京都・醍醐寺の三宝院に豊臣秀吉ゆかりの庭園がある。元・東京大学史料編纂所教授の本郷和人さんは「この庭園は豊臣秀吉が『醍醐の花見』に際して自ら設計に関わったことで知られている。
いかにも秀吉らしい、華やかで過剰なサービス精神のような要素が感じられる庭だ」という――。
※本稿は、本郷和人『カラー版 皇室のお宝』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■秀吉自ら設計に関わった
京都には皇室と結びつきが深い寺社が数多くありますが、伽藍(がらん)や仏像はもちろん、庭園の美しさにも目を見張るものがあります。なかでも僕が面白いと感じるのは、醍醐寺(だいごじ)の塔頭(たっちゅう)・三宝院(さんぽういん)の境内に設けられた庭園です。
この庭園は天下人となった豊臣秀吉が1598年に行った「醍醐の花見」に際して自ら設計に関わったことでも知られ、皇族や公家を招いて文化交流を行う場でもありました。庭を望む表書院(おもてしょいん)は国宝に、庭園自体も国の特別史跡・特別名勝にそれぞれ指定されています。この庭をじっくりと眺めてみてください。どこか、いかにも秀吉らしい、華やかで過剰なサービス精神のような要素が感じられないでしょうか。その独特の魅力を、掘り下げていくことにしましょう。
■豪華で、過剰で、でもどこか楽しい
秀吉という人は、自らの権力をどう演出するかに心血を注いだ人物でした。《醍醐寺三宝院庭園(だいごじさんぽういんていえん)》は、その演出感覚がそのまま設計に投影されたものといってよいでしょう。各地から取り寄せた名石を配し、池を造り、橋を架け、視線の先々に見せ場を作る。
池を中心に舟で周遊できる回遊式庭園でありながら、同時に枯山水(かれさんすい)的な要素も入っている。普通ならどちらかに寄せたほうがスッキリします。静かに座って幽玄の美を愉しむのか、それとも動き回って四季の移り変わりを愛でるのか。
ところが秀吉は、そのベクトルの違う二つの要素を一つの庭に入れ込んでしまったのです。正直に言えば、その過剰さが少し成金臭さとして感じられなくもない。けれども、その「ちょっとやりすぎじゃないか」という感じも含めて、これこそが秀吉の魅力なのではないでしょうか。豪華で、過剰で、でもどこか楽しい。自分が楽しむだけではなく、来た人にも「どうだ、すごいだろう」と見せびらかしたい。その秀吉ならではのもてなしの感覚が、この庭にはよく表れているような気がするのです。
■秀吉一流のサービス精神の発露
この庭園が現在のような姿へ整えられるきっかけとなったのが、かつてこの地で催された「醍醐の花見」です。これは晩年の秀吉が、北政所(きたのまんどころ)や淀殿(よどどの)、側室たちを伴い、諸大名も交えて開いた一大饗宴でした。秀吉はこの花見のために醍醐寺の堂宇(どうう)を整え、約700本の桜を植え、三人の庭奉行に命じて庭園を造らせています。

大勢の人を巻き込み、舞台そのものを作り替え、そこに集う人々に非日常を味わわせる。現代風にいえば、まさに秀吉は巨大イベントのプロデューサーです。もちろん、そこには天下人として自らの権力を誇示する意図もあったでしょう。しかし、それだけでは片づけられません。花見ひとつのためにここまで徹底するところに、僕は秀吉一流のサービス精神の発露を見るのです。
ただ、三宝院の魅力は秀吉だけでは語りきれません。三宝院そのものは、もともと醍醐寺の本坊で、歴代の門跡(もんぜき)の居住場所となってきた非常に格式の高い場所です。醍醐寺は真言宗の大寺院ですが、そのなかでも三宝院は特別な位置を占めてきました。中世には、天台・真言の高僧たちが将軍家のために祈る「護持僧(ごじそう)」という役割が重んじられましたが、その取りまとめを担ったのが三宝院でした。いわば、宗教界におけるトップオブトップのひとつであり、政治と宗教の中枢に結びついた特別な空間だったことがわかります。秀吉がここに強く関わったのも、その格式の高さに惹かれたからでしょう。
■「生きた場」のなかで守られてきた文化財
また、醍醐寺には約7万点にものぼる膨大な聖教(しょうぎょう)や文書が残されています。
研究者にとっては宝の山で、僕も以前、花押(かおう)を採集するために夏の盛りに通いつめたことがあります。毎日、古文書や経典類に埋もれるなかで、時折、思いもよらないレアな文書を見つけては驚かされたり、宿坊では国宝クラスの仏像に囲まれて眠りについたり、といった貴重な経験もさせていただきました。文化財というのは、ガラスケースの向こうにきれいに保存されているだけではなく、こういう生きた場のなかで守られてきたのだなと実感したものです。
僕にとっての《三宝院庭園》の魅力は、まさにそこです。歴史の大舞台を演出した秀吉の派手な美意識と、長い時間を通して受け継がれてきた寺院の格式、その両方が重なっている。ぜひ一度見に行ってほしいと思います。秀吉のサービス精神を「やりすぎで面白い」と感じるのか、「ちょっとコテコテだな」と思うのか、それは人それぞれでしょう。でも、そうやって自分の感じ方を確かめられるのが、この庭園の面白さなのかもしれません。庭を見ることは、同時に自分を見ることでもある。そういう意味でも、ここは一見の価値がある場所だと思います。

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本郷 和人(ほんごう・かずと)

歴史学者

1960年、東京都生まれ。東京大学文学部国史学科卒業。
東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学史料編纂所教授などを歴任し、藤田医科大学リベラルアーツセンター長。専門は日本中世政治史。とくに院政期から南北朝期にかけての政治構造や、貴族・武士の権力関係の変遷を中心に研究を重ねる。膨大な史料に基づいた実証と、現代的な視点を交えたわかりやすい通説批判に定評がある。近年はテレビや書籍などでも積極的に日本史の魅力を伝えており、多くの著書がある。主な著書に『変わる日本史の通説と教科書』(宝島社)、『日本史のツボ』『日本史を疑え』(ともに文藝春秋)などがある。

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(歴史学者 本郷 和人)
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