7月25日、26日、東京で電気自動車レースの世界選手権「フォーミュラE」が開催される。日本からは、日産自動車が唯一の参戦となる。
経営再建計画の中でも、なぜレース出場を続けるのか。東京大会を前に、ジャーナリストの桃田健史さんが取材した――。
■経営再建中の日産がレース出場を続けるワケ
こんな時期に、日産はモータースポーツに投資していいのか。
それとも、こんな時期だからこそ積極的に投資するべきなのか。
日産の経営状態を見れば、日産とモータースポーツとのあり方について世間では賛否があるだろう。
2025年5月に発表した経営再建計画「Re:Nissan」では、2万人規模の人員削減、車両生産工場を17から10への削減等を盛り込み「2026年度までに日産の業績を回復し、長期的な成長に向けて経営を再建する」としている。同年7月には主力拠点の一つである追浜工場(神奈川県横須賀市)の生産を2027年度末に終了することを発表した。
26年3月期連結決算は、営業利益は580億500万円となったものの最終損益は5330億9500万円の赤字。グローバル市場の先行きは依然不透明であり、日産はいま経営上の正念場に立っていることに変わりはない。
そうした中でも、日産は「FIAフォーミュラE世界選手権」に参戦し続けている。これは、F1のEV(電気自動車)版と称されることもある、世界最高峰のEVレース選手権だ。日産は2018-2019年の開幕戦からレースに加わり、2030年まで参戦を続けることを表明している。

7月25日と26日に行われるフォーミュラE東京大会「2026 TDK Tokyo E-Prix」にも日本の自動車メーカーとして唯一出場する。
今回、日産フォーミュラEチームでチーフ・パワートレインエンジニアを務める岩瀬拓朗さんにインタビューする機会を得た。なぜ日産はフォーミュラE参戦を続けるのか、率直な疑問を聞いてみた。
■F1との決定的な違い
そもそも、F1とフォーミュラEは何が違うのか。
岩瀬さんは「目的が大きく違う」と言い切る。
F1は、純粋にレーシングカーとして世界の頂点を目指す舞台であるのに対して、フォーミュラEは「電動化技術を促進し、持続可能な社会の実現に貢献すること」を掲げているからだ。
国際自動車連盟(FIA)が統括するモータースポーツは、フォーミュラ1(F1)、ル・マン24時間を含む世界耐久選手権(WEC)、ラリージャパンを含む世界ラリー選手権(WRC)、そしてフォーミュラEがある。
このうちF1とフォーミュラEはドライバーが車体中央に座る単座席のオープンホイールマシン(フォーミュラカー)としては同じ思想になる。パワーユニットではF1がエンジンを含むハイブリッド機構を搭載するのに対して、フォーミュラEは電動モーターで駆動する。
岩瀬さんは「フォーミュラEは、活用できるエネルギーの制約が大きく、走行性能においてエネルギー効率が良いマシンをつくる必要があります」と指摘する。
■フォーミュラEにおける日産の強み
フォーミュラEでは各チームによるレース戦略の違いが大きく、それゆえレース中のオーバーテイク(追い越し)の機会が多い。結果として、レースとしてのエンターテインメント性が高い。

