デジタル庁が進めている「自治体システムの標準化」が遅れている。何が原因なのか。
麗澤大学教授でシステム開発が専門の宗健さんは「そもそも標準化する必要があるのか、慎重に検討する必要があった。そのうえで、システムにおいては、現場のITエンジニアの声を聴くことがとても大切だ」という――。
■「自治体システム標準化」が遅れている
デジタル庁が2026年6月30日に発表した「地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化における特定移行支援システムの把握状況について」では、2026年3月末までに移行が予定されていた全3万4366システムのうち29.1%の1万13システムが「特定移行支援システム」として扱われ、移行できていないとされている。これらのシステムは2030年度末まで支援が延長されることになっており、事実上移行期限が延長されたことになる。
団体数(都道府県と市区町村)でみると、一つでも移行できないシステムが残っているのは、全1788団体のうち半数を超える56.8%の1015団体となっている。
そもそも自治体システムの標準化とは、2021年9月に施行された「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律(標準化法)」に基づき、住民基本台帳や戸籍といった自治体が運用している計20の基幹業務システムを標準準拠システムに移行すること、後述する基本方針に基づいてそのシステムの運用環境をガバメントクラウドへ移行する努力を行うことだ。
■「運用費3割減」が目指されているが…
2022年10月7日に閣議決定された「地方公共団体情報システム標準化基本方針(2024年12月24日改定)」には、「2.1 地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化の意義」と「2.2 地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化の目標」という記述はあるが、「目的」という項目がない。
そのため、基本方針からは、自治体システムの標準化の目的を読み取れないが、おおむね以下のようなことが目的として想定できる。
① 自治体ごとに運用されているシステムを標準化することで、新しい政策に対応しやすくする。例えば、コロナ禍のときの各種の給付金などを迅速に支給することがあげられる。
② システムを標準化することで、新しい機能を付加するための費用や、日常の運用費を低減すること。例えば、5つのシステムを個別に改修するよりも一つのシステムであれば改修費は1/5になるし、5つのシステムをそれぞれ運用するよりも一つのシステムのほうが、運用費が安くなることは、想像に難くない。

③ システムが標準化されることで、ビッグデータとして扱いやすくなる。システムが違えば、データの形式やコード体系が異なるため、全体としてのデータ活用には手間がかかるが、システムが標準化されれば、データは同じ形式なので、データ活用は格段にやりやすくなる。
標準化では特に運用費の低減が強調されており、上記基本方針の初版には、「標準準拠システムへの移行完了後に、標準化対象事務に関する情報システムの運用経費等については、平成30年度(2018年度)比で少なくとも3割の削減を目指す」との記載がある。
自治体側からすれば面倒なシステム移行であっても、運用費が3割も下がるのなら、やってみようと思うだろう。
■7000億円以上かけたのに運用費が上昇
人口20万人以上の都市の市長で構成された中核市市長会は2025年1月29日にデジタル庁と総務省あてに「地方公共団体情報システム標準化に関する緊急要望」を提出している。
そこには、以下の記載がある。
“自治体システム標準化は国策として進められたものであるが、運用経費は「少なくとも3割削減を目指す」との方針に反し、大幅に増大する見込みである。
その要因として、国の定める標準仕様の増大により開発・保守費用が肥大化したこと、またシステムの肥大化と相まって、当初期待されたガバメントクラウド利用の低減効果が得られなかったことも十分に想定される。
このため、想定を上回る運用経費の増大については、国の責任において適切に財政措置を行うこと。”
調査結果では、62市中59市のうち、運用費が減少したのはわずか2自治体であり、過半数の30自治体では運用費が2倍以上に膨らんでおり、運用経費が平均2.3倍になったとも記載されている。
標準化に関する予算は、デジタル庁ではなく総務省の管轄で「デジタル基盤改革支援補助金」として予算化されており、2020年から2025年の6年間の移行経費だけで総額7182億円となっている。
現状は、簡単にいえば、7000億円以上かけて、運用費が3割削減されるどころか、2倍や3倍になることもあり、しかも2026年3月末で完了する予定が、半分以上の自治体で移行できていないシステムがある、ということである。
標準化法の施行と同時に発足したデジタル庁の肝いり事業が、まったくうまくいっていないということだ。
■「政治主導」というトップダウン
そもそも自治体システム標準化を推進しているデジタル庁そのものが、コロナ禍での給付の遅れやシステム連携の不備等をきっかけに「行政の縦割りを打破する突破口」として政治主導で設立されたものだ。
2020年9月23日のデジタル改革関係閣僚会議での総理指示(デジタル庁設置とIT基本法の抜本改正)が起点で、以降ワーキンググループでの議論を経て法案化され、総理指示から発足までわずか約11カ月という異例のスピードだったことが政治主導であることを強く示唆している。
そして、デジタル庁という組織を作ること、システムを標準化しクラウド化することは決まっていたが、それらをどのような方針で進めていくのかは決まっていなかった。時系列で見ても、デジタル庁の設立と標準化に関する法律は2021年9月だが、標準化の基本方針の閣議決定は2022年10月である。
■コンサル会社の影響が推察される
実際、日経XTECHの2024年10月31日の記事「窮地の自治体システム標準化、政治主導のデジタル政策を軌道修正できるか」には、以下のような記述がある。
「そもそも2025年度末の期限は当時の官邸による政治主導で設けられた。自治体システム標準化やガバメントクラウドへの移行に対しては当初から、システムに詳しい複数の専門家がエンジニアの人材確保など様々な問題を理由に『2030年くらいまで時間をかけないと無理ではないか』と指摘していた。
結局、誰も官邸を説得できなかった。官邸に近い立場にあったコンサルティング会社の幹部は『2025年は大阪・関西万博もあり、タイミングが良いと思って提案していた』と振り返る。同幹部も今や後悔を口にする。」
ここから推測されるのは、官僚の意見よりも一部のコンサルティング会社からの提案が強く影響したであろう、ということだ。
移行が遅れた原因についてデジタル庁は、移行作業やその直後の運用に想定以上のSEリソースが必要と判明し、事業者が移行スケジュールを大幅に見直したことや、その他メインフレーム・個別開発システム、事業者撤退で代替調達の見込みが立たないことを挙げている。

