※本稿は、和田秀樹『認知症でもひとり暮らし』(明日香出版社)の一部を再編集したものです。
■「暴走老人」の脳に起きていること
人間の脳というものは、加齢とともに小さくなって行きます。
その中で、真っ先に委縮を始めるのが、前頭葉です。これは35年以上、老年医学の現場で1万人以上の脳のCT画像やMRI、あるいは解剖所見を見てきた私の実感でもあります。
原因の一つは、40代後半から増えてくる脳内の老化物質ともいわれています。
私たちの脳の大部分を占める大脳は、前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉の4つに分かれています。前頭葉は、ちょうどおでこの裏から頭頂部のあたりに位置し、大脳の約4割を占める、主たる部位です。
その役割は、思考や創造性、意欲、集中力、感情のコントロール、コミュニケーション、変化への対応と多岐に渡り、まさに「人間を人間たらしめている」大切な部位といえるのです。
前頭葉は、脳の中で、もっとも遅く成熟し、もっとも早く老化が始まります。
「最近、物忘れが激しくて」と心配する高齢者のかたが多いですが、脳は記憶を司る海馬よりも、ずっと先に前頭葉から老化していくので、本来、心配すべきは、前頭葉が司っていることについてでしょう。
前頭葉の機能の影響を一番受けていることは、感情です。前頭葉の老化とは、感情の老化といっても過言ではありません。
コンビニのレジで「いつまで待たせるんだ!」と店員を怒鳴りつけたり、飲食店で接客に不満があるといって「何だ! その態度は!」とキレている高齢者を見かけたことがあるでしょう。
そういった「暴走老人」は、前頭葉の萎縮がかなり進んでいる可能性が高いでしょう。そのため、強い感情である怒りのコントロールができなくなっているわけです。
■前頭葉の老化を見分ける7つのサイン
そのほかにも、前頭葉の老化が原因で起こることがあるので、以下7つにまとめます。
① 頭の切り替えがきかなくなる
「今日は何月何日ですか」「誕生日はいつですか」と、2つの違う質問をしても「○月△日です」と同じ答えを返してしまう。質問は変わっているのに、同じ答えを繰り返してしまう。知能は落ちていないのに、脳の切り替えがきかない「保続」状態に陥る。日常生活では、世間の新しいルールやしきたりについていけなくなる。
② 変化についていけなくなる
隠されたルールを見抜くことができない。ルール変更に気づけない。
③ 毎日がどんどんワンパターンになる
外食をするのは、いつも決まった店。同じ作家や同じジャンルの本ばかり読む。散歩やジョギングのコースがいつも一緒。髪型やおしゃれに気を使わなくなった。
④ 新しい話ができなくなる
同じ話や、昔話ばかりしてしまう。会話のネタを探さなくなる。
⑤ 自分にも世の中にも興味がなくなる
社会のことにも、自分のことにも、関心がなくなる。傍観者になり、その日着る服を選べない。何を食べるのか決められない。
⑥ 人づき合いが面倒になって孤立する
対人関係の処理能力や、共感能力が低下し、ソーシャルスキルがなくなってくる。
⑦ 「何もしたくない」が増えてくる
脳への報酬であるドーパミンの受容体の機能も低下している。わくわく感やドキドキ、心が躍るような気分を感じることができなくなるため、全般的に意欲がなくなる。
これらの症状は、前頭葉の機能低下が引き起こしていると考えられます。ただ①~⑥は少し委縮が進んでからおこることです。⑦の意欲低下は比較的早く、50歳前後でおこります。
■活気のある自分と社会をとり戻す
つまり、やる気を失い、挑戦や変化を遠ざけて、現状維持を求める状態が続いている場合「脳が老化している」と考えられます。
その後は、他の人とも交流を持たなくなるので、ずっとひとりぼっちで過ごすようになります。さらに頭を使わなくなる悪循環が生まれるのです。
10代の前頭葉は未発達です。その頃は「無限にお肉が食べたい」「何日でもゲームをしていたい」「ずっと彼/彼女とデートしていたい」などと、欲求には限りがないように思えませんでしたか。
年齢を重ね、前頭葉が成長することで、自己抑制を身につけ、感情をコントロールする術を身につけることは必要なことだったかも知れません。
人生100年時代。まずは「やる気」をとり戻すことから始めましょう。そのためには、前頭葉を鍛えることです。生気に満ちた、活気のある自分と社会をとり戻すためにすべきことを、私がご説明しましょう。