F1でも今シーズンからパワートレインにおけるモーター出力の比率が上がり、オーバーテイクの場面が昨シーズンに比べて増えているが、フォーミュラEはF1よりもレース展開が大きく変わる場面が多い。
世界屈指の市街地レースのモナコを例にとるとわかりやすい。ここでは、F1とフォーミュラEがほぼ同じコースレイアウトを使用する。フォーミュラEでの決勝レース中のオーバーテイクの総回数はF1と、桁が違う。今シーズンは特にオーバーテイクが多く、200回を超えるテールトゥノーズの大接戦が観客を魅了した。
また、フォーミュラEは、F1よりもマシン規定での制約が大きく、シャシー(車体)、タイヤ、バッテリーなど多くの部分が各チームで共通だ。チーム間での主な違いは、ECU(エンジンやブレーキなど車両の各システムを電子制御する「車載用コンピューター」)のソフトウエア、モーターを中心とするパワートレイン、その搭載に伴うリアサスペンションのレイアウトになる。これらを各チームが独自に設計している。
その上で、レースの勝負どころはエネルギーの効率となる。量産型EVでいうところの電費に相当する。ここに、日産チームの強みがあるという。
■市販車→マシンへの関係性
岩瀬さんは「マシンのエネルギー効率が良いと、アクセルを積極的に踏める。
さらにブレーキでのエネルギー回生量も増やせる。逆にエネルギー効率が悪いと、アクセルもブレーキも踏めない『リフトオフ』と呼ばれる空走状態を意図的に長くする必要が出てきます。そうしないと、決勝を最後まで走りきるエネルギーがもたないんです」と具体的な戦略を紹介した。
日産はレース後半でもドライバーが攻めることができるだけのエネルギー残量が他のチームと比べて高いことが多い。これこそが日産の技術がいかされている証明と言えるだろう。
ちなみに、各マシンの残りのエネルギー量については、レース中に何度かレース主催者側からチームと観客やテレビ視聴者に対して表示される。そのデータによってチームのエネルギーマネージメントがわかるのだ。
岩瀬さんは、セレナやエクストレイルのe-POWERを開発を担当した後、2025年4月より欧州にある日産フォーミュラEチームに参画している。e-POWERは、搭載するエンジンを発電機として使い、駆動はモーターに特化する日産独自の電動システムだが、そうした量産開発で培った技術はフォーミュラEのマシンにどう関係しているのか。
「大前提としてガソリンエンジンと比べると、電動パワートレインはレースと量産で設計に共通点が多い。そのため、量産で培ってきた設計ノウハウそのものをフォーミュラEでいかすことができます」
■マシン→市販車への還元
「つまるところ、レースもドライバーが運転するものなので、ドライバーが安心してアクセルとブレーキ踏めることが開発において大事」とした上で、「日産の量産向け技術は、お客さまの乗り心地を基本に考えています。そうした開発指標は、量産とフォーミュラEでの共通点であり、なによりそこが日産のメーカーとしての強みだと感じています」
量産開発ではドライバビリティ、乗り心地、走りなどで活用されている精密なモーター制御を、フォーミュラEではラップタイムやエネルギー効率化という形にしてレースでいかせるという。

それとは逆に、フォーミュラEから量産への技術的なフィードバックについてはどうか。
岩瀬さんは「レースの極限環境で磨かれた技術の学びを、量産に持ち帰ることができると考えています」と話す。量産では極限の走行状態を設定することは難しいからだ。
一例として岩瀬さんがあげたのは、急ブレーキや急ハンドル時にタイヤが路面と摩擦して発生する「スキール音」に関してだ。
フォーミュラEのタイヤは市販車のようにトレッド面に溝があるのが特徴で、ドライ路面とウェット路面を同じ仕様のタイヤで走る。そのため、F1などが使うスリックタイヤに比べるとスキール音が出やすい。
ただフォーミュラEのマシンでは、常にそのスキール音がでるような極限の状況で、ドライバーが意図する操作を実現できる必要がある。
市販車でタイヤのスキール音は、ドライバーの安全に関わる状態で発生する。そこで車をうまく制御できるか。そこに、極限環境で鍛えられた技術がいきる可能性があるのだ。
■日産が自信を取り戻す場に
このように今後、フォーミュラEから量産への多様な技術的フィードバックが期待されている。ただし、量産ではレースマシン開発と比べると生産コストの管理を含めてクリアしなければならない要素が多いことも付け加えておきたい。