しかし、そうしたことは計画段階で十分に予想できたはずで、そうした指摘も前述のようにあった。
そもそもが計画通りに進まない可能性が高い、計画だったというわけだ。
■そもそも行政には情報システム部はない
この連載の3回目でも「『プッチンプリン』の出荷停止に、ゆうちょ銀行の入金遅延…日本企業でシステムトラブルが相次ぐ根本原因」という記事で、組織にITのことがわかるトップがいないこと、ユーザー企業にはIT人材がいないため素人がプロに発注している状態になっていること、ユーザー企業はSIerとコンサルのいいなりになっていること、を書いたが、自治体システム標準化も同じ構図だ。
そもそも霞が関にはITのわかる高級官僚はいないも同然だ。自治体にも、ITが十分にわかる人材はいない。なぜなら民間企業には一応存在する情報システム部が行政組織にはないからだ。
例えば、最近何かと話題の筆者の出身地でもある福岡県の組織図を見ても、情報システム部はない。かろうじて政策企画部の中にデジタル戦略推進課という組織があるが、いわゆる情報システム部ではない。
行政組織にとって、ITシステムは外部発注するものであり、その管理は総務部の管轄になるが、発注するだけなのでIT専門人材はいない。
ましてや、もっと小さな基礎自治体では、システムは外部業者に丸投げ、というのが実態だ。
■デジタル庁の人材は民間頼み
デジタル庁にしても、「令和8年度予算概算要求及び機構・定員要求の概要」では、令和7年7月1日現在実員として1160人(行政人材558人、民間人材602人)という記載がある。
この民間人材というのは、民間から常勤として転職してきた人材だけではなく、非常勤で民間企業と兼業している人員を含んでいる。

実際、東京新聞の2021年10月16日の記事「性善説に立ちすぎ? 入札に「抜け道」も 126の企業・団体からデジタル庁へ民間職員」では、「民間職員のほぼ全員が非常勤で、出身企業との兼業が大半を占める実態」を伝えている。「ヤフーや日本マイクロソフトのほか、東京五輪・パラリンピック向けの健康管理アプリ(オリパラアプリ)の開発を共同で受注したNECやNTTコミュニケーションズ出身の職員などが名を連ねた」と書かれていた。
結局、デジタル庁も人材は民間頼みだったわけだ。
しかも、このような状況は、受注するベンダーの従業員が、発注側のデジタル庁に非常勤で兼務していることになるわけで、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が2013年に策定した「共通フレーム2013」とも関係がある、IPA-SECが発行している「超上流から攻めるIT化の原理原則17ヶ条(実務に活かすIT化の原理原則17ヶ条)」の「原理原則【1】 ユーザーとベンダの想いは相反する」にもかかわらず、ベンダーの思いが優先される構造になっている可能性がある。
■「理想を追ったこと」が失敗の原因
そもそもデジタル庁の設立、自治体システムの標準化とクラウド化には、一部のコンサルティング会社からの提案が影響していると思われるが、筆者の経験でもコンサルティング会社からの提案は、「理想を追った」「美しい未来像」が描かれていることが多い。
それが経営方針や人事制度に関することであれば、それでもいいかもしれないが、ことシステムについては理想を追った美しい未来像が、実現できるとは限らない。
むしろ、実現できずに失敗することも多い。
自治体システム標準化でいえば、そもそも標準化する必要があったのか慎重に検討する必要があったはずだ。
おそらく、コンサルの提案では、全国の自治体が共通で使えるシステムを作り、そこに自治体が順次システムを乗せ換えていくという想定だったはずだ。
そしてこの時、サーバーは全国共通なので当然クラウドであり、全国の自治体がクラウドの同じシステムを使うようになれば、当然、開発費も運用費も削減できる。
しかも、コロナ禍のような非常事態では、一つのシステムをいじれば、全国ですぐに給付ができる。データ分析も全国一括で行える。

