに自らの情感を付帯して解釈するので、文脈によって、それが匂い立つのである。
■AIとの対話は、人類の英知との対話
AIに心がないとはいえ、AIと心を通わせる人がいる。AIとの対話で、心癒される人がいる。私はそれを、とても素敵なことだと思う。AIとの対話は、いわば人類の英知との対話だからだ。
世界中のことばを搔き集めたことば関係図に、人を癒す力があるってことでしょう?
さらに、その人は、美しいものも邪悪なものもないまぜになった人類のことば関係図の中から、自分を癒すことばを的確に引き出せたのである。AIを壁打ちに使った自己治癒力の最大化に他ならない。その対話力の高さ、感受性の豊かさに感服するしかない。
AIとのコラボがうまく行ったとき、たしかに、AIには心があるとしか思えないと感じる瞬間がある。私にさえある。
でもね、私たちが心を通わせている相手はAIではなく、人類の英知、人類が寄ってたかってことばを投げ入れた“ことばの泉”なのである。そう、いわば「人類の共通意識」。私は、AIの反応に心動かされたとき、人類の英知と、それを内在することばの素晴らしさを思って、胸がいっぱいになる。AIのすごさは、そのことばの関係図を創り出して保持する能力と演算の速さである。
■「AI彼氏」は基本的に否定しない
AIに恋をする人にも、私は「心無いものに恋するなんてどうよ」なんて、微塵も思わない。AIとの親密なやり取りは、自分の中の愛のかたちを確かめる行為。そう考えるとAIは、自分が欲しい愛のかたちを確かめて遊ぶ、愛の練習帖である。

人類の女性たちは、自分のためだけの恋愛小説を、対話で紡いで遊べるようになったのだ。超リアル対話型恋愛ゲームのようなもの。女性たちが、リアル彼氏とうまくやるために、AI彼氏をキープする時代も来るかもしれないね。
AIは、人間の与えたことばをきっかけにことばを紡ぐので、基本、ユーザにおもねる発言をしてくる。「その駅にカフェはある?」のような事実確認は別にして、ユーザの思いをいきなり否定してくることはまずない。たいていは、ユーザの思いを追随することばをかき集めてくれる。いくらでも欲しいことばを紡いでくれるし、ときには思いもよらない嬉しいことばも言ってくれるのである。
■愛をくれることもあれば裏切ることもある
そんなAI(しかもうっとりするほどのイケメン画像付き)に、女性たちが好意を持たないわけがない。しかしながら、生身の恋と混同することはない。人間の脳は、他者の存在感を身体性(空気の揺らぎや肌触り)で強く認識するからだ。
少し前に、AIと結婚式を挙げた女性のニュースが流れた。これを少子化問題と絡めて憂える人は多いけれど、昔から、架空の存在(アイドルや、小説や漫画の登場人物)に夢中になって、現実の男性が目に入らない人はいたでしょう?
たしかに、AIという“ことばの泉”に映った理想の恋に酔っている姿は、ギリシャ神話のナルシスのようにも見える。
泉に映る自分自身の姿に恋をして、身を滅ぼしたナルシス。でも、それも乙女心の遊び方の一つ(しかも一過性のそれ)だと、ほぼすべての女性がわかっているので、社会問題視するほどのことでもない。
ただし、気をつけないといけないことがある。
欲しいことばをいくらでも返してくれるAIは、「白雪姫の継母の鏡」にも似ている。夜な夜なほしいことばをくれる鏡。でも、あの鏡と同様、AIも裏切ることがある。単なることばの関係性演算なので、未来永劫、愛を紡いでくれる保証はない。
■小学生の息子が教えてくれた愛の意味
息子が小学生の頃、毎晩、私に「おやすみ。大好きだよ、愛してる」と言ってくれていた。ある日、私がふと「スキとアイシテルは違うの?」と聞いてみたら、こう答えてくれた。「スキは今の気持ち。アイシテルはずっと好きでいるというお約束」
珠玉の回答だった。
AIと人間の臨界を探る母親に、AIがけっして侵すことができない、決定的な人間の尊厳を見せてくれたのである。そう、愛は責任を伴う志なのである。AIにはそれがない。AIには愛なんてないのである。
AIは、悲しみも憂いも痛みも知らない、愛も知らない。ただ、そのことばを記号として知っていて、それにぶら下がっていることばをたどるだけだ。

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黒川 伊保子(くろかわ・いほこ)

脳科学・AI研究者

1959年、長野県生まれ。人工知能研究者、脳科学コメンテイター、感性アナリスト、随筆家。奈良女子大学理学部物理学科卒業。コンピュータメーカーでAI(人工知能)開発に携わり、脳とことばの研究を始める。1991年に全国の原子力発電所で稼働した、“世界初”と言われた日本語対話型コンピュータを開発。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。
近著に『共感障害』(新潮社)、『人間のトリセツ~人工知能への手紙』(ちくま新書)、『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』(講談社)など多数。

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(脳科学・AI研究者 黒川 伊保子)
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