そのため、開発目標が絞られているフォーミュラEで活用するモーターなどのハードウェアそのものを量産で展開することは難しい。それでも岩瀬さん曰く「基本的な設計手法としてはフォーミュラEと量産では変えていません」という。
日産の技術が、両者の間で地続きになっていることを岩瀬さんは実感しているのだ。
こうした肌感覚を通じて、岩瀬さんは「日産の技術は強い」とひと言で表現した。
別の視点からも岩瀬さんはフォーミュラEを捉えている。
岩瀬さんがフォーミュラEチームのメンバーとして欧州に赴任したのは2025年4月。この時期、日産はイヴァン・エスピノーサ社長体制へと移行し「Re:Nissan」に関するさまざまな情報が日産の社内外で広がった時期と重なる。
日産にとって厳しい経営環境にあるからこそ、岩瀬さんは「フォーミュラEを、日産が自信を取り戻す場にしたい」という強い気持ちを持って業務にあたっているというのだ。
■自分たちのやっていることは間違っていない
一般的に、日産車は“乗ればその良さがわかる”と表現されることが多い。だからこそ、フォーミュラEを通じて、ユーザーが「日産にはこんな技術があるのか」「市販のEVやe-POWERとも関係が深いのか」といった事実に興味を持ってもらい、実際に日産の市販車に乗るきっかけにして欲しいという岩瀬さんの思いがある。
「あの時期、外から聞こえてくるのは明るくない情報ばかりだったのは事実です。私は中途で日産に入っているからこそ、乗り心地に徹底してこだわる日産の技術力の高さを客観的に感じていました。
だからこそ、技術面で量産と近しいフォーミュラEで結果を出すことで、日産の仲間に自分たちのやっていることが『間違っていなかった』と感じてほしい思いもあります」
日産の真骨頂である“技術の日産”への再認識を促すことで、社内外で日産に対するポジティブなマインドを醸成するはず。「すでにポジティブな流れは生まれている」と岩瀬さんは見る。
実際、シーズン11(2024-2025年)でドライバーのオリバー・ローランドがシリーズチャンピオンを獲得し、年間優勝を果たした際、喝采を送った社員は少なくない。
■東京大会での優勝の可能性は…
最後に、7月25日と26日に行われる東京E-Prixに対する意気込みを聞いた。
「日産にとってのホームであり、また過去2大会3レース、メインドライバーのオリバー・ローランド選手は毎回ポールポジションを獲得し、2位、2位、優勝と得意なコースです」
そして「十分に作戦を練って、決勝のあるタイミングで怒涛のごとく抜いていくローランド選手らしい走りを今年も期待してほしい」と優勝に向けたフォーミュラE日産チームとしての自信を示した。
筆者も東京E-Prixでの過去3レースを取材しているが、ローランド選手の自信に満ちた走りに加えて、レース展開全体がF1など他のモータースポーツと比べて圧倒的に面白いと感じている。こうした思いは、観客はもとよりメディア関係者や自動車産業関係者でも同じだ。
特に今年は、25日(土)と26日(日)の両決勝とも午後8時スタートというナイトエンターテインメントとなるため、レースの面白さが倍増するだろう。
フォーミュラEが、日産にとって「未来への架け橋」となる様子を東京E-Prixで体感したい。
岩瀬拓朗(いわせ・たくろう)

日産フォーミュラE チーフ・パワートレインエンジニア

2008年に部品メーカーにて自動車エンジニアとしてキャリアをスタート。2021年に日産自動車に入社。エクストレイル、セレナe-POWERなどの電動パワートレインを開発。2025年4月より日産フォーミュラEチームに参画、現在に至る。

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桃田 健史(ももた・けんじ)

ジャーナリスト

桐蔭学園中学校・高等学校、東海大学工学部動力機械工学科卒業。専門は世界自動車産業。その周辺分野として、エネルギー、IT、高齢化問題等をカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。一般誌、技術専門誌、各種自動車関連媒体等への執筆。インディカー、NASCAR等、レーシングドライバーとしての経歴を活かし、テレビのレース番組の解説担当。海外モーターショーなどテレビ解説。近年の取材対象は、先進国から新興国へのパラファイムシフト、EV等の車両電動化、そして情報通信のテレマティクス。著書に『エコカー世界大戦争の勝者は誰だ?』『グーグル、アップルが自動車産業を乗っとる日』など。

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(ジャーナリスト 桃田 健史)
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