■前頭葉を楽にする「白黒つける」に要注意
1.白黒つけたがるクセをやめる
歳をとって前頭葉の機能が衰えてくると、認知的複雑性が低い考えかたをしがちです。結論を急いでグレーゾーンが認められなくなってしまうのです。これを、精神医学で「二分割思考」といいます。
白か黒か、全か無か、好きか嫌いか、敵か味方かと世界を二分してしまうことは、認知の歪みの一種で、そういう人は容易に精神的に追い詰められてしまいます。
何事も、少ない情報で決めつけをしないほうがいいでしょう。分からないことでも「ああかも知れない」「こうかも知れない」と考えることはできます。
白か黒かの結論づけを安易にせず、グレーゾーンをつくることは、認知的複雑性を高めます。二分割思考は前頭葉に楽をさせるようなものです。常に稼働させることを意識しましょう。
2.毎日を「実験」にしてみる
ワンパターンから脱却しましょう。いつもは朝日新聞を読んでいたら、あえて『正論』を読んでみる。ウクライナ情勢では、ロシアの立場になって考えてみる。など、いつもと反対のことをしてみるのです。違う情報に触れたり、反論を考えてみたりすることが、前頭葉を刺激することになります。
世の中、いろんな考えかたがあるなぁという風に思うことで、視野も広がりますし、思考にグラデーションが生まれます。人がいうことを素直に信じるより、試してみることです。
前頭葉は新たな発見をいつも求めています。
あの店、醤油ラーメンはダメでも、塩ラーメンはいけるかも。トッピングを変えてみてもいいかも知れない。食べたことのないメニューに当たりがあるかも知れません。これが実験です。挑戦といってもいいでしょう。
ささやかかも知れませんが、それでも前頭葉を働かせることはできる。すくなくとも、脳が大嫌いな退屈をしなくてすみます。前頭葉を刺激する意欲は、何でも構わないのです。
■脳に効く“アウトプットの種類”
3.前頭葉を鍛えたければ、まず歩く
前頭葉に刺激を与えると、脳の血流が増大します。この血流を増やすことで、前頭葉は活性化するのですが、それには運動も欠かせない要素です。
国立長寿医療研究センターの研究では、後期高齢者でも1日90分、週2回の運動プログラムを6カ月行ったところ、認知機能と記憶力が改善し、脳の萎縮も抑えられたということです。
こういった研究結果には「個人差」がつきものなので、ご自分のペースで運動するのがいいかと思います。いずれにしても、前頭葉のために、運動は有用です。私もラーメンを食べ続けるために、まったり歩くくらいの運動は欠かせないと思っています。
4.人とのつながりが脳を若くする
他者とのコミュニケーションは、脳の血流を増やすことが分かっています。孤独は、脳の老化を促進しますし、人を思いやる感情は、前頭葉の重要な役割です。
人とのつながりは、ソーシャルスキルを育みますし、何より人ほど、予想のつかない存在はありません。前頭葉は、不測の事態が起こると、何とかしようとしてフル回転になる部位です。前頭葉がもっとも働く瞬間を大事にしましょう。
5.人に伝えることで脳は鍛えられる
インプットももちろん大事ですが、インプットしたものをただ「再生」するのではなく、加工してアウトプットすることが大事です。
アウトプットするためには、自分の行うことが相手にどんな影響を及ぼすか、発信すべきでないことを抑制できるか、受けとる側の気持ちが想像できるか、的確な言葉で発信できるか、を考える必要があります。この作業が、前頭葉を刺激するのです。
前頭葉を鍛えるために、この5か条を意識して生活してみましょう。早い段階で、効果を感じることができるはずです。
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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、40年にわたり高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。
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(精神科医 和田 秀樹)

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