■歴戦のITエンジニアは知っている
これは確かに美しい。若い理想に燃えたコンサルタントが目指したくなる姿だ。
しかし、コンサルタントではない歴戦のITエンジニアは、それが実現できないことをよく知っている。そして、実現すべきでないこともよく理解している。
システムを移行することの難しさ、個別対応が必ず発生し、共通システム、統合システムというものはいずれ崩壊していくことをよく知っているからだ。
そして、個別システムがバラバラに動いていることにも、例えばサーバーの障害があってもその影響が限定されるといったメリットがあることを知っているからだ。
そうしたシステムも実は、提供している会社は業務領域にもよるが全国を数社のベンダーでほぼカバーしていることも多く、同じ会社が提供しているシステムであれば、新しい業務への対応も比較的効率的に行うことができる。
実際、標準化システムへの移行でも、TKCのように2026年3月までに標準化対応をすべて完了した、と発表した会社もある。
■「クラウドにすれば安くなる」思い込み
また、クラウドにすれば安くなる、という思い込みは、すでに多くの現場のITエンジニアには否定されている。
スタートアップのシステムや、一時的にアクセスが集中するようなシステムの場合にはクラウドの活用は有効だが、システム変更があまり行われない、月次処理が中心の行政システムではオンプレのほうが運用費を抑えることができることは、現場のITエンジニアならわかっている。
さらに、昨今の円安でクラウド費用はどんどん値上がりしており、その費用増加に悩んでいる企業も多い。
さらに自治体システム標準化では、結局、これが標準だというモデルは決められたが、システムは一つにはならなかった。
各自治体が今使っているシステムを少し改修して、標準化に対応した、という形を作っただけだ。
そして、そのシステムのサーバーだけをガバメントクラウドに移しただけだ。
データ活用という観点では、そもそもシステムを標準化する必然性は薄く、それぞれのシステムから出力するデータを標準化し、それを統合する、というアプローチもあったはずだ。
実際、マイナンバーのシステムはこの考え方に近く、「集約した個人情報を各行政機関が閲覧できる『一元管理』の方法をとるものではない」もので、従来の行政システムと同様に個別のシステムで分散管理し、必要な場合のみネットワーク経由で照会・提供するものだ。
結局、自治体システム標準化とは、全国が一つのシステムになったわけではなく、数千あったシステムが少し形を変えて、クラウドに乗せ変わっただけだから、例えば給付付き税額控除が導入されたとしても、依然として数千のシステムを個別に改修していく必要がある。
■現場の声を聴くことが重要
もちろんデジタル庁の現場にはこうしたことをよくわかっている人材はいるだろうし、デジタル庁は自治体システム標準化だけをやっているわけではなく、様々な成果を出していることも事実だ。
しかし、7000億円を超える予算を組んだ巨大プロジェクトが成功したとは言えない、という事実はきちんと検証されるべきだろう。
そして、自治体システム標準化に限らず、システムというものは、発注者としては保守的に感じるかもしれないが、歴戦のITエンジニアの現場の声を聴くことがとても大切だ。
諸外国の例でも、英国のGDSは各省庁のIT支出を止められる権限を持つが、デジタル庁にはその権限はない。雇用ルールが違うので単純比較はできないものの、米国のUSDSは任期付き任用で前職との関係を制度的に遮断している。こうした制度的な設計も必要だろう。
さらに、中小自治体の「ひとり情シス」、大規模自治体のPMO機能(多数の情報システムを管理する能力)の不足を解消する組織改革も欠かせない。
システムはリーダーシップだけではどうにもならないのだ。

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宗 健(そう・たけし)

麗澤大学工学部教授

博士(社会工学・筑波大学)・ITストラテジスト。1965年北九州市生まれ。九州工業大学機械工学科卒業後、リクルート入社。通信事業のエンジニア・マネジャ、ISIZE住宅情報・FoRent.jp編集長等を経て、リクルートフォレントインシュアを設立し代表取締役社長に就任。リクルート住まい研究所長、大東建託賃貸未来研究所長・AI-DXラボ所長を経て、23年4月より麗澤大学教授、AI・ビジネス研究センター長。専門分野は都市計画・組織マネジメント・システム開発。

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(麗澤大学工学部教授 宗 健